オジサン王子のたわ言とアフタヌーンティー
十数日後。
その頃になると、外に挿した白い花が増えていた――不思議な植物。
ずっと以前見たことがあるような……。
ザリッザリリッ、トテッ……。
「レーナ……お土産だよ」
オジサンは紅茶セットとお菓子の詰め合わせと白い花を持って、手紙の返事を受け取りに来た。
この日は珍しく二人の護衛がいた。
返事なんてありません。だってお手紙セットを持ってないもの。
――オジサンはどこに住んでいるのかな。首都ってそんなに近いのかな、王様の知り合いなのかな。
長時間谷にいても平気そうだったから、神殿の外に折りたたみテーブルと椅子を持ち出し、温い紅茶とお菓子で質素なアフタヌーンティー。
そういえばこの紅茶、オジサンの髪の色と同じ。今日はスーツに近い服装でラベンダーの香りもする。
――アイドルが戻って来た!
ここがどんな国なのか全然知らないので知識として持った方がよさそう。
「凄いね、聖女の花がこんなに増えるなんて。しかもちゃんと咲いている。本当にレーナがいるだけで花が咲くのか」
オジサンは嬉しそうだ。
お花が好きなんだね、メルヘン男子なんだね。
「そもそも瘴気って何?」
「瘴気は生き物に有害な霧。レーナだけがそれを払う聖女の花を咲かせることができる。だから谷から出てほしい」
「そんな訳ないでしょう、お断りしま〜す」
「どうして?」
「だってわたし聖女じゃなくて魔法少女だし、やり方なんて知らないし。自分たちの事は自分たちで何とかして」
「でも……差し当たってでいいんだ」
「方法を知らないのよ?」
「レーナがここから出さえすればいいんだ。君がいるだけで花が咲くから」
「変な人たちから狙われるから出られません」
「護衛を用意するよ」
「ほかに聖女はいないの?」
「そう言われた人はいた。しかしその人は結局何の力もなかった。僕たちは西部領に騙されたんだ」
「騙されるなんてマヌケね」
「すまない……みんな大馬鹿だった」
「騙されやすいんだね。変な宗教に入らないようにね。あっ、もう入っているか、『聖女教』とかいうのに」
「……君は言葉遣いが変わった。谷のミストにやられたのかな……」
オジサン、シュンッとし過ぎ。何だかわたしが虐めているみたいじゃない。追放されたのはわたしなのに。釈然としない。
「仮にその花で瘴気とやらを払ったとして、わたしに何のメリットがあるの? わたしはこの国の国民ではないのよ。ただ働きさせようとしてない?」
「もちろん君が望むものを贈呈するよ……できる範囲で」
「じゃ、考えとく。ロデーム!」
「はい、ご主人様」
「あっ、待って! レーナに言わなくてはならない事が! すぐ会いに来るからね! 僕は君を取り戻すよ!」
わたしはロデームを呼んで、強制的にニコラを(以下略)……。
☆ ☆ ☆
どうしてわたしがそんな事をしなくちゃならないの?
どういう訳か白い花は咲いたけど。
――なぜ? わたしにどんな力が?
そもそもわたしは何者?
自分で自分の事が分からない。
おぼろげにある記憶はいつのもの?
オジサンによると、わたしの父はラミレスという人だと言う。けれど父と言われて思い出すのは漆黒のアオキ・コージ。わたしはオジサンが呼ぶ『レーナ』ではない。
これからどうすればいい? 誰か教えて。
☆ ☆ ☆
ザリッ……トントン……。
案の定すぐ来たよ。まだ十日くらいしかたってないのに。暇人なのか、近所に住んでいるのか。
「ようこそ神殿へ。オジサン今日は転ばなかったんだね」
「ここまで馬で来たからあまり疲れていないんだ。君を取り戻しに来た」
オジサンがわたしに捧げたのは、紅白のバラの花束だった。ドキッとした。
この日は三人の護衛がいた。相当重要人物と見える。
わたしはスーツ姿のオジサンと軍服姿の護衛に、棒状の保存食をご馳走した。
「甘くて美味しい。口の中の水分が無くなるけど」
「ハイ、温いけど紅茶をどうぞ」
蛇口から出るお湯で入れた薄い紅茶とオジサンが持って来たミートパイで、みんなと屋外アフタヌーンティー。谷の人口が増えたわ。
谷には植物が芽吹き、神殿周りの白い花は確実に増えている。いつもわたしとロデームだけだから、たまにはこういうのもいいかな。オジサンはわたしの茶飲み友達。素っ気なくしないで、これからは歓迎しよう。
「レーナは今でも僕と結婚したいと思ってる?」
「ブーッ!?」
お茶吹いた。茶飲み友達を通り越していきなり結婚かよ。
「理・解・不・能」
「僕たち、いずれは結婚しようねって言ってたよ」
「どさくさに紛れた結婚詐欺かな、わたしは騙されないよ」
「君はそう言ってた……と、思う」
「言った覚えはないし、オジサンは戦力外」
「そ、そうなのか!?」
「だってわたしを追放したんでしょ?」
「言い訳になってしまうけれど、僕は反対したんだ。レーナに罪はないから。けれど神殿の力が強すぎて駄目だった。僕は無力だった……」
「……どこまで本当なのかしら。それに、結婚する必要なんかないでしょ」
「世の中にはそういう考え方もあると思うけど、僕は王族だから」
「ええぇ~~! オジサン王様だったの?」
「オジサンじゃなくてニコラ。僕は王子だよ。そんな事も忘れてしまったんだね」
びっくり。だって、こんなくたびれた王子様いる?
「この国のことは全然知らないわ。わたしは外国人なのよ。どうして言葉が分かるのかは謎だけど」
「そうか、そういう認識なのか。一から説明した方がよさそうだ」
オジサンはこの国、聖王国について丁寧に説明してくれた。
王室と神殿の二重政権+地方領主による地方自治。
王は世襲制、神殿長は選挙制。
神殿には神官のほかに聖女がいて、祭祀を司る神殿の象徴。
などなど……。
話が長すぎて途中から覚えていません。
「……だから王族は聖女と婚姻を望むんだよ」
「つまり王室と神殿両方の権力を独占するために、王様は聖女を利用するわけね」
「そんな事はないよ、お互い持ちつ持たれつといったところさ」
「だからといって結婚する必要はないと思う。協力すればいいのよ」
「そんな……」
それっきりオジサンはうつ向いて黙ってしまった。
「もう帰る? ロデーム!」
「はい、ご主人様」
「今日は諦める……けれど、これからは何があってもレーナを守ると誓う……近々正式に迎えに来るよ」
オジサンがわたしの前で跪き、わたしの手を取って唇に当てた――この国の挨拶なのかしら、ものすごくドキドキする。
わたしはロデームを呼んで、強制的に(以下略)……。
☆ ☆ ☆
この国は聖女に頼り過ぎてない?
わたし以前の聖女って何をしてたんだろう?
そもそも聖女は人道支援をした人だったような……それか、民衆を率いて敵と戦った女戦士、もしくは女王と親しい凄腕の看護師……うろ覚えだけど。
わたしみたいなか弱い魔法少女(しかも外国人)に国難を任せるなど、言語道断なのだ。
そんな事は自分たちで何とかせい。
※
――どうしよう、オジサンに口付けられた手が熱くて震える。今日は眠れそうにないや……。
わたしはロデームに抱き付いてベッドにころがった。
この時点ではレーナは別の人格レイナなので、レイナのざっくばらんな性格と時代間のギャップが出ているという感じです。
次回レーナ/レイナがとうとう谷を出て、自分探しの旅が始まります。
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