第3章 同時刻
最初に知ったのは、帰宅してからだった。
テレビはつけっぱなしにしていたが、音は小さくしていた。画面の端に、赤い帯が出る。速報という文字だけが目に入った。
集合住宅で事故。
詳しい状況は調査中。
私はリモコンを手に取ったが、音量は上げなかった。
画面では、建物の外観が映っている。遠くから撮られた映像で、壊れた部分はよく分からない。
テロップが切り替わり、時刻が表示される。
発生は、数時間前だった。
その時間、私は病院にいた。
待合室で番号を見て、呼ばれて、診察を受けていた。
ニュースは、すぐに別の話題に移った。
天気、為替、スポーツ。
私は夕食の準備を続けた。
包丁で野菜を切る。音は一定だった。
そのあとで、スマートフォンが鳴った。
知らない番号だった。
「お近くで事故が発生しています」
自動音声だった。
必要な情報は、すでに画面に表示されているという。
私は通話を切り、通知を確認した。
避難指示は出ていない。行動の必要もない。
数分後、今度は別の通知が来た。
交通事故による渋滞の知らせ。
場所は、少し離れている。
通る予定の道ではなかった。
同時刻、という言葉が頭に浮かんだ。
何かと何かが、同時に起きている。
それだけの意味だった。
夜になって、詳細が出始めた。
集合住宅の倒壊。複数の負傷者。救助活動中。
画面には、救急車と作業員の姿が映る。
人の顔は、はっきりとは映らない。
私は食事を済ませ、食器を洗った。
水を止めると、部屋は静かになる。
机の上に置いたスマートフォンが、また震えた。
今度は、知っている名前だった。
「大丈夫?」
短いメッセージだった。
誰に向けたものなのか、一瞬考えた。
「うちは大丈夫」と返す。
それで会話は終わった。
深夜、目が覚めた。
喉が渇いて、水を飲む。
そのとき、画面に新しい表示が出た。
救助の進捗。対応状況。優先度。
専門用語が多く、全部は理解できない。
ただ、作業が続いていることだけは分かった。
翌朝、ニュースは続報を出していた。
倒壊の原因は調査中。
救助は段階的に行われている。
同じ画面の下に、別の事故が表示される。
交通事故。一名重体。
時刻を見ると、ほぼ重なっていた。
私は画面を消した。
出勤の支度をする。
その時間、誰かが判断していた。
私ではない誰かが。
私は、何も選んでいなかった。
ありがとうございました。
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