皇女の目覚めと謎の帝国
【レーナ十九歳、ニコラ二十九歳】
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聖王国の王が崩御した後、ニコラ・ポン・デ・シトリヌスが新国王となった。
妃はいなかった。
その頃になると、猛威を振るっていた謎の病は聖王国内では下火になり、落ち着きを取り戻した。周辺諸国は未だに立ち直れなかった。
新国王即位後、長らく音沙汰がなかった荒廃谷で遠吠えを聞いたという報告があった。
早速ニコラ王が動き出した。
※
再び目覚めたレーナからは、荒廃谷含め現世での記憶全てが消えていた。
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ニコラが谷へ来る三日前――。
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ザザァーー。
『ここがいいだろう。我々にとっては原初の地らしい。環境的には最適だ』
『環境改造が最小で済むらしいわね。まだこんな世界が残っていたなんて驚きだわ』
『状況は良く分からないけれど、先遣隊が必要だな。俺が行く?』
『まあ待て。今検討中だ』
『それならわたしが行きたい。どんな世界か興味あるわ』
『レイナが? 出来るの?』
『何とかなるわよ、わたし未知の世界に興味あるもの!』
ザザァーー。
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……。
あれっ?
そういえばワタシ、どうしてここにいるんだっけ?
わたしの名前は?
あるえぇぇ、記憶が薄れていく……。
ワタシこんな所で何してんだろ?
「お目覚めですか、ご主人様……」
えっ、動いて喋る真っ黒なぬいぐるみ!? モコモコで気持ちよさそう。どれどれ、抱き付いてみよう。
ぼふっ、サワサワ……。
気持ちいいけれど少しゴワつくから人工毛だな。
うん、コレは永久機関の形状記憶有機生命体だわ。故郷から一緒に来たんだね。
丁度いいや、抱っこ枕にしよう。
故郷――どこだっけ?
「ロデーム! 君は今日からロデームだよ!」
「かしこまりました、ご主人様」
ここはどこだろう。何か情報は……真ん中にある管制パネルに冊子があるわね。
「思い出した、ピンクのネコが飛んでいる表紙――これは環境改造マニュアルだわ!」
マニュアルをめくると、そこには一通の手紙が挟んであった。ピンクネコが飛んでいる便せんで、重要な部分にマーカーが引かれていた。
『ウォルフライエ帝国皇帝アオキ・コージから、皇女レイナへの指令。
受け入れ難い地殻変動により、死にゆく帝国の全住民を移住させるため、レイナが新たに生を受けた世界を早急に環境改造せよ』
「そういえば、わたしの名前はレイナ。でもって皇女? コージは皇帝? 新たに生を受けた? イミフ。わたしがこの世界の環境改造を?」
『目的地にした世界の重要人物として生を受けた後、国土を整えよ』
「その結果が茶髪茶目のお茶目で平凡な少女? 重要人物には見えないけれど」
『任務は以上。まずは管制デスク右奥、黄色のボタンを押せ』
ポチッとな。
シュッ……。
前面の壁全体に、黒々とした天パの、キラキラした衣装を身に着けた暑苦しいオジサンが現れた。
『我はウォルフライエ帝国の皇帝、コージ。やっと目覚めたのか、レイナ。長らく待たせたな』
「げっ、父!」
『現在レイナがいる場所は帝都アルファから出発した船内。ウォルフライエの神殿を模している。食料倉庫やバスルームがあるから、よく調べなさい』
「ハイハイ。ところでこの映像、ライブなのかなぁ……違うよね」
『レイナに告ぐ。船が着陸した世界を環境改造し、我々が安全に住める地にせよ』
「わたしの使命、キツ過ぎ!」
『時間はあまり残されていない。早急に仕事を完遂せよ』
「容赦ないな、父……」
『我々は既に故郷を離れ、そちらへ向かっている。もう猶予は無い』
「見切り発車かよ! 母と兄は何をしているのよ!」
『お帰りなさいレイナ。船にいれば安全ですよ。ロデームもいますからね。携帯バーは完全栄養食だから、毎食ひと箱は食べなさい。衣類もたくさん用意したわ。レイナを傷付ける者がいたらロデームが成敗してくれますからね。再会できるのを楽しみにしていますよ』
『移民船団を率いるのは至難の業なんだよ。俺が指揮するから、お前は安全な所でゆっくり環境改造するとよい。あとは兄に任せなさい』
父も母も兄も、一人ぼっちで成し遂げることがいかに難しいか全然分かってない。再会したらロデームと一緒にお仕置きよ!
――思い出した、全て思い出したわ、ウォルフライエの記憶を全て!
――わたしは皇女レイナ。故郷の帝国は急激な地殻変動のため移住先を探していた。
――住民を避難させようとした時、突然現れたクラックに挟まれてわたしは死んだ。
ということは、わたしは生まれ変わったという事? ひぇ〜。
ところでわたしはこの世界の誰になったの? こんな少女が重要人物?
※
「こちらレイナ――環境改造の前に、なぜわたしがここにいるのか説明しなさい。確かわたし、クラックに挟まれて死んだよね?」
――二日後――
『こちら母船のミツコ――それはわたしから説明します』
「げっ、母!」
『レイナがクラックに挟まれて死んでしまったあと、どうしてもあなたの死を受け入れられなかったわたしたちは、あなたの遺伝子情報と記憶を魔導術移転で新たな生命に宿すことにしたの。移転先は、移住先の子供を欲している夫婦。新たに生まれたレイナは特殊能力を持った重要人物になるはず。
いずれレイナは神殿を模した船にたどり着くだろうから、その地の環境改造を託したのよ。お分かり?』
「分かったけれど、無茶過ぎるわ!」
宿った生命に遺伝子情報を移転することは、高度な魔導術の中でも禁術に当たる。それを皇帝一家はやってしまった。
いやはや。
「早世したわたしを移住先で生き返らせて先遣隊にするなんて、前代未聞のサイコ毒親!! 次会ったらお仕置きじゃぁぁ〜!!」
※
わたしが生まれ育ったのはウォルフライエ帝国。
と言っても、人口三十万人にも満たない小さな国で、帝都アルファしかない。オタクな指導者アオキ・コージが勝手に帝国と名乗っているだけの弱小都市国家。ただし科学力・技術力に加えて高度な魔導術を持っている。
急激な地殻変動から逃れるため移住先を探していたわけだけど……。
ハァ……。
「……その前にお腹空いた……」
小さな船。適当に仕切られただけの空間。
――やっつけ仕事だったのか。それだけわたしを生き返らせるのが急務だったわけね。
仕切りの一つに食料倉庫があった。詰め込まれているのは、カ◯リーメ◯トっぽい棒状の非常食糧と緑茶のティーバッグ。紅茶のような物もあるけれど、奇妙な事にウォルフライエ文字ではない。
「どれどれ、賞味期限は帝国暦二千八百三十年。まだまだ大丈夫ね。あとは水かお湯かお茶を飲めと?
未踏の地へ殴り込むのは過酷な仕事だわ、皇女って楽できるかと思ったら全然違った。都市の市長一家でしかなかった。しかも何から何まで率先してやらなくちゃならないなんて……」
それ以来わたしは管制パネルと睨めっこし、マニュアル通り環境改造に勤しんだ。
「住環境は完璧に見える……でも、帝国民が住むには有害物質と病原体が多過ぎるわ。常に薄霧がかかって体にも悪そう。世界中は時間がかかるけど、この国だけならお安い御用ね。大規模改造開始!」
わたしは管制パネルにひたすらコマンドを入力し、様々な数値を適正値へ導いた。
ゴォーゴォーゴォー……。
円錐形の建物からは、ブォーン! と奇妙な物質が発せられ、ロデームが低い音で遠吠えをした。
ロデーム、君、犬じゃないよね?
そして谷を中心にして、大気や土壌が瞬く間に最適化されていった。
「早く家族に会いたい」
※
船の外から足音が聞こえた。
ザリッ、ザリリッ……トントン。
手をかざしてスシャッと扉を開ける。
何と、黒い軍服を着た赤髪のオジサンが、獣に乗った兵士を従えて立っていた。
コスプレ隊かな。
「久しぶりだね、レーナ」
「わたしはウォルフライエ帝国の帝都アルファから来た、皇女レイナ。オジサン、ダレ?」
「そこから!?」
荒廃谷の神殿のイメージです。Adobe Firefly(AI)で作成しました。




