聖女様の目覚めと謎のオジサン
【レーナ十八歳、ニコラ二十八歳】
↓ ここから半分コメディーです ↓
何だかここ、空気が新鮮。
余計な臭いがしない。
何層にも流れる灰色のもやに視界を阻まれ、焼け落ちた木々と獣の骨だらけの谷をさまよいまくったら、ツタに覆われた円錐形の建物の中にいたんだっけ。
ここ、床ピッカピカ。壁ツッルツル。
窓のない、出来たての図書館みたい。
あ……天井には明り取りがあった。
わたしはここで倒れて、床の上で眠りこけて?
あれっ?
そういえばわたし、どうしてここにいたんだっけ?
わたしの名前は?
あるえぇぇ、記憶が段々薄れていく……。
確かわたしは馬に縛られて谷に捨てられ……。
わたしの名前は?
わたしは誰?
――絶望的に眠い。体が言う事を聞かない
――もう、どうでもいいや。
あっ、あそこにベッドがある、ラッキー。身体が重すぎてグラビデくらったみたい……。
ずりずりっ、ずりっ……。
しばらく眠ろう。
~~~~~
ここ、少し寒い。
設定温度をもう少し上げなくちゃ。
ウサギさんのフリースはどこ?
建物の片隅にある据付ベッドに寝転びながら、自分のことをボンヤリ思い出した。
わたしの部屋は四十畳くらい。ピンクのベッドとコントロールデスクと巨大パネル、十畳くらいのクローゼットがあった。クローゼットには自在に色が変わる、何十着ものドレス。クリーム色のカウチには三体のぬいぐるみ。可愛らしい魔導メイド。
広い窓にはピンクのレースカーテン。
窓の外には忙しなく行き交う魔導車。
まさしくザ・お嬢様のお部屋。
こんなに寒くなかったんだけどな。
お気に入りのウサギさんのフリースはどこ?
いきなり目の前がグルグル回ってわたしの部屋の幻影が消え、代わりに何かがぬうっと現れた。
「……ご主人様」
「どぇっ? お、おおかみ!?」
目の前に黒い獣がいた。気配がなかったから気付かなかったわ。随分な不意打ちね。
「狼ではありません。わたしはこの神殿を守る存在。そして、神殿のご主人様に仕えることになっています」
「ええ〜っ。マジで? ここは神殿なの? まさか、わたしがあなたのご主人様なの?」
「その通りです。ご主人様だけがここにたどり着き、扉を開ける事が出来るのです。御用がありましたら何なりとお申し付けください」
うわ~、それって、しもべじゃん!
――しもべとは……。
「名前はあるの?」
「お好きにお呼び下さい」
「じゃあ、あなたの名前は『ロデーム』、よろしくね!」
あれっ、どうしてわたし、黒い獣にロデームなんていう名を付けたんだろう?
お腹が空いた、わたし何も食べてなかった。よく今まで生きてたわ〜、まさしく奇跡!
「ロデーム、お腹が空いた。今からお買い物へ行くわ、連れて行って」
「かしこまりました、ご主人様」
「ニャニャニャニャニャーって言って?」
「……」
猫じゃないのに変な命令しちゃった。わたし、頭がオカシイのかも。
扉が無い、壁だけの神殿。だけどわたしが手をかざすと360度どこでも扉が開く。
もしかしたらわたし、魔法が使えるのかな。
とうとう念願の魔法少女になったのかな!
♪ 深い谷にそびえ立つ〜
円錐形の神殿に住んでいる〜
魔法使いの少女〜 ♪
※
谷を出て町へ行こうとしたら、峠に差し掛かった所で、冒険者ルックのお兄さんにいきなり矢を射られた。ロデームが目から光線を発して矢を落としたので、かろうじて助かった。
ロデーム凄い! 本物の魔法使い!
ついでにロデームはお兄さんを焼き殺してしまったわ。
それってどうなの?
「ご主人様に仇なす者は容赦なく消します。それがわたしに与えられた使命です」
ロデーム怖い〜。
はぁ……物騒だから街へは行けないわ。そういえばお金も持っていなかった。こんな辺鄙な所では、父のツケは出来そうにないし。
お腹空いた……水はどこ?
仕方ないからふて寝しよう。
☆ ☆ ☆
ザリッザリリッ……ゴシュッ!
ふて寝してからどのくらい経っただろうか。時計が見当たらないから時間の感覚がない。背中が痛いし寝るのも疲れたから、起きるか~~。
そんな時、不規則に枯れ枝を踏む音がした。次いで、円錐形の神殿を弱弱しく叩く音。
もうすぐ死にそうな……。
「誰?」
自分もふらつきながら、神殿の壁に手をかざして扉を開ける。
シャラシャラ…… ♪
目の前に現れたのは、薄汚れてボロボロのシャツとズボンという姿、赤毛短髪碧眼の若オジサン。外見と対照的な甘いマスクがアイドルのよう。今にも倒れそうな風で立っている。呼吸も苦しそう。
嫌だ、アイドルのくせに臭いも凄いわ。
マスクしていい?
「オジサン、誰? わたしを攻撃するともれなく死ぬけど?」
「ニコラだよ、レーナ」
「ニコラ? フー?」
「忘れたの? レーナは君の名前。僕はニコラ……」
「わたしの名前は……ええと……レイナ。人違いだったね、残念」
こんな臭いオジサンなんて、知らん。
「五年ぶりだね。きっと君は生きていると思っていたよ」
「あ、そうなの。まさかわたし、五年もここで寝てたの?」
「えっ、ずっと寝てたの? 何も覚えてないの?」
「少しは覚えているよ、わたしの名前はレイナ……ええと、父はコージ、母はミツコ、兄はジン。いつもウサギのフリースを着てたよ」
父と母と兄。
どこにいるんだろう、会いたいな。
「さっきも言ったけど、君の名前はレーナだ。父はオキザリス卿。君は年取っていないようだね。あの時のままだ……」
「あの時? わたし何歳だったの?」
「最後に会った時は十八歳だったよ」
「ふ~ん。オジサンは三十過ぎに見えるね。服がヨレヨレじゃない」
「オジサンじゃなくてニコラ。それに三十は過ぎていない」
「あっ、そう。要するにアラサーなんだ」
「……言い方に気を付けなさいね、相手の反感を買うから」
オジサンはどうしてこんな所へ来たんだろう?
「僕はレーナに謝りたくて……それと、厚かましいかもしれないけれど、君に助けを、求めたくて……」
「何の事?」
「今から説明するよ……荒廃谷にこんな不思議な建物があるなんて、知らなかった……それからこれ、君に花と差し入れ……ハァハァ……ウッ……」
ニコラと言い張るオジサンは、それっきり胸を押さえて倒れた。
ここで行き倒れないでくれるかな、迷惑なオジサン。不燃ごみにして捨てちゃうよ。あ、人体だから燃えるか。
「ロデーム!」
「はい、ご主人様」
わたしはオジサンを峠まで運ぶようロデームに指示した。ロデームはオジサンを背中に乗せ、トットコ走って行った。
可愛いな、ロデーム。
オジサンが差し入れと言って持って来た食べ物は、腐ってグチャグチャになっていた。白かった花は枯れていた。
はぁ……ダメになった物を差し入れて、しかも行き倒れるなんて。
迷惑なオジサンだこと。
※レーナ/レイナが谷の神殿で眠っている間は生命維持されているだけで、年は取っていません。




