3.お得な蛇足
町は深い闇に包まれる。ひときわ明るい部屋の中、ただスマホを握りしめる。
明日の準備を終えた、という連絡を受けたとき、ようやく一息つくことができた。
疾く明日にならないかなぁ。
彼は解いてくれるかなぁ。
トクトクとなる胸の鼓動。抑えるように手を当てる。鳴りやまないそれを聴くだけの時間が、なぜか、心地よい。
時間割を見る。カバンに教科書をしまい込む。
少し考え込む。スマホに手を当てた。
本番は明後日にする。壁は撤去しておくように。
指示を告げると、機械を置く。静かに微笑み、つぶやいた。
明日は数学がありませんでしたね。席の近さに言及してくれないかも。
一人頷く。それならば仕方がない。一日ずらしても仕方がない。
鼓動は激しさを損なわない。
ああ、疾く解いてほしい。
そして、私を見てほしい。
トクトクと鳴る鼓動はうるさいほどに温かかった。
***
暖かい日差しを受ける私は、冷や汗が止まらない。
眼下では級友たちが爽やかな汗を流している。鳴り響く笛の音。舞い上がる砂塵。
本来いるべき場所より少しだけ、太陽に近いところで私はただ、雑誌に目を通していた。
「どう?意外と悪くないでしょ?」
悪びれる様子もなく彼女は声をかける。
「大分悪いよ、京ちゃん。汗が止まらないよ!」
「そんなに興奮すんなって。今日だけだからさ。おりこうさんの時音には無理な話かな?」
あの事件から数日が経った。
事件前後で変わったことが少しある。その一が彼女小金井京だ。見た目で敬遠していただけで、話してみると気のいい友人だ。ただし、友人となった時を正に今、後悔しているのだが。
「次は絶対体育出てよ。約束」
「できない約束はしない主義なの。てか、サボってる人に言われてもなぁ」
「サボってるんじゃなくてサボらされたんですぅ。それもあなたに」
クスリと笑う彼女の顔に反省の色はない。わかるようにため息をつくも、それの何が面白いのか、ケタケタとさらに肥大する。元はといえば私が悪いのだ。名推理をかました私が。
あの日、放心状態で教室を後にした私。次に登校したときに会った京ちゃんの機嫌が悪かったのは想像に容易いだろう。
差し入れに持ってきたおかしがいつの間にかほとんどなくなっている。隣にいるのはやんちゃそうな笑みを持つ彼女。まぁ、楽しいならいいけどさ。
謝罪の意味を込めた屋上デート。それが今日の始まりだった。
「あ、守谷走るよ?」
その声に呼応してピストルの音が鳴る。
乾いた破裂音。
コンクリートを蹴る。
巻き込む砂が跳ね上がる。
私は屋上の柵を掴むと、彼女が走る様を楽しむかのごとく、目に焼き付けた。
先頭で走りきった彼女と目があった気がした。スッと、頭をしまい混む。罰が悪いのは同じだったのか、隣にいた京ちゃんも身を小さくしていた。
「今日は天気がいいからな! ついでに長距離も測ろう! ごちゃごちゃ言うな! さっさと準備しろ!」
思わず顔を見合わせる。こんなことがあっていいのだろうか?
差し出された手のひら。
軽く手を叩きつける。
なぜか得意気な彼女が印象的だった。
「ねえ、京ちゃん」
私は表情を隠すように手を当てながらこう言った。
「意外と悪くないかもね」
喜ぶ彼女を見れたことも、悪くないことだろう。
後日、走らされたのは言うまでもない話だが。
鐘の音が鳴り響く。軋む金属音でお返しした。
扉を閉めると階段を下り、教室へと進む。徐々に聞こえ始めたざわめきはクラスメイトによるものだろう。そんなことを考えながら席に戻る。
事件前後で変わった点その二。家より大きなテレビが追加されたこと。壊れた? 壊された? テレビは撤去され代わりに転校してきたそれは新ちゃんによるものだ。
足のおぼつかない椅子に座りながら呟いた。
「テレビよりこっちを何とかしてくれ……」
「それを壊したのは私ではありませんので」
いつの間にか後ろにいた新ちゃん。それはそうだけどさぁ。声に出さず、机へと突っ伏す。
衣擦れの音。
短く叫ぶ彼女。
少し遅れて聞こえるのは落下音。
それの落下と同時に私は、目を見張った。
視線の先には黒。新ちゃんの真下、足の間だろうか。とかく、彼女の足元にそれはあった。命のない塊は濡れ、光を帯びている。臭いはない。危険があるわけでもないだろう。しかし、どことなく放つのだ。見てはいけない。見せてはいけない。嫌悪感にも似た感情を。
顔中を羞恥に染めた彼女は機敏にしゃがみ込む。それを拾うと零れるほどに潤んだ目でこちらを見上げた。
「おじいちゃんは許してくれたんですけど、両親がダメで……」
私は言葉を返せない。彼女の言葉などどうでもよかった。それ以上に異常なものがそこにあったのだ。
頭だ。
夏場の球児か羊かと見まごう程に刈り取られた頭髪。艶やかな髪はその存在を失っていた。
半端に口を開けたまま、そのわけを耳にする。
「いわゆるお仕置き? ってやつなんですかね。私も同じ目にあわされてしまいました。かわいそうに」
「な、なるほど。それはかわいそうかも」
「とりあえず、男子には絶対に言わないでください。特に徳川くん」
その声に異を唱えるものはいなかった。クラスの半分は団結し、秘密を隠匿する。
暴こうと? するものたちが扉を叩く。
言葉でけん制しつつも素早く、着替えをこなす女子たちだった。
緊張感に塗れた教室。全ての机が埋まる。
低い声が私を呼んだ。小さく、控えめに。
「何かあったのか? 女子全員怖いんだけど」
私は睨み返す。
「何もないよ。家達くんは特に何もない!」
明らかに納得のいっていない彼に声が下りる。
「女子にはいろいろあるんですよ。あなたにはわからないかもしれませんけどね」
「女子ってよりはお前だろ? 明らかに視線が集まってる」
「ええ。今の私は高校球児ですので。サイン必要ですか?」
「あいにく金には困っていない。興味はあるがな」
微笑む新ちゃんと無表情な家達くん。見つめ合う二人の心情は読み取れない。
教室のドアが開く。次なる始まりの合図だ。
儀式を終え、席に着く。そして、彼女は怒られた。
「制服は特に変わってないように見える。あ、髪切った?」
「ジロジロ見ないでください!」
赤く熟れた彼女の鼓動が聞こえるかのようだった。
終わり。
タイトルと鳩村がかなり大きな原動力となりました。何となくこれやりたいなぁ→結構はまる、なんてことよくありますよね。
もし、思いつけば続きを書いたりするかも?ゆる~く見守ってあげてください。
本作への感想や他の方でこれ面白かったよーなんてのもお待ちしてますよ。
では、またどこかで。




