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終業式が終わり、春休みの過ごし方や生活上の注意点などを伝える三学期最後のホームルームも終わった。担任教師のあいさつを機に、生徒たちの解放感が教室の中にどっと広がった。教室のいたる所で「カラオケ行こう」とか「喫茶店寄っていこう」という楽しげな声が上がっている。

静琉も「ふう」と安堵の息をもらし、机の中のものを学生カバンに移して帰りじたくを整えた後、カバンを持って綾森斐七の机の前まで行った。


「静琉か」


「うん。斐七」


斐七はやって来た静琉にちらりと向けた視線を手元に戻し、のんびりとカバンに荷物をつめている。紅月冴夜もカバンを手にして、しゃなりしゃなりと斐七の隣にやってきた。


「三年生もいっしょのクラスに

なれるといいね」


静琉が微笑しながら言うと、


「こればっかりは運だしね。

あたしは神さま先生さまの

出した目に大人しく従うよ」


斐七は軽く笑って立ち上がり、静琉と見つめ合う。


「静琉、いい顔になったね。

それでいい」


斐七は静琉と冴夜に背を向け、独りで教室の出入り口へ向かって歩いてゆく。2人を見もせずに「またなー」と手をひらひら振りながら。斐七のカバンからは新作のぬいぐるみの一部がはみだしていた。


「こんなものかしらね。私たち3人の

友情の重みなんて」


斐七が消えた出入り口を見ながら、冴夜は薄い笑みを浮かべて言った。静琉も「かもね」と優しい声で応えた。

この一年間いっしょに過ごしてきても、静琉と斐七と冴夜の関係は砂のようにさらさらと乾いたままだった。連帯も、湿り気も、依存にも無縁の、ただ変人3人が寄せ集まっただけのグループだった。それでも、静琉はこの淡く細いつながりを好ましく思っている。


「ねえ静琉。フィーユはもう治ったの?

あの子は今どうしてるの?」


あいかわらず冴夜は小さくて可愛らしいフィーユに入れこんでいて、問いつめる表情と声は真剣そのものだ。冴夜という自堕落(じだらく)な少女には極めてまれな態度である。見つめる冴夜に、静琉は視線を宙に泳がせながら、


「フィーユはかなり変わったというか、

ちょっと育ってしまったというか……。

今度、白夜堂に会いにきなよ。

フィーユは白夜堂にいるから」


「話を聞いても、まるで事情が分からないわ。

これが百聞(ひゃくぶん)一見(いっけん)にしかずというやつかしら」


冴夜は「まあいいわ。今度会いに行くから」と言ってふいと顔をそらし、静琉に構わずに教室の出入り口へと歩いてゆく。静琉もなんとなく彼女のあとについて行った。

教室の外には、冴夜の奴隷となった女生徒が待ちかまえていた。静琉は恋奴隷を見ても、もはや冴夜のやり方や倫理観にくちだししよういう気は起こらなかった。

冴夜は奴隷少女に「お願いね」と淡白(たんぱく)に言って、客がホテルマンに荷物を渡すときのように学生カバンを持たせる。少女は嬉しそうに受け取った。


「では今度、白夜堂で」


冴夜はそばに立つ静琉に微笑みかけると、奴隷を連れて廊下の先へ消えてゆく。静琉はその場に立ったまま、2人の後ろ姿をながめていた。

友達だけれど、冴夜も斐七も静琉の歩みには関係ない。3人が、それぞれの選んだ道を独りで進んでゆくだけ。

人がすっかりいなくなった廊下はまるで静琉のために用意された一本道のようだった。それを見て、静琉は透き通った笑みを浮かべる。


「私も、斐七と冴夜に負けないように

しなくちゃね」


静琉は前を向いて歩き、スカートの右ポケットにしまってあるメイプルリーフ金貨に手を触れた。その金貨は冷たくて重たいが、折れない硬さと黄金のかがやきは静琉に力を与えてくれる。

校舎の中を歩き、玄関のげた箱にたどり着くと、そこには見知った顔が静琉を待っていた。静琉はぎょっとして凍りつく。


「透風。いっしょに帰りましょうよ」


「森野さん」


「今日は二年次修了を(しゅく)して、

パーッとカラオケでもどう?」


「えぇ……? 嫌だよ。

私、歌、下手だもん」


「まあそう言わずに楽しもうよ。

お互いの今後を話し合うことも

かねてさ」


「やめてよお」


もううんざりだった静琉は早足でげた箱から逃げ、雫が「待ちなさいよ」と言いながら追いすがる。

この世からオルールが消えて事件が終息(しゅうそく)し、荊姫についてやアルトやオルールについて静琉は雫に説明した。すると、凶悪な事件をまがりなりにも解決にみちびいた静琉の腕前(うでまえ)に雫はすっかりほれこんでしまったのである。

「土地の生命を感じとる特殊能力」と「綺化式を組む技術」を利用してゆくゆくはビッグになろうと考えている雫は、有能な静琉とのコネクションを欲しがっている。雫の家は神社であり、雫は手伝いで巫女(みこ)までやっているというのに。このところ、静琉は雫からまるで接待(せったい)でも受けるかのようななまぐさいつき合いを迫られていた。

雫に追われて校内を逃げ回るうち、静琉はあるひとつの教室の前にたどり着いた。廊下は袋小路(ふくろこうじ)となっていて逃げ場はなく、静琉は迷わず教室の中へ飛びこんだ。そしてそこが図書室であったことにようやく気づき、「しまった!」と小声で言った。


「透風さん」


「あ……甘野さん……」


生徒もまばらな図書室のカウンターに、図書委員の甘野が座っていた。甘野はあわてて椅子から立ち上がり、「こんにちは」と頭を下げる。静琉は固まったまま、「あ、うん……」とあいまいに返事するだけだ。

その時、静琉の背後で出入り口の引き戸が開かれた。


「逃げんなって、言ってる、

でしょうが」


静琉を探して校内中を駆け回り、ぜいぜいと息を切らせる雫が静琉の前に回り込んだ。


「いいじゃないの。終業式の今日くらい

遊んだって」


「いいよお。今日夜からバイトあるし、

疲れることしたくないよ」


雫は人当たりのいい笑顔をつくろっているが、感情が目に視える静琉にはいっさい通用しない。雫の利己的な下心が手に取るように分かり、静琉は嫌な気持ちだった。雫の強引な誘いに静琉はおろおろし、彼女の顔から目をそらしながら断り続ける。


「やめてください森野さん。図書室で

騒ぐと、ほかの利用者に迷惑です」


甘野がカウンターから出てきて、雫の横に立った。甘野の厳しい注意と、図書室の利用者の視線が雫に集まったことで、雫はしぶしぶ折れた。

雫は「また今度遊ぼう」とくやしそうに言って、図書室から立ち去っていった。

「あ、ありがとう、甘野さん」とひきつった笑みを浮かべる静琉に、甘野は「どういたしまして」と嬉しそうに応える。


「静琉さん、この前お貸した本、

どうでしたか? 良かったですか」


「うん。面白かったよ。ありがとう。

今度返すね」


「喜んでもらえてなによりです」


図書室亡霊事件で知り合いになった甘野に、静琉は最近本を貸してもらうようになった。廊下ですれちがった時に雑談を交わし、おすすめの本を貸そうと申し出た甘野だったが、彼女が勧める本はどれも本当に面白かった。甘野は読書初心者のツボをおさえる本を選ぶことができるようだった。ふだんはあまり本を読まない静琉でも、甘野の本を読み進めるうちに視野や世界観が広がってゆくようだった。


「静琉さん。よかったら今度、

いっしょに本屋に行きませんか。

図書室(ここ)には置いていない良書も

たくさんあると思いますし」


「え……。か、考えとくよ……」


静琉から目をそらし、照れくさそうに切り出す甘野。静琉も甘野から目をそらしつつ、ぎこちない態度で返答を見送った。静琉の背中やわきに冷たい汗がにじんだ。

最近、甘野からの接触がだんだん露骨(ろこつ)大胆(だいたん)になってきていた。家で焼いたというクッキーを可愛らしい包みに入れて渡してきたり、図書室に置いてある面白い本を紹介してきたり、「もう読まないのでよろしければどうぞ」と明らかに新品の本をプレゼントしてきたり。

甘野の厚意(こうい)がただの友情であったり静琉の自意識過剰によるかんちがいでないことは、甘野の感情を盗み視ることで確認済み。甘野は確実に静琉のことを――。

甘野と春休みの予定や成績表についての雑談を交わすうち、静琉は思う。いつかどこかで断ち切らなければ大変なことになる、と。このままでは、静琉は禁断の道に引きずりこまれることになりかねないからだ。

しかし、甘野を傷つけず、優しくさとしてあきらめさせねばならないとなると、制約が多くて難しい。「女の子には優しく、その繊細な気持ちを傷つけてはいけない」という男性的思考におちいりつつあることに、この時静琉はまだ気がついていない。



その日の夜、白夜堂。バイトにやってきた静琉が店のドアを押して中に入ると、こわもての店長が商品棚の前に立ち、新しく入荷した式本を並べているのが目に入った。


「こんばんは」


「おう、静琉か。

店番頼んだぞ」


店内での作業をちょうど終えたらしい店長は、店の奥の個室へ戻っていった。すると、間を置かずに店の奥から1人の女の子が静琉に駆け寄ってきた。


「あははっ。静琉が来た」


「フィーユ。いつもご苦労様」


フィーユは子猫の絵がプリントされたエプロンを身につけて、右手には使い古されたほうきを持っている。静琉はフィーユの頭を優しくなで、フィーユはのどをくすぐられる犬か猫のように気持ちよさげだ。

今のフィーユの身長は人間大で、その外見も大きさも12歳程度の少女と同じ。耳まで届く白髪と金色の瞳、そして顔立ちはオルールとまったく同じだ。

始め、成長したフィーユと話していると静琉はオルールとのギャンブル勝負の恐怖とトラウマがよみがえっておじけづいてしまった。しかし、外見がオルールであれフィーユの中身と性格はフィーユそのままだったので今ではもう慣れたものだった。


「ねえ静琉、わたし、今日、店長さんに

ほめられたよ。"根気(こんき)だけはある"って。

バカとかマヌケとかたくさん怒られたけど」


「うん。フィーユはがんばり屋だもんね。

ごめんねフィーユ、早く私の家に住まわせて

あげたいんだけど、なかなか親に言い出せ

なくて」


「気にしないでいいよ。

わたしはどこでも生きていけるし、ここに

静琉が来てくれるし」


血縁者でもないフィーユを同居させたいとは言い出しにくく、オルールが消えてから約一ヶ月間、フィーユは一時的に白夜堂に身を置いていた。

物質世界のしがらみから解き放たれた精神生命体のフィーユには、食べ物も眠りも必要ない。だから式本以外何も無い白夜堂のかたすみでも不自由なく暮らしてゆける。

静琉は店長に今のフィーユは本に宿っていた小さなフィーユが変化したものと説明したが、店長はおどろくこともなく「住むのはいいが、その代わり雑用仕事をやってもらうぞ」と交換条件を提示。結果、フィーユはただ働きを強いられて、鬼の店長は「奴隷が手に入った」とほくそ笑んでいる。この惨状に、静琉は早くフィーユを引き取らなければならないとあせっている。

静琉は店のカウンター奥に置いてあるパイプ椅子に座り、今日学校で起こったことをフィーユに細かく聞かせていると、出入り口のドアが開けられ人が入ってきた。

黒いダッフルコートにタイトな紺色ジーンズをはき、くつは黒いスニーカーで、少年を思わせるいでたちだ。


「また来た」


なじみの客にフィーユが気づき、嫌そうな声をもらす。客はまっすぐ静琉たちの前まで歩いてきた。


「フィーユ。もう決心はついたかな?

私といっしょに暮らすこと」


「嫌だ。わたしは白夜堂(ここ)でいいもん」


「毎度熱心だね、アルト」


静琉の微笑に、アルトは「放っておいて」とかなりつっけんどんな様子。オルールの執事役から自由になったアルトは、本来の口調に戻っていた。アルト本来の口調もどことなく男っぽくて、中性的な雰囲気は変わらない。


「もうマンションの手配(てはい)も済ませて

あるんだ。家具だって買ってある。

こんなせま苦しい店で無意味な

労働なんかしなくても、私が

何不自由なく(やしな)ってあげるから」


「養ってもらわなくても結構よ!

わたし、食べ物も水も必要ないもの」


「君がオルールの分身なら、私には

君を保護する義務と責任がある。

分かってよ、フィーユ」


主のオルールが消失してからというものアルトは失意のどん底にいたようだが、今ではいくぶん立ち直り、オルールと同じ顔と身体をもつフィーユを手にしようとやっきになっている。アルトはオルールに心酔(しんすい)し、すでに骨の(ずい)まで奴隷根性が染みついているのだ。


「もう! アルト嫌い!

わたしを燃やそうとしたし、しつこいし!」


フィーユがぷいっと顔をそむけ、アルトは「フィーユ……」と名前をつぶやき少なからぬショックを受けたようだった。少しの間、その場に重苦しい沈黙が流れた。


「荊姫を元に戻す作業はどう?

順調に進んでる?」


話を再開するために静琉が振った話題に、アルトは「問題ないよ。すでに8割方終わっている。残りももうすぐ終わる」と力のこもった声で応えた。


「オルールからの頼まれ事なんだ。

言われなくても絶対にやりとげる」


静琉は「うん」と笑顔でうなずく。

荊姫の切符を使って荊姫にされてしまった少女たち、そのうちの1人の佐々倉美香もすでに回復し目覚めている。静琉は美香の可愛らしい声を携帯電話越しに聞いて、救われる思いだった。

切符にこめられたメッセージの真意が分からずに、興味本位で切符を使ってしまった少女もいただろう。それとは逆に本当に現実に絶望し、救いを求める一心で切符に賭けた少女もいただろう。

アルトは私情(しじょう)を捨ててオルールの最後の願いをかなえようとしている。しかし、少女たちの意思にかかわらず全員目覚めさせて現実に引き戻すのが本当に正しいのかどうかは……静琉には判断がつかない。

店のドアが押され、新たな客が入ってきた。静琉は"今日はお客が多いな"と思いながら「いらっしゃいませ」と言って客の顔を見る。それと同時に静琉の身体は固まった。やってきた客はあの六花だったのだ。

もうすぐ完結します。あと少しだけ静琉たちにお付き合い下さい。

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