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静琉と甘野が話を交わすうち、甘野は静琉を校内有数の霊能力者だと誤解していることが分かった。冴夜が能力で恋奴隷にした女生徒にそう吹き込み、その女生徒の友人である甘野も静琉のことを優秀なゴーストバスターだと信じて冴夜に相談し、こうして静琉が派遣(はけん)されたというわけだ。

期待がこもった無垢(むく)で熱い目に静琉はもはや引き下がれなくなり、どうにもならないと分かっていながら甘野と2人で図書室内を調べ回った。隣を歩く甘野のはにかみつつも嬉しそうな様子を盗み見て、これはもしや女子校名物のアレか?と静琉はうすうす思った。

何の異常も見当たらない書棚と書棚の間を歩くうちに、「真相を話して許してもらおう」という考えが静琉の頭に少しずつわき上がってきた。

「静琉。変な感じがする」


「わあっ!?」


突然耳元でささやかれた声に、静琉は思わず隣の甘野に抱きついた。甘野は口をぱくぱくさせて「え、あの……!?」と声をつまらせ、呼吸も難しいような様子だった。声の正体が亡霊ではなく透明化したフィーユのものだと思い出し、静琉は「ごめんね」と謝りながら甘野から離れた。


「そっち。向こうのほう。そこ」


フィーユに導かれるまま静琉は歩き、その後を甘野が不思議そうについて行く。フィーユがおかしいと言う本棚の前に立って、静琉にもかすかな違和感を感じとることができた。それは静琉が知る綺化式の気配だ。

静琉は本棚をかたっぱしから調べ上げ、誰も絶対に手に取りそうもない日光で茶色く色あせた古本に目星をつける。高校生には見向きもされないような近代日本文化評論がつづられた本を開くと、ページの間に数枚のメモ用紙をホッチキスで留めた手製の小冊子(しょうさっし)がはさんである。

隠れみのになっていた古本に較べれば小冊子はずっと新しく、冊子を開いて見てみれば、そこには手書きの綺化式がつらなっている。後ろから静琉の手元をのぞきこむ甘野には象形文字のような謎の記号が並んでいるとしか見えないようだが、分かる者にはその式の意味を読み解くことができる。

静琉はざっと式に目を通して図書室亡霊事件のからくりを知り、「なるほど」と一人うなずいた。


「ありがとフィーユ。

おてがらね」


「へへっ」


静琉のささやきに後ろの甘野が「どうかしましたか?」と聞き、静琉は「なんでもないよ!」とあわてて返した。

静琉はカバンからシャープペンを取り出して冊子の式に新しい式を少しだけ書き加えた。


「甘野さんが見た亡霊はコレでしょう?」


静琉の声の直後、2人の前に赤いワンピースを着た女が浮かび上がった。乱れた長い髪をもつはだしの女は、床に立ったままうつろな顔で前を見ている。

甘野がとび上がり、静琉の背中に隠れて肩から顔を出し身体を小さくふるわせる。静琉はさらに式を書き加えて冊子に書かれた綺化式の機能を殺した。そのとたんに女の姿がふっと消え、図書室には静琉達以外にもう誰もいない。


「もう大丈夫。原因は消したからね」


「す、すごいです! 透風さんすごい!

本当に亡霊を退治してくれました!」


「う、うん」


きらきらかがやく尊敬のまなざしを向ける甘野に、静琉は機能停止させた小冊子……即席(そくせき)の式本を制服のポケットにしまいながらあいまいにうなずいた。

冊子には女の姿形、行動パターン、出現時刻等をプログラムした綺化式がいいかげんに書いてあり、生徒達から図書室の亡霊と恐れられていた女は式によるただの幻だったのだ。筆跡や式の組み立ての下手さから、おそらくはこの女子校に通う生徒が騒ぎを起こして楽しむために仕組んだものだろうと静琉は判断した。

綺化式を知らない甘野に真相を説明しても骨が折れるので、静琉は甘野の誤解をあえて正そうとはしなかった。


「ありがとうございます透風さん!

これでまた皆本を借りに来ます!」


「うん。それじゃ、私は帰ります」


「あっ、お礼に何かおごらせて下さい!

もしよかったら、ケーキでも。

それに、透風さんに相談したいことが」


甘野は受け付け机の下に置いてあるカバンをちらりと見た後、暗くくもった表情で下を向いた。変だと思った静琉が感情を視ると、強い恐怖と不安が甘野の身体をおおっている。2人きりの図書室にせつなの沈黙がおりる。

今日は白夜堂のバイトもなく、甘野のことが心配になった静琉は乗りかかった船だしもうこのまま進んでいこう思い、図書室を閉めた甘野といっしょに学校を出た。



「ここのお店、けっこう美味しいんです」と甘野に案内された駅前近くの喫茶店に入り、静琉はテーブルをはさんで甘野と向かい合って座る。静琉を直視できないのか、甘野は下を向いてもじもじしたままたまに静琉の顔を見てはさっと目をそらす。そんな彼女に静琉は「うーん……」と思いつつあいまいに笑うしかない。

同年代の男性がいない女子校では女生徒たちが若い精神衝動を身近な同性に向けることが多く、べつだんエスは珍しくない。エスといえども相手に向ける友情や尊敬が高じてエスにまで昇華(しょうか)したものがほとんどで、生まれつき女性しか愛せない者はごくわずかだ。

静琉はティラミスとホットミルクティー、甘野はシフォンケーキとカプチーノを注文し、甘いお菓子をフォークでつつきながらたがいのクラスや図書委員の仕事について話を交わす。こわばっていた甘野の雰囲気も少しずつやわらかくなっていった。

ケーキを平らげて、会話がとぎれた時を見はからい、静琉は「それで、さっき相談したいって言ってたような」と本題に踏みこんだ。甘野は「すみません、おしゃべりが楽しくてつい忘れていました」とほおを赤らめながら隣のカバンに手を伸ばす。


「こんなこと、透風さんにしか相談

できなくて。

この前変な手紙が届いたんです」


甘野はカバンを開けて、静琉に見せるために用意していたらしいモノをおそるおそる取り出した。手のひらより小さい名刺のような紙で、甘野はそれを丁寧に差し出した。


「あっ、気をつけて……!」


静琉が紙に触った瞬間、甘野は思い出したように声を上げた。しかし、言うのが遅かった。

ふいに周囲の雑音が遮断され、耳に届く音が遠く小さくなったように静琉は感じた。そして右手に持った紙から深く静かな声が頭に響く。


もう生きたくなければこの切符(きっぷ)をまくらの下に置いて眠って下さい。あなたはそのまま荊姫(いばらひめ)となり、優しい夢の楽園で過ごすことができる。現実にとどまり続けたいのなら切符を破って捨てて下さい。もしほかの誰かに切符のことを知らせれば、あなたは荊姫になる資格を失うことになるのでご注意を。


男とも女ともつかない声が終わり、静琉は不思議な静寂(せいじゃく)から解放された。静琉は手の紙を見つめた後、うつむく甘野の顔を見る。


「透風さんにも聞こえました?

その、変なメッセージが」


「うん。これは……何?」


「学校から帰ったら、部屋の机の上に

置いてあったんです。

親も知らないって言うし、私どうすれば

いいんでしょうか……!?」


よほど負の感情をため込んでいたのか、甘野はせきを切ったようにぽろぽろ涙をこぼす。静琉は謎の紙をテーブルに置き、甘野の手に手を重ねて彼女をなだめた。甘野は泣きながら「透風さんの力が、透風さんが頼りなんです」と静琉の手にすがる。

甘野の気持ちが落ち着いた後、静琉はふたたび紙に手を触れた。先ほどと同じ言葉が繰り返されたが、その声はやや小さくなっているように静琉は感じた。


「それに触ると言葉が聞こえるんですけど、

何度も聞くと声が出なくなるみたいです。

私にはもうメッセージは聞こえません」


紙は硬質で大きさといい本当に名刺のような、あるいはトランプカードやメッセージカードのような姿をしている。白地の紙の片面に不可解な文字列が並んでいて、静琉はそれを見つめるうちにフィーユの本に並んでいる式と同じ種類ではないかと思い至った。


「メッセージにあるみたいにコレを

まくらの下に置いて眠ったことは?」


「ありません。恐くてとてもできません」


「今まで誰かに見せてみた?」


「透風さんが初めてです。

家族にもほとんど話してません」


「誰かに話すと荊姫の資格を失うってことは、

誰かに話せば手紙からは自由になれるって

ことじゃないかな。

私に話したから、もう甘野さんは大丈夫だと

思うよ」


「……あっ、そういうことですね!

やっぱり透風さんはすごいです。

私、透風さんに話せて良かった」


甘野は微笑み、涙で目をうるませながら「ありがとうございます。ありがとうございます」とくり返し頭を下げる。暗い感情の重石(おもし)から解き放たれた甘野は、晴れやかで気持ちの良い笑顔を咲かせた。


「コレ、よかったらもらえないかな。

私、ちょっと調べてみたいんだよ」


「あげます。そんなものでよければ」


「ありがとう。甘野さん」


静琉のやわらかな可愛らしい笑みに、甘野はそっとほおを染めながらにっこり笑い返した。



喫茶店を出て甘野と別れた静琉は暗い曇り空の下、うっすらと雪が積もる道を歩いて帰宅し、部屋にこもって机の上にフィーユの本と甘野からもらった"切符"を並べた。本の文字と切符の文字を見比べ、彼女の隣ではフィーユも静琉のまねをする。


「うーむ、やっぱり似てる」


「本の字とこれの字?」


「うん。同じ種類の式だ」

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