聖女様は家族を探しに行く
谷の神殿で目覚めてからどれくらいたったんだろう。記憶の無いわたしという存在は宙ぶらりん。
谷特有の有害なミストはすっかり消え、三方の山脈もくっきり見えるようになった。
けれど……いい加減寂しくなりました。
コージ、ミツコ、ジン……わたし独りぼっちだよぉ……みんなどこにいるんだよぉ……グスッ。
茶飲み友達のオジサンはたまにしか来ないし……グスッ。
もしかしたら、この国のどこかにわたしの家族がいるかもしれない。
そうだ、旅に出よう! 世界を見よう!
まずはこの国の役所を目指そう。戸籍を調べれば何か分かるかも。
「ロデーム、これから首都へ行くわ。場所分かる?」
「おまかせ下さい、ご主人様」
「いちいちご主人様って言わなくてもいいのよ」
「かしこまりました、ご主人様」
「……」
※
自在に色が変化するゆったりパンツとチュニック姿、折り畳みリュックに衣類と携帯バーと緑茶を詰め込み、ロデームに乗って峠に立った。
眼下に薄っすら広がる霧、荒れた畑、家畜のいない枯れた放牧地。この薄い霧(?)が謎の病の原因らしい。
今回は私を狙う人はいなかった。
峠を降りたら、馬車を引いてマスクをした馬に乗る一団が現れた。みんな頭巾を巻いていた。
「盗賊!? や、やばっ、わたし殺られるの?」
と思ったら、先頭にいたのは白馬に乗ったオジサンだった。黒い軍服に黒頭巾。ヘンテコな姿だな。改めて見ると結構背が高く、威厳があってカッコイイ。さすが王子様!
「オジサン素敵!! 軍人忍者みたい!」
「良く分からない例えだけれど、見直してくれた? 約束通り迎えに来たよ」
「約束してないけど。迎えって?」
「正式に迎えに来るって言ったよね。君から来てくれるなんて嬉しいな。護衛を連れて来たからレーナたちは馬車に乗って」
爽やかカッコかわいいオジサンに言われると断りにくくなっちゃう。人タラシだわ、この人。
「わたしは用事があって首都へ行くのよ。ロデームがいるから護衛は必要ない」
「そういう訳にもいかないだろう、僕たちが通る街道は安全にしてあるから道案内するよ。首都へ行くのも城へ行くのも同じ事だから。君もこの頭巾を巻いてほしい。瘴気除けのためだから」
「そ、そうなの、ありがとう。レーナじゃなくてレイナ」
「どういたしまして、聖女様」
「魔法少女だってば!」
※
パッカパッカパッカ……ガタゴトガタゴト……。
十人もの護衛騎士団、馬車に乗ったわたしとロデーム。先頭は忍者のようなオジサン王子様。
「不思議な色の服だね、奇妙なデザインだけど似合ってるよ。どこで作ったの?」
「たぶん母からの支給」
「母? オキザリス夫人は亡くなってしまったけれど……」
「??」
初めて人が住む街に出た。超古代の箱庭みたい。 ――超古代???
時々路上に倒れている人がいる。護衛が路肩に移して毛布を掛けた。事態は深刻そうだ。
しゅ〜しゅ〜しゅ〜。
「ロデーム、さっきから何か撒いている? 空気清浄機みたいな音がするんだけど」
すると、倒れていた人がパッチリ目を開けた。
「「「???」」」
「有害物質が蔓延していますので、プラズマエアーを我々の周りに撒いています」
「ロデームが聖女なんじゃ!? 体の中に工場でもあるの??」
「そのようなものです」
「驚いた! レーナの聖獣は神なのか!?」
――違うと思うけど。
首都への街道には獣の死骸があり悪臭が酷かった。どの街にも住人は見かけない。谷に籠もっていたから何も知らなかった。
パッカパッカパッカ……ガタゴトガタゴト……。
何日か国設野営地に宿泊し、ようやく小高い丘に大きな街が見えた。
「あれが聖王国の首都だよ」
「ほワ〜」
※
首都にも倒れている人はいたけれど、今まで通った街ほどではなかった。商店はそれなりに開いているし、みんな生活できているようだ。
しゅ〜しゅ〜しゅ〜。
ロデームがエアーを撒きながら道を進む。
「城へ行く前にオキザリス卿の屋敷に寄ろう。君を待っているから」
一カ所だけ清潔でまともな場所があった。アイビーで覆われた大きな屋敷だった。
「覚えていないかもしれないけれど、ここがレーナの屋敷だよ」
ホわ〜、古城ホテル?
気になって門の中を覗いたら、シャベルを振り回して庭仕事をしていた白髪のオジーサンが、わたしに向かって走って来た。
「レーナ、今までどこへ行ってたんだ!」
知らないオジーサンに怒られた。
「だ、誰!?」
「何を言っているんだ、お前の父だよ」
白髪で碧眼。漆黒髪・茶目のコージと全然違う。そういえば、わたしの髪と目は茶色だわ。なぜこの人は父と言い張るのか。
「……あなたはわたしの父じゃない」
「聖女教育をサボって遊び歩いているなど、神殿に申し訳が立たないじゃないか!」
「聖女教育……?」
「ここは僕に任せて」
オジサンが割って入った。
「ご無沙汰しております、オキザリス卿。レーナ嬢を連れて来ました。長らく彼女をお借りし大変申し訳ありませんでした」
「娘を連れ戻してくださったんですか、感謝いたします、殿下」
「遅くなり申し訳ございません」
この人お貴族様だったのか。シャベルを上下して庭仕事をしている初老の庭師にしか見えなかった。
「レーナ、温室で育てている聖女の花が上手く咲かなくてな……」
「わたしはレイナだよ」
「レーナ、花が上手く咲かないんだよ」
「さっき聞いたわ」
「花が上手く咲かないんだよ」
この人、認知症かもしれない。
今は問題となる要因を海馬から薬で取り除いているから、予防されているはずなんだけど……。
――あれ? 『今』って、いつ?
- - - - -
ザザァーーッ
『見て、レーナ。これがあなたのために特別にしつらえた聖女衣装。似合うといいんだけど……』
『どれどれ、うん、サイズもぴったりだ。これなら国中どこへ行っても恥ずかしくないだろう。正真正銘の聖女様だ』
『わたくしたちの誇りよ!』
『ありがとうございます、お父様、お母様!』
※
『レイナ、帝国民の移住先はある程度特定された。これから忙しくなるぞ。重要な仕事だ』
『うん、分かってるよ、父。急がなくちゃね』
『ただね、帝国民が住むには少し難あるみたいなのよ。ジンにはシステム構築を頼めるかしら』
『オーケー、まずデータを分析すればいいんだろう?』
『お兄ちゃん、手抜きしちゃダメなんだからね!』
『分かってるよ!』
※
『初めまして、レディ・レーナ、聖女様』
『初めまして。どなたでしょうか』
『僕はニコラ。王家と大神殿から君の護衛を頼まれた』
『まぁっ、わたくしに護衛が? 光栄です!』
『よろしくね!』
ザザァーーッ
- - - - -
う〜ん、記憶が交差して頭が痛い。
「まぁまぁオキザリス卿、お疲れでしょう。しばらく作業を休みませんか」
オジサンが、わたしの父と言い張る人を温室のベンチに掛けさせた。
「レーナが育てていた聖女の花は、君の誕生と共に国中で咲いたんだ。まさしく奇跡だった。けれど手入れを怠ったら次第に枯れてしまって。最終的にはオキザリス屋敷と王宮にだけ残った。
その植物には土壌と大気を浄化する作用があることを君の父上が三年前に証明してね。それ以来レーナの持つ神聖力が国中に広まり、君の名誉は回復された。
オキザリス卿が首都中に苗を分けたが、花だけが咲かなくて。国中に花を届けられれば瘴気は避けられると思うんだ」
「そうなの?」
「きっと君は生きていると思っていたから、僕は何回も荒廃谷へレーナを連れ戻しに行った。しかし谷のミストに阻まれて入れなかった。最近になってだよ、あの不思議な建物へたどり着けたのは」
「ということは、わたしが眠りから覚めたから?」
「そうなるのかな」
花壇の横にある温室の中には白い花がちらほら咲いていた。
「あれは……オジサンが持って来た白い花……以前どこかで見たことがある」
花が咲かないのは何かが足りないのね。
「ロデーム、何が足りないのか分かる? 石灰かしら?」
「少々お待ち下さい」
しゅ~しゅ~しゅ~。
「土壌が湿り過ぎているようです。チッ素も足りません。ご主人様成分も」
「わたし成分!?」
「今から拡散します」
しゅ~しゅ~しゅ~。
すると何という事でしょう! 蕾のままだった花がぽんぽん咲き始めたではないか!
「凄い! レーナの神聖力は本物だ!」
「水を与え過ぎてはいけないみたいよ。チッソが不足しないように。じゃあ、また」
「さっき来たばかりじゃないか、もう行ってしまうのかい? 妻はすっかり顔を見せなくなってしまったし、弟夫婦は領地から出て来ないし、みんなみんな私を無視してばかり……」
「オキザリス夫人は……」
「いい加減遊び歩くのは止めなさい、嫁入り前の娘がみっともない!」
「そう、ゴメンナサイ……じゃ、もう行くね」
「暗くなる前には帰って来なさい。そしたら化粧台を片付けるんだよ」
「……ハイ」
首都にいる間は様子を見に来るしかないわね。介護のプロを派遣してもらおう。
次回もレーナ/レイナのアイデンティティが混乱します。




