皇女レイナとオジサンの押し問答
ザリッ、ザリリッ……。
「久しぶりだね、レーナ」
「わたしはウォルフライエ帝国の帝都アルファから来た、皇女レイナ。オジサン、ダレ?」
「そこから!?」
※
赤毛短髪碧眼で黒い軍服姿の知らないオジサンが、獣に乗った数人の兵士を後ろに従えて扉の前に立っていた。ちょっとカッコイイかもしれないな。髪の毛の色がアニメっぽいけれど、お兄さん系アイドル俳優みたい。
「ニコラだよ、もう忘れたの、レーナ?」
「レーナじゃない。わたしの名前はレイナ」
「まだレイナと名乗っているんだ。相変わらず君は年を取らないし、可愛らしいままだね。僕はもうすぐ三十歳だよ」
「オジサンアラサー。プフッ」
「悲しいことに最近目にクマが出来たみたいだよ」
「美顔器使う? 今はないけれど、そのうち手に入ると思う」
「何ソレ?」
※
「また家族を捜すの? 戸籍本署で名前と住所を調べるんだろう? 今度は隣国かな。手伝うよ」
「必要ない。家族はそのうちやって来るから」
「そ、そうなんだ。どうやって? まさかとは思うけど生き返るの?」
「もうじきこの地へ来る」
「どういう事か良く分からないけれど、レーナの父オキザリス卿は、残念ながら先月亡くなった。でも安心して、聖女レーナの父として国を挙げての弔いをしたから。領地は君の叔父が引き継いでいる。最後に君とたくさん話が出来て嬉しそうだったよ」
さて? わたしは今まで聖女レーナとして生きてきたという事? 父はオキザリス卿と言うの?
早くこの世界の記憶を取り戻さなければ。
ロデームに聞くしかないのかしら。
「父はアオキ・コージ。母はミツコ、兄はジン……ここでの事は覚えていない」
「……以前もそんな事を言ってたね」
「そうだった? ねぇ、そんな所に立っていないで、中に入れば」
「以前入ろうとしたら建物に拒否されたんだよ」
「試しに入ってみて」
オジサンは恐る恐る扉をくぐった。
「あれっ、今回は入れる!」
「良かったね、オジサン」
「うわぁ~、すごいな。どんな材料で建てられているんだろう、この建物。床や壁が大理石よりもツルピカ、磨いた鉄よりも輝いている。まるで鏡のようだ。見たこともない道具がいっぱいある。レーナは一体何者なんだ?」
「わたしはウォルフライエ帝国の帝都アルファから来た、皇女レイナ。オジサン、誰?」
「ハァ……分かった、説明するよ……」
☆ ☆ ☆
「えっ、オジサン王様なの? 本物? わぁ~、超古代の王様を初めて見た。触っていい?」
「い、いいよ。君から触れてくれるなんて嬉しいな。ところで今日は君を迎えに来た。そういえばもう魔法少女と言わないんだね」
「えぇ~、わたしそんな恥ずかしい事を言ってたの?」
「ま、まぁね。それで、国民に希望を与えるために聖女の花を国中に届けて欲しいんだけど、頼めるかな」
えぇ~。今、環境改造を実施しているところなんだけど。う〜ん、放っておいても大丈夫なくらいにはなっているけど。
「どうしてわたしがそんな事をしなくちゃならないの? 聖女の花って何?」
「君が育てていた花だよ、この建物の周りにも咲いているだろう。届けるのはレーナが相応しい。不思議な事に、君がいるだけで花が咲くんだ」
「確かに不思議。今までどうしていたのかな」
「オキザリス卿が首都中に苗を分けた。今度は花を国中に咲かせたいんだ。そうする事で国内を瘴気から守る事が出来る。それに君の聖獣は謎の病を治癒することが出来るよね」
「ロデームが聖獣。ハァ……いつの間にそんな事になっていたのかな。環境改造を始めたばかりだから間もなく国土と大気は最適化されると思う……どうしても花が必要なの?」
「国は今、国難からようやく立ち直ろうとしている。国民は希望がほしいんだ。それが聖女である君の白い花なんだよ」
「それなら報酬を頂くわよ」
「もちろん。何がいい?」
「そうねぇ……チョコレートなんかが食べたいな……」
「そんなのでいいの?」
「そんなのって……帝国では合成品しか手に入らない超高級品なんだけど」
「お安い御用です、聖女レーナ」
オジサンはわたしの手を取って口付けた――待って、いつまで??
「ちょ……ちょっと長い! 離してオジサン!」
「嫌だ。僕は何年も君を探して……やっと手に入れたと思ったら君はまた離れて……もう二度と離さない」
「ちょ……」
結局わたしは爽やかな顔をした超絶人タラシに絆され、谷を出た。
何だか悔しい。報酬を忘れないでね!
※
パッカパッカパッカ……ガタゴトガタゴト……しゅ~しゅ~しゅ~。
なぜか『聖獣フェンリル』と呼ばれるロデームと、聖騎士団とかいう何十人もの騎士を従えた、オープン馬車のわたし。オジサンはずっと一緒だったわけではないけれど、時々先頭についてくれた。
幾重にも重ねた白い総レースの、引きずってすっころぶくらい長いドレスを着せられ、手を振りながら愛想を振りまく。髪の毛には聖女の白い花。ウェディングドレスでコスプレしたみたい。
皇女だった時にはこんな恥ずかしい事はしなかったのに。何の罰ゲーム。
――そういえば、帝都の大ホールで年何回か帝国のコスプレイベントをしたっけ。わたしたち皇帝一家を中心に、『ウォルフライエ!』と何回も叫ぶの。
父は黒タイツに黒マントに黒マスク。母は全身白タイツにアイボリーのロングストール。お兄ちゃんは黒ズボンに肩パッド入りアイボリーチュニック。わたしはヤマトタケルのような髪型に白いロングドレス。
アレもちょっと痛かったな。
そしてわたしは国中を回って花を届けた。微笑み過ぎて頬の筋肉が引きつったよ。
みんなみんな、花を受け取ってはわたしに頭を下げた。
それを人々は『聖女巡礼』と呼ぶらしい。
なんのこっちゃ。
※
「朗報だよ。レーナが全国を回った結果、聖女の花が至る所で咲くようになった。このことは聖女巡礼として知らしめたから、もう君に言いがかりをつける者はいない」
「オジサンの策士めぇ……わたしもう疲れた、眠い」
「褒めてもらって嬉しいよ。しばらく眠る?」
「ウン……」
「それなら王宮に来てほしいな。僕はもうレーナと離れたくない」
「でもわたし、ここにいなくちゃならないから……」
「どうしても?」
「どうして……も……」
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レイナはすでに神殿の床で動かなくなっていた。
「ねぇロデーム、このままレーナを王宮へ連れて行ってもいい?」
「ご主人様には生命維持が必要です。このままですと飲まず食わずで死んでしまいます」
「それなら僕がお世話するよ。どうすればいい?」
「それは……ゴニョニョ……」
「任せて!」
「おやすみ、レーナ。とびっきりの報酬を期待してほしい」
ニコラはレーナの頬と唇と首に気が済むまでキスした。
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一方、聖王国の大神殿は未だに混乱中だった。
偽聖女と断罪し、西部領が推した女性の後ろ盾になって真の聖女と認定したものの、国の瘴気は依然として晴れず、その女性に何の力も無かったからである。
それを受けて神殿長は解任され、その後行方不明となった。西部領の領主も解任され、病で亡くなった人たちの共同墓地の墓守にされた。
『偽聖女裁判』から二年後、オキザリス卿によって聖女の花が瘴気を払う効果を持つことが証明され、王家は大神殿を無視してレーナを聖女と再認定した。
それに異を唱えた大神殿の威光は地に落ち、王家を敵に回すこととなった。
以降聖騎士団は聖女のみに仕える存在になった。
五年後流刑となったレーナが復活し、聖獣と共に各地の瘴気を払った。この事に対しても王家は大神殿に相談もしなかった。無視された大神殿はある勢力と結びついた――今は王領となった旧西部領勢力である。
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