2.探偵はみなを集めてさてと言う(解決編)
夕方を迎えた教室は熱を帯びていた。どこかジットリとした部屋は私たちの表情を憂鬱なものへと変える。いや、変えたのは私のせいかもしれない。
私は容疑者である三人と被害者である先生を席につかせ、一人、教壇に立つ。
この汗は暑さによるものか? それとも緊張によるものか? 答えるものは誰もいない。ただ、大きく息を吸い、吐いた。
少しでも落ち着くために。彼女のように。
一応疑われている、ということを理解していないのかもしれない。新ちゃんは薄い笑みを持ってこの場を見渡している。
緊張はピークに達する。吹き出す汗をリアルタイムで感じた。
「それで時音ちゃん。私たちを集めて何をするんですか? 宇宙人を呼ぶなら歓迎ですよ。三日三晩この場にいる用意もするつもりですが」
薄笑いの彼女に対して、はい、と言ったらまじめに用意するだろう。しかして、そんなことを求めた集まりでないことは誰もが気づいているはずだが。
「この場に集まってもらったのは犯人がわかったから。上田先生の大切なものを奪った犯人が。魂の殺人を行った凶悪犯の正体が!」
息を飲む。
目を丸くする。
そんな彼らを見て、思わず鼻で笑う。
真相を知った上で見るその表情がとても、滑稽に見えたから。
「早く教えてくれ。私のアレを奪った犯人の正体を」
ゆっくりと室内を歩く。その存在を示すかのように。
止まった世界には、ただ、私の足音のみが響く。
足を止め、ガラスを撫でる。
足音すらも失った世界には重い静寂。
私はそれに負けることなく、重く、ゆっくりと口を開いた。
「犯人は小金井さん。あなただよね」
「違う! なんであたし!? あたしはそんなことしてない!」
うろたえる彼女を細い目で見る。言い聞かせるように口を開いた。
「アリバイがあるの。新ちゃんは保健室でずっと寝てた。そこにいた先輩にも聞き込みをして、証言も得た。犯行は不可能なの」
新ちゃんを見る小金井さん。新ちゃんは口元に指をやり、にこやかに話す。
「時音ちゃんの言う通りですよ。そもそも私には動機がありませんからね。もしあったら、してたかもしれませんが」
「違う! あたしじゃない! 信じてよ!」
目を合わせることができない。かといって声をかけることもできなかった。
間を繋ぐために話を続ける。
「次に上太田くん。推定犯行時刻、体育の授業を抜けて、校舎に戻っていたよね?」
「うん。お腹が痛くなってトイレに籠ってたんだ」
「じゃあ、こいつかもしれないじゃん! こいつだってアリバイはない!」
私は頷く。二人の表情が入れ替わったような気がした。
「推定犯行時刻であるのは9:50~10:00。姿を消していたのは9:40~9:55。一見犯行は可能に見える」
「だったら!」
「上太田くんの言ってることが正しければね。本当はトイレにいなかったんだよね? 9:45に目撃されたって証言を得てるんだ」
彼は何も語らない。それが事実であると何より証言していた。
「でも、こんなことはどうでもいいの。たった一つの事実が証言してる。上太田くんは犯人ではないって」
「すごいですね、時音ちゃん。説明してください。どんな事実があったんですか?」
「たった一つの事実。それは時計のズレ! グラウンドにある時計は五分早いんだよ。グラウンドに戻ったのは9:55じゃない。ただしくは9:50。推定犯行時刻には授業に戻っていたこととなるんだ」
感嘆の声が聞こえた気がした。
上太田くんはうつむきながら語る。
「……教室には戻ったんだ。トイレには行ってない。ただ、お腹が空いて、お菓子を持ってきてる人がたくさんいるだろ? だから、それを食おうと思ったんだ」
「いや、ダメですよね? 食べちゃ」
「ダメだと思う。でも、犯人じゃないよ」
微妙な表情の新ちゃんを置いて、上太田くんは続ける。
「でも未遂だから! 先生がいたんだ。だから、食べれなかった。帰り際に別の生徒に顔を見られて、同時にこんな事件が起こって。だから、言えなかったんだ」
「だとしてもまず、サボりがダメですよね?」
「それは新ちゃんもだよ」
どこか重かった空気が軽くなり始める。ただ一人を除いて。
うつむいたまま座る彼女は苦虫をつぶしたような表情で、手を固く握っている。
太陽が潤んだ瞳を照らしたような気がした。
「だからね、小金井さん。みんなアリバイがあるんだ。だから、貴女が犯人なの。動機は多分、先生との衝突だね。いっつも喧嘩してるし、恥をかかせてやろうと思ったんだよ」
私は言葉を切り、息を吸う。幸せな成分が同時に吸い込まれていくようだった。隠された真実を暴くこの様が正に、ヒーローだと感じたから。
胸を反らしながら宣言する。
「今日起こった魂の殺人、これが事の一部始終だよ」
一人分の控えめな拍手が私を包んでくれた。
小さな、低い声だ。いるはずのない彼の。呆れたような声だ。
「面白い推理だな。鳩村くん。探偵にでもなったほうがいい」
声の主は姿を現さない。確かに聞こえるはずなのだ。声のなる方を、教室の後方を見る。
そこにあるのは扉だ。
世界と世界を隔離する存在。はたまた、それらを繋ぐ存在か。ただそこにあるだけの存在だ。
きしむような金属音が鳴り響く。耳につく音は彼の存在を示すのだ。
彼の世界が、私を、受け入れた。
彼はただ、そこに立っていたのだ。
誰もが不可思議に、そして、にこやかに顔を歪ませる。
綺麗なはずなのにどこか汚く思えるその場所は陰に差されていた。
掃除用具入れ。
雑巾を頭に乗せ、出てきた彼は腕を組み、顎を突き出し、こう言った。
「お前にしては頑張ったがな」
短く区切り、発された言葉。
「さて、よく聞け。犯人は別にいる」
息を吸う音が聞こえた気がした。
「そんなはずないよ。だって、小金井さんにはアリバイもなければチャンスもある。動機だってあるんだよ?」
「そうかもな。しかし、もう一つ必要だ」
「もう一つ?」
「証拠だ。犯人と断定するために必要な最たるもの。それは証拠だ」
私は頷く。確かに見つかっていないものだ。存在するはずのものだ。でも、本当にそんなものがあるのか? そして、頭上のそれはいつ外すんだ?
頭をツンツンと示しながら新ちゃんが話を進める。
「では、証拠とは何なのですか? もったいぶらずに教えてくださいよ」
彼は歩き始める。私に見せつけるかのようにして。
ほんのりと濡れた靴底は足音を鳴らさない。
そして指さす。
「おかしいのは教室だ」
一様に首をかしげる。一人を除いて。
「教室?」
「そうだ。掃除をしていて気づかなかったか? いつもとの変化に。授業を受けていて、気付いたものはいなかったか?」
天井を見上げる。黒板を、窓を、教室中を見つめまわった。
彼の足跡に太陽が差したとき、ふと、思い出した。
「……机?」
「ではない……が、あと少しだ」
彼は満足げに否定する。
思い出せ。何か気づいたことはないか? 違和感はないか?
思わず飛び上がる。
にやついた彼に突きつける。
「教室、そうだ。教室だよ!」
返事も待たずに言葉を続ける。
「下がって、って言われたとき、おかしいと思った。床を掃いているとき、おかしいと思った」
言葉を聞く彼は、どこか嬉しそうだ。
そして、私は結論付ける。
「教室の壁が前に出ている!」
突拍子もない推理だ。だが、事実がそう告げていた。
「その通りだ。床板を見ろ。こんなにも中途半端な木目、ありえてたまるか」
「それとこれとは関係あるのですか? 犯人はもう決まったのでは?」
「そうあってほしいだろうな。お前にとっては」
「どういうことですか?」
まさか、教室中が彼女を見た。
そんなわけない。新ちゃんにはアリバイがある。先輩が証言したはずだ。彼女は。
「私は保健室にいましたよ? 犯行は無理です」
「誰がそんなことを言った?」
「私、聞いて来たよ。確かに言ってた。保健室にいた、って」
刺すような家達くんの視線を受ける彼女は、嬉しそうだった。
「それは本当に確定した情報なのか? 守谷の姿を監視していたのか?」
「そうじゃないけど。でも、寝息を聞いたって証言があったもん」
「あら、それは恥ずかしい話ですね」
クスクスと笑う新ちゃんを家達くんは細い目で見る。彼女もまた、彼を見上げる。
世界を置き去りにしたような、そんな時間だった。
「あなたが言いたいのはこういうことですか? 私は、守谷新は保健室にいなかった。そして、鳩村時音は検討違いの推理を披露するかわいらしいお馬鹿さん。そういうことですね?」
「あら、それは恥ずかしい話ですね」
「新ちゃん!? それはいいすぎだよね!?」
彼女は首をかしげる。
「私が言ったわけではありませんので。彼が言いたかったのでしょう」
「恥ずかしい話、は新ちゃんの感想じゃん!」
何がおかしいのか、彼女は口に手を当て、こう告げた。
「私が言ったわけではありませんので。彼が言いたかったのでしょう」
彼女はこともなげに続ける。
「感心しませんね。録音なんて」
「あら、それは恥ずかしい話ですね」
「あら、それは恥ずかしい話ですね」
「あら、それ」
「やめてもらえますか?」
ため息交じりに吐き捨てる。対する彼は表情を作らない。
そして、私は理解する。
「保健室の寝息が録音だったとしたら、アリバイは崩れる!」
「その通りだ。そして、話は教室に戻る。これを見ろ」
彼は扉を開けた。そして、世界を押し広げる。
脳が理解を拒む光景だった。
世界が広がったのだ。文字通りに広がったのだ。
掃除用具入れの奥には床板二枚ほどの空間があった。今まで目にしていた壁は偽物だったのだ。
「どういうこと!?」
私は困惑を隠さない。隠すこともできない。
平静を保っているの二人だけだ。
探偵である家達君。そして。
「これは驚きですね。おじいさまに言って、学校の七不思議に登録しましょう」
「守谷新の七不思議だろ? もっとも七で済むかって話だが」
新ちゃんは笑みを崩さない。まるで日常の中で過ごすかのように。
私は唇を舐める。この空間が、緊張が、奪った水分を与えるために。
そして、事件は真相を披露される。
「お前がこの空間に潜み、上田先生のヅラを奪った。そういうことだろう」
「ふふ、いいですよ。最後まで聞かせてください。お馬鹿さんは時音ちゃんか。それとも」
「まず、お前は教室の壁に細工をし、人ひとりが侵入可能なスペースを作り出した。その際にテレビを破壊することで、上田先生が教室に一人でいる状況を作り出す。体育で教室が開く時間、彼を誘導し、作業をさせた。事前にすり替えておいたリモコンで教室の温度を操作し、ヅラが蒸れる状況を作り上げたんだ」
「ま、まさか、本当に新ちゃんが?」
「そして、お前は外した瞬間を確認すると、職員室に電話をかける。緊急で上田先生に用がある外部を装うことで職員室まで呼び出させたんだ。監視の目がなくなった教室を悠々と歩き、ヅラを奪った。その後、お前は保健室に戻った。これが事件の真相だ」
差し込む日差しが室温を上げる。
時が止まったかのような教室。運動部の掛け声だけが時間の進みを告げている。
誰もが言葉を待った。
そして、彼女は言った。
「面白い推理ですね。徳川くん。でも、大事なことを忘れていませんか?」
「大事な事ってなあに? 新ちゃん」
「それはですね。証拠、ですよ。教室を増築し、そこに隠れるくらい誰でもできます。できますよね? ですから、決め手が足りないんですよ」
確かに。そうかな? そう……かな? 素直に同意することはできなかった。しかし、理解できた。
「何ら変わらないんですよ。あなたの推理以前と以後。あなたと時音ちゃんの推理。どちらも欠落している。証拠が、ね」
その言葉に彼はひるまない。もはや、予測していたかのような速度で返答する。
「体操服だ」
「体操服?」
「体育に出ることのなかったお前の服は使用されていない。汗にまみれるはずもないんだよ」
「新ちゃん……大丈夫だよね?」
彼女は口を開かない。
体温が冷えていくのを感じた。
それでも、私は彼女のカバンを開く。証拠は水に濡れていた。彼女が身にまとっていたそれが押し込まれている。
「嘘だよね? 新ちゃん……?」
「これは水に落としただけですよ。濡れることくらいあります。そもそも、小金井さんも同じものを持っているのでは?」
「あたしはあんなダサいもの着ないから」
カバンの前に立った家達くんは新ちゃんを見ると、ゆっくりと確認するように言葉を作る。
「これは水に濡れているんだな?」
「その通りですよ?」
「では」
そう言うと、服に手をつけ、持ち上げる。
困惑する私の声は裏返っていた。
「何してるの?」
「何って、嗅ぐだけだが? 水と汗の違いくらいわかるだろ?」
何言ってんだこいつ。ダメに決まってるじゃん。
困惑の色をより濃くした私の耳に響いたのは謝罪だ。
「やめてください! 私が悪かったです!」
顔中を真っ赤にした新ちゃんは、明らかに取り乱しながら服を奪い取る。そして、しまい込む。
カバンの中には着替えやらで構成された薄いベージュの海。袋詰めされたヅラが静かに泳いでいた。
まぶしかった空は暮れなずみ、どこか寂しさを感じさせる。
犯人はポツリポツリとつぶやいた。
「出来心だったんです。数日前に噂が広まったじゃないですか。ヅラなんじゃないかって。本当だったら面白いなあと思って」
「え? そんなことで? 実家の両親が泣いているよ!?」
教室の扉が音を立てた。珍しいこともあるものだ。
そこにいたのは我らが学校の理事長にして、新ちゃんのおじいちゃんに当たる人だった。
「あ、ごめーん、おじいちゃん見つかっちゃった」
「ふぉふぉ、新ちゃんはかわいいのお」
こうして、強奪ヅラ事件は幕を閉じた。
今日という日の残した印象が消える日は来るのだろうか。家路を急ぐ私にはそう思うことができない。カラスの鳴き声が同意するかのように響いた。
以上完結編でした。いかがでしたでしょうか。初投稿作でつたない部分もあったかと思いますが、あなたの時間の一部に成れたなら幸いです。
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本作をお読みいただきありがとうございました。
もう少しだけ続きますよ。




