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聖女様、荒廃谷に追放される

【レーナ十八歳、ニコラ二十三歳】


「……以上からの事実によって、レーナ・デ・オキザリスは聖女の力を騙ったことにより、聖女の称号を外し、五年間荒廃谷へ流刑に処す」


『偽聖女裁判』が首都の大神殿ホールで行われていた。

聖王国の王族と神官たちが見守る中、神殿長がレーナの罪状と処罰を読み上げた。

被告台にいる少女はひたすら泣き叫んでいた。


「わたしは、自分が聖女なんて一度も主張していないわ! 周りが勝手に言ってただけよ!」


いくらレーナが叫んでも無駄だった。


聖女だと思い込んでいた娘は結局何も出来ず、両親はレーナを諦めざるを得なかった。傍らからその様子を見ていた王子ニコラ・ポン・デ・シトリヌスも、国王と神殿に物申すことは出来ずにいた。



オキザリス夫妻にはなかなか子供が出来なかった。かといって、夫は妾を持つという事もしなかった。夫は四十代、妻は三十代を過ぎていたが、日々神殿に通い、子供を授かるよう祈っていた。


ある日鳴動とともに火球が天から降り、その日妻は懐妊した。その日から二日間、空から綿毛のような種が聖王国に舞い落ちた。


「ラミレス、わたくし子供を授かったようなんですの」

「本当か!?」

「ええ……とても嬉しいわ」


一方、火球が落ちた谷は草木も獣も燃え尽き、何も住めない『荒廃谷』となった。空から降る見慣れない種といい、人々は不吉な予言かと恐れた。


冬になって聖王国にオキザリス伯爵令嬢レーナが誕生した時、幼子の身体に空からまばゆい光が差し込んだ。

また、土の凍てつく冬だったにもかかわらず至る所で咲いた花があった。真っ白に輝く不思議な花だったので、『聖女の花』と名付けられた。


『聖女の花』は通年咲いていた。


両親は聖女の花と共に産まれた娘にたいそう喜び、また、聖王国の人々は伯爵令嬢レーナを聖女降誕としてあがめた。

それ以降災害らしい災害は聖王国には降りかからなかった。


「この子は将来国を救うことになるのかもしれないわ、道を間違えないようしっかり育てなければ」

「もちろんだ。聖女として正しい行いをするよう、神殿に教育してもらおう」


レーナが十五歳になった時、オキザリス夫妻はレーナを神殿に託した。神殿は少女に聖女の称号を与え、聖女教育を始めた。

聖王国の歴史、神殿の役割、大気と土壌の浄化について、古語……。

人々は待望の聖女誕生に沸き、期待した。


三年後、周辺諸国から発生した謎の霧が聖王国に入り込み、死に至る病が蔓延し始めた。人々は聖女の癒しに期待したが、霧は少しも晴れず、レーナの力はなかなか発現しなかった。病に倒れる人が増えても癒すことが出来なかったのである。

人々はレーナに落胆した。


その頃西部地区の男爵領に聖女を名乗る少女が現れ、人々の病を癒す奇跡を起こしたという噂が立った。事実は確認されていないが、聖女を渇望していた人々は少女を崇め、崇拝した。


『その娘こそ本物の聖女だ!』と、人々は噂を広めた。

間もなくレーナは神殿から聖女教育を外され、本物の聖女と噂された娘が神殿に保護された。


「悔しい。娘が産まれた時、確かに聖女の印が現れたのに……それに、レーナが育てている『聖女の花』には特別な力があると解りかけた矢先なのに……」


オキザリス夫妻は、王室と神殿の権力には逆らえなかった。



『偽聖女裁判』の後、『偽聖女は五年間荒廃谷に捨て置く』という判決を受けたレーナは、王国騎士団によって『荒廃谷』に捨てられた。

火球の跡地は生き物に有害なミストが沈み込み、霞がかっていた。普通の人間はその谷に入ると間もなく死ぬので、馬の背にレーナを括り付け、騎士団は馬ごと谷に追いやったのだ。


『本物の聖女なら生き残れるだろう』と、神殿長と王様は言った。


レーナは馬の背に縛られたまま荒廃谷に捨てられた。馬は谷のミストにさらされ、そのまま死んだ。死んだ馬の背から逃れたレーナは何日も何日も、空気が重い谷をさまよい歩いた。


たどり着いたのは、全体がツタで覆われた、十五メートルほどの円錐形の建物だった。灰色の表面は一周回っても扉は見当たらない。試しに壁に手を当てると、〈シャラシャラ……〉という音とともにス〜ッと扉が開いた。


疲れ果てたレーナは建物の中に入るやいなや、倒れて動かなくなった。


〈……サマ……〉


誰かが話しかけてきたような気がしたが、もはや体力も気力もなかった。


〈セイ………ジ……ス……〉


何も食べず飲まないままレーナは眠り続け、死にも見放された体は朽ち果てることはなかった。


それ以来『聖女の花』は、二か所を除いて咲くことはなかった。


絶望したレーナの母親は、二年後気鬱で儚くなった。

妻を失ったオキザリス卿は、たった一人の娘を諦めきれなかった。絶滅しそうな聖女の花を育てることにひたすら集中した。既によわい六十近く、髪の毛は真っ白になっていた。


一方、王子ニコラ・ポン・デ・シトリヌスは、死の谷――荒廃谷――への挑戦を始めた。



追放されてから五年の月日が流れると、眠ったまま生かされたレーナからは今世の記憶が消え、その結果、不可解な記憶を持って目覚めることとなった。


挿絵(By みてみん)



Adobe Fireflyで伯爵令嬢レーナを考えました。だいたいこんな感じです。

白い髪飾りは『聖女の花』です。

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