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「誰もいない。オルールも、フィーユも、

使用人も、誰も。

まさか、全員解雇(かいこ)されたのか……」


使用人たちの荷物が綺麗に消えていて、全員職場から引き払ったとしか思えないとアルトは言う。アルトが館を出ていたのは、一週間前にオルールに(くび)を告げられてから今までの7日間。そのわずかな期間に、オルール邸からは人の気配がいっさい消えてしまっていた。

アルトはめずらしく混乱している。あごに左手を添えたまま、静琉の周りをうろうろとせわしなく歩いていた。

静琉はうつむいたまま、まるで自殺をする人間が死ぬ前に身辺整理をしたみたいだと思った。ギャンブル勝負をした時にオルールの感情をのぞき、自分の希望も保身もかえりみない破滅願望のようなモノをかいま視たことを思い出す。テレビの中でしかおがめないような立派すぎる館も、人が失せて電灯が消えれば廃墟(はいきょ)のように映る。


「オルールは……いったいどこで

なにをしている……?」


誰に問うでもない独り言をもらすアルトの様子は、世話がかかる子どもが行方不明になって心配している親のようだった。


「フィーユの方の研究か、もしくは

"森"の方に関わってるかだよね」


「ああ、そのどちらかだろうね。

実験室も見てきたが、散らかった

ままで研究が完了したのかどうかは

僕には分からない」


「ねえアルト。オルールの"森"って、

街の生命を吸い取ったりしない?」


少しの沈黙のあとに静琉が言ったことに、アルトもまた不思議そうな顔をして間を置いた。


「分からない。"森"については何も

聞かされていないし、知らないんだ」


「一度、私の家に戻ってほしい。

"森"について、少し心当たりが

あるんだ」



オルールの屋敷から世界のはざまを経て、静琉たちは直接静琉の部屋に戻ってきた。静琉はスニーカーを脱ぎ、アルトもくつをぬいだ。

アルトから"森"について聞いたとき、静琉の中で緑の森のイメージと森野雫の話が重なった。森とは樹木の集合体で、大地に根ざし水や養分を吸い上げて生きている。オルールの"森"も、街から生命を吸い上げているのではないか。雫の話を聞いた時にぼんやりと浮かんだ仮定が、今ではほとんど確信に変わっていた。

わざわざ部屋に戻ってきたのは、森野雫の電話番号を登録してある携帯電話を手にするためだ。街の異変を感じ取れる雫と連絡をとりたいと思った静琉は、勉強机の上に置いておいた携帯電話に手を伸ばそうとした。

ちょうどその時、静琉の携帯に着信が入った。マナーモードに設定してある携帯がぶるぶると震え、激しく机を打ち鳴らす。

携帯を手に取り開いてみれば、画面には森野雫の名が表示されている。静琉は急いで電話に出た。


『透風! 大変なの!

街が、街が……!』


今にも泣きそうな雫の声が静琉の耳に飛びこんできた。



静琉が待ち合わせ場所の駅前に現れると、そこにはすでに森野雫が待っていた。厚手(あつで)の黒いコートにタイトな紺色のパンツを着ている。雫は静琉の姿を確認し、すぐに駆け寄ってきた。


「言われた通り、とにかく

来てみたよ」


「今夜、街の様子がまずいの!

命の減り方が異常に早いわ!

このままじゃ、今夜中に街が!」


最後まで言い切れずに、雫はコンクリートの上にへなへなと座りこんでしまった。精神的に打ちひしがれているのが、静琉にはひと目で分かった。

静琉はその場にしゃがみこみ、雫の顔をのぞき見る。雫の目には涙でうるんでいた。


「ねえ森野さん。街の生命がどこかへ

流れて行ってるような感じはしない?」


「え……?」


「森野さんの力なら、そういうことも

感じ取れるかな、と思って。

今夜街の弱り方が異常に早いのなら、

きっと"変化"も(いちじる)しいはずだと思う。

その"変化"とか"流れ"を読み取れれば、

原因にたどりつけるんじゃないかな?」


雫ははっとした様子でしばし考えこんだ後、両手を地面につけて目を閉じた。まるで静琉に向かって土下座(どげざ)をしているようなかっこうだった。両手を地に当てて意識を集中させることが、土地の生命を感じとる能力をフルに発揮するために必要な行為らしかった。


「分かる……感じる……!

街の生命が流れて行ってる」


雫はかっと目を開き、静琉の顔を見つめた。「きっと街の生命がどこかへ吸い上げられてるんだ!」とさけぶ雫の様子は原因が分かって嬉しそうでもあり、怒っているようでもあった。


「やっぱりそうか」


静琉はそうつぶやいて、「ほら、立って」と優しく言いながら雫の右腕をつかんで立ち上がらせた。そして「こっちこっち」と言いながら雫を路地裏の方へ引っぱってゆく。雫は「な、何……?」と返しながら静琉に引かれるがまま歩いていった。


「その子かい? 街の力がわかるって

いう特別な子は」


「うん。思った通り、街の生命が

流れているのを感じる、って。

流れの先にはきっと"森"がある」


静琉と雫が歩いて行った先には、アルトが待ちかまえていた。


「透風、この人、誰なの……?

男……? 女……?」


静琉は不安げに問う雫を見もせずに「ちょっとした知り合いだよ」と言って、くわしい説明はまったくしなかった。


「森野さん、力がどっちの方に

流れているか、分かるよね?」


静琉の確認に、雫は「うん、あっち……」と言って、腕をまっすぐに伸ばし指を差した。「なるほど。便利な子だ」とアルトがうなずき、「でしょ?」と静琉が返す。

静琉が雫の右手をにぎり、アルトが左手をにぎって雫を囲む。雫は2人に視線を往来させながら「な、何?」ととまどった。


「あとで、ちゃんと全部説明するから」


静琉の声を合図にして、アルトが能力を発動。3人は地面に広がった闇の中へ沈みこんでいった。

突然世界のはざまへ連れこまれた雫は、その場所と正体不明のアルトに対し激しいパニックを起こした。しかし、「今は死にそうな街を助ける方が優先でしょ?」という静琉の強引な説得に、雫はしぶしぶ働いた。

雫が力の流れる先を読み取って教え、アルトが静琉と雫を連れて移動する。アルトは一度に3kmほど直進し、現実世界に戻っては雫が方向を測り直して誤差(ごさ)を修正することをくり返し、3人は短時間で流れの先へたどり着くことができた。

そこは街の中心から離れた小高い丘の上だった。静琉たちの街が一望できる見晴らしの良い所で、地面はコンクリートで舗装されている。めまいがするほど濃くて強い力がここに集中していると雫は言った。

黒い夜空からはあいかわらず冷たい雪が降り続いている。街はずれの丘、それも夜遅くに人がいようはずもなく、まるで人が滅び去った静かな世界に白い灰が降り続いているかのような光景だった。


「君はここで待っていた方がいい」


アルトが雫に向かって冷静に言った。


「この先には何があるのか僕にも

予想がつかない。

何が起こるか、何を見るのか……

安全はまったく保証できないけど」


「何言ってるのよ!

私たちの街から生命を削り取ってる

原因を見もせずにいてどうするのよ。

早くどうにかしなきゃ街が死ぬわよ!」


「わかった。君の意思を尊重する」


あっさり折れたアルトの声は冷淡で、さきほど出会ったばかりの雫をそれほど心配していないことが態度ににじんでいた。アルトは丘の先だけを見つめ、オルールのことしか頭にないようだった。

アルトを中心にして、その左右に静琉と雫が並ぶ。3人は無言のまま先へ進んでいった。

静琉は嫌な予感を覚えていた。オルールが"森"を使って何をたくらんでいるのか分からなかったし、進む先に何が待っているのか不安だった。

歩き始めてすぐに、静琉は奇怪な音を耳にした。ぎしぎし、ざわざわと、大きな何かが動き、それらがこすれ合うような音だ。やっぱり何かがあるという嬉しさと不安が静琉の心を支配する。アルトと雫の表情はしだいにこわばっていった。

そして、静琉たちの前に広がったものは悪夢のような巨大な"森"。見上げても頂上が見えないほどの高く大きい樹が、視界いっぱいに並んでいる。それのみならず茶褐色の樹は枝葉を揺らし、昆虫の脚や(たこ)の脚のように動かし続けている。

あまりの巨大さと非常識さに、雫は腰が抜けたらしい。その場にぺたんと座りこみ、"森"を見上げたまま「ああ、ああ…」と言葉を出せずにうめいている。静琉は脚を震わせながらもかろうじて踏みとどまった。荊姫に関する事件を追いかけていた静琉は、雫と違って異常な事態にある程度慣れていたからだ。


「オ、オルール」


アルトのつぶやきで、静琉はようやく"森"の前にたたずむ少女の姿に気づく。"森"があまりに大きいために目を奪われていて、"森"にくらべれば豆つぶのように小さな少女に気がつかなかったのだ。


「お久しぶりですね。

アルト、それに静琉さん」


少女はオルールだった。降りたての汚れない雪のように白い長髪と肌。月のように黄色い瞳。ノースリーブの白いワンピースをまとい、ストラップシューズまでもが白い。

へたりこむ雫を無視し、静琉とアルトを優しいまなざしで見つめるオルールの雰囲気は落ち着いていて、どこか超然としていた。ギャンブル勝負をしていた時、わずかにオルールから感じた人間くささが消えていると静琉は思った。


「オルール、君の研究は……

転生は完了したのか?」


アルトの問いにオルールは微笑し、答えるかわりに自身のそばに1人の少女を出現させた。その少女は氷のように透明な四角柱の中で、目を閉じたまま静止している。

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