謎の神殿と謎のオジサンと押し問答
神殿中央は楕円形の吹き抜けになっていて、壁に埋め込まれた照明に加え、上から自然光が入ってくる。真ん中のどデカい机には謎のボタン群と、見たこともない文字盤があった。机の下には数冊の説明書があるけれど、見たこともない文字なので読めません。
「ロデームならこの冊子読めるよね」
「もちろんです、ご主人様」
「神殿の事を教えて」
「かしこまりました」
この世界で生きていたという記憶はないのに、どうしてわたし、オジサンの言葉が分かったんだろう。ロデームも理解できるみたいだし。
わたしはここの住人だったのかな。だとしたら、どうしてこんな所に独りぼっちなのかな。
「ご主人様、神殿内部の説明をしますので」
「お願いね」
中央空間の両側には、神殿に似つかわしくないお洒落な間切りがいくつかあり、右側は倉庫になっていた。中には衣服やバストイレ用品、携帯食料品などの日用品がギッシリ積まれていた。服は光に当たって色が変化する、不思議素材。
左側には清潔なバス・トイレ・小さなキッチン。水とお湯の出る蛇口付き。
この神殿のどこかに給湯器があるんだろう。
燃料は???
これならしばらく生きていけそう。黄色い棒状の携帯食料は見たことがあるような……下着や服のデザインは……ちょっとダサいわ。いつのデザイン? 誰の見立て?
お腹が空いたので、棒状の食料を食べる。味は……まあまあかな。唾液がなくなりそうになるけど。
「それは非常用携帯食料です。食料はそれしかありません。飲み物は水かお湯か緑茶です」
「そ、そうなの、ロデーム。なかなか厳しい状況だわ」
確かカ◯リー◯イトとかいう食べ物だったような……おぼろげながらわたしの記憶が蘇っているみたい。賞味期限みたいなのが書いてあるけれど、残念なことに文字が読めない。
「ちょっと寒いわ、室温調節はどこで?」
「手前の青いボタンで自動調節できます」
ポチッとな。
ガコン、シュー……。
とりあえずお腹は満足したし、室温も快適になったから、各種ボタンを理解しよう。
赤・黄・青……信号みたいだな。
――信号?
青は室温調節。赤は? 中央に存在するひときわ大きい赤ボタン、とても気になる。
ええい、ままよ!
ポチッとな!
ウィンウィンウィンウィン……。
しゅ~しゅ~しゅ~しゅ~……。
ポコポコポコポコ……。
天井から変な音がした。
「な、何が起きてるの!?」
ロデームが低くて長い遠吠えをした。
試しに外へ出てみたら、今まで薄暗く霞んでいた空が徐々に明るくなっていくではないか!
「わあ~、久しぶりに見る青空!」
☆ ☆ ☆
ザリッザリリッ……ゴツンッ。
もしかして、またあのオジサン?
「レーナ、前よりも元気そうだね、良かった……」
「何かご用?」
「以前も言ったが、君に謝罪と……頼み事があるんだ」
前回のような薄汚れたシャツ・ズボンではなく、黒く分厚いローブを身に着け、目だけを残して顔を黒い布でぐるぐる巻いていた。
「変な格好、忍者みたい、プフッ」
――忍者って何だっけ?
「生き物はこの谷特有の重苦しいもやにやられるんだ。前回は馬に乗ったまま来てしまい、途中で馬が倒れた。今回は防護用ローブを着て峠から歩いて来たんだ。馬は峠に繋いでいる」
「わたしは外に出ても平気だよ。それにオジサンもここへ来れたじゃない」
「君は聖女だから影響は受けないんだよ。僕は前回も今回も、聖女の花を身に着けているからね。そういえば、この不思議な建物の周りだけ空気が澄んでいるね。以前よりも、もっと……」
「聖女って何?」
「君が聖女なんだよ」
「だから、何? わたしは魔法少女なんだけど」
「は? イヤイヤ、君は聖女なんだよ」
「いやいや、魔法少女だから」
「レーナは魔法が使えたっけ? そもそも魔法使いがこの世界にいた?」
「ロデームが魔法を使えるわ」
「その犬?」
「ロデームは犬じゃないわ」
「じゃあ、オオカミ? いや、聖獣かな。さすがはレーナだね、聖獣を従えたんだ」
「た、たぶん? それに、わたしの名前はレイナ。アオキ・レイナ。聖女ではないから人違いだと思う」
「君は確かにレーナだよ、薄茶色の巻き毛も、可憐な顔も、姿も……」
「褒めてもらってありがとう。オジサンとても苦しそうだけど、大丈夫? 中に入れば?」
「う……ん」
バチチッ!!
「あうっっ!!」
オジサンは扉にはじかれ、中に入れなかった。見えない結界がありそうだ。
「僕はオジサンじゃなくて、ニコラという名前がある。ところで、ちゃんと、食べてる? これ、差し入れだよ」
オカンみたいなオジサンだな。
「大丈夫なの? この前持って来てくれた物は、腐っていて食べられなかったわ」
「ゴメン……ハァハァ……この谷の空気、ちょっと苦しいね」
そんなにシュンとした顔をされると、わたしの方が傷つくんだけど。
「そろそろ、谷から出て来ないかい? レーナを追放した人たちは今はもう反省しているから、首都に戻っても大丈夫だよ」
「えっ、わたし追放されたの?」
「覚えていないんだね。五年前レーナを偽物の聖女と言って断罪した勢力は排除した。だから堂々と戻って来ればいいんだ」
「それは嫌。買い物へ行こうとしたら、峠で知らない人に矢を射られたから。訳が分からない」
「それは……すまない。みんな僕らのせいだ」
「何がどうしてこうなったのか、説明してくれるかな」
「詳しく説明したいから、帰って来てほしい」
「それは嫌。だってここ案外居心地がいいんだもの。話したいことがあるんだったら違う日にまた来て。オジサンも気分悪そうだし」
「……まだ、大丈夫だよ。それよりも、君のことが、心配で……」
大変、息継ぎが辛くなっていそうだわ。このままだと死んじゃうかも……。
「もう帰れば? ロデーム!」
「はい、ご主人様」
「あっ、チョット、待って!」
「待たない」
「君は……いつまでここにいるつもりなんだ? ……ハァハァ……」
わたしはロデームを呼んで、強制的にオジサンを谷から追い出した。
渡された差し入れはスコーンらしき食べ物だった。今度は半分だけ食べられた。一緒に入っていた白い花は、しおれかけていた。
面倒だからもう来ないでほしいけれど、わたしに何が起きたのかは聞きたい。
※
「ねえ、ロデームはどうしてこの冊子を読めるの?」
「わたしはこの言語を使う世界で造られたのです」
「えぇっ、ロデームはロボットなの? 本物の動物みたい。よくできてるわね」
「ロボットではありません。人間の手によって造られた、形状記憶有機生命体です。それに、ご主人様もこの文字を読めるはずなのです」
色々びっくりした!!