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静琉が今欲しいものはたくさんのチップだ。そしてその願いをかなえるためには危険という代償を支払わなければならない。

もし負ければ一気に破産し静琉は負ける。それが静琉には恐ろしく、決断をにぶらせる。しかし、勝てそうな勝負を前にしてみすみすチャンスを見過ごすのか? こんなチャンスがいつ次におとずれるか分からない。これまでのように安全重視の戦略をとっていても、じり(ひん)になるのは目に見えている。もうすぐ3枚賭けすらできなくなるかもしれない。


「ダブルダウン」


静琉は倍賭けを宣言し、残った3枚のチップを取って3枚のチップの横に置いた。それを受けて、オルールの笑みがいっそう濃さを増す。

一度に全チップを賭けるという暴挙。負ければ6枚すべてを失い、その時点で静琉は破産する。もしも次に配られるカードがはしにもぼうにもならないカードだったら? ダブルダウンを宣言した以上、1枚以上のヒットは許されない。そしてもしもオルールがバストせず強いカードを引いてしまったら?

そんな可能性におびえた自分を、静琉はけんめいに無視した。先が見えないからって恐がっていては何もできない。不確定を恐れるな。恐怖に足を縛られれば、もう動くことも先に進むこともできなくなる。静琉はそう自分に言い聞かせた。

静琉に配られたカードはスペードの2だった。エースを11として6+11+2=19とするべき手だ。オルールは即座にホールカードをオープンし、それはハートの10だった。これで合計は3+10=13となりオルールはヒットする。

山から引いたカードはダイヤの5だった。オルールの手札は18となり、静琉はかろうじて勝った。


「|fantastiqueすばらしい


オルールは笑顔で褒め称えながら、配当のチップを静琉に差し出した。

静琉はなかば呼吸を止めたまま、6枚のチップを手に取った。危険を乗り越え、一度にたくさんのチップをつかむことができた。しかし、これでもまだ足りない。これくらいでは、オルールを殺せない。

静琉は12枚のチップを持ち、ひとまず破産の危険からは遠のいた。しかしこのギャンブルにおける勝利とは、破産を避けることでもチップをたくさん得ることでもない。オルールのチップをゼロにしなければ終わらない。オルールは48枚ものチップを持っている。安全な攻め方では、彼女からすべてのチップを奪いとることなど不可能だった。

静琉は受け取った6枚のチップを、そのまま前に置いた。またしても全額勝負の12枚賭け。もはや安全も危険もない。生きるか死ぬかの勝負である。

「くくく」とオルールがしのび笑う。異様な熱をおびはじめた勝負に、彼女は楽しさのあまり笑いをこらえられないらしかった。

静琉は歯を食いしばって恐怖に耐え、力の限りオルールをにらむ。

殺す。こいつを殺して私が勝つ。勝ってすべてを解決させる。そんな決意と怒りが胸の底から(あわ)のようにふつふつとわき上がってくる。静琉の心が熱くなり、沸騰しているかのようだった。


「ここまでの勝負師とは、見誤(みあやま)りました。

尊敬しますよ、静琉さん。

そう。一か八かこそギャンブルの本質です」


オルールは場のカードを廃棄し、静琉と自身にカードを配る。静琉の手札はハートのクイーンとスペードの5。オルールのアップカードはダイヤの7。

先ほどとはうって変わって厳しい状況だった。静琉の手札は15でヒットすればバストの危険が高く、オルールのアップカードが大きい数字のためバストしにくい。

今までの安全重視策では15以上はヒットしないように気をつけていた。しかし、今は安全などにかまっていられない。この土壇場(どたんば)で、そう都合良(つごうよ)くオルールがバストしてくれるか? バストの危険におびえてスタンドするような打ち手に勝利の女神が祝福してくれるか? 消極的な戦い方をしていてはきっと静琉は殺される。攻めて攻めて攻めまくらなければ活路(かつろ)は開かれない。


「ヒット」


即座にカードの山からカードが配られる。ブラックジャックの前に祈りも恐れもまったく無意味だった。祈ろうが恐れようが、山のカードの配列は何も変わらない。

静琉に来たカードはハートの5だった。これで手札の合計は20となり、静琉はスタンドを宣言。オルールがホールカードをめくり、それはクラブの9。オルールの手札の合計は16で、すぐにヒットをする。

そしてオルールが引いたカードはハートのエースだった。エースを1として数え、オルールの手は17で止まった。


「|C'etait tres bienとてもよかった!」


笑顔で拍手(はくしゅ)(おく)った後、オルールは12枚のチップを差し出した。

もしも静琉が不安に負けてスタンドしていたら、ハートの5をヒットするのはオルールだった。そうなればオルールの手札は7+9+5=21。動かなければ静琉は死んでいたのだ。静琉の勇気ある選択が今の現実をつくり出した。興奮で身体が熱くなり、心臓の音がうるさいくらいに耳に届く。

たてつづけに大量のチップを奪われて、さすがのオルールも精神的に苦しんでいるはず。静琉はそう思ってオルールを見やるが、彼女は楽しげに笑っているだけで表面上の変化は見られない。

強がりやごまかしは静琉には通用しない。本心を直接のぞいてやるまでと、静琉はオルールがまとう感情を盗み視る。

オルールの感情は静かに()いでいて恐怖や混乱でざわついている様子はない。それどころか破滅を望むような異様な感情がにじみ始めている。理解を超えたオルールの心境に静琉は恐ろしくなったが、すぐに感情を視るのをやめて恐怖を断ち切った。

静琉は前の勝負で賭けた12枚のチップに勝ち取った12枚をさらに加え、24枚賭けを決行。オルールは楽しげに微笑んだまま、静琉のギャンブルに口を出そうとはしなかった。

この勝負さえ勝てば、もう勝ったも同然だった。勝って24枚を奪えばオルールの残りは12枚。そうなればもう十分に殺せる。12枚賭けをして勝つか、その勝負で負けても24枚賭けの勝負を挑んで勝てばオルールのチップをゼロにできる。

オルールは場のカードを廃棄し、静琉と自身にカードを配る。静琉の手札はクラブの4とクラブのジャック。オルールのアップカードはスペードのクイーン。

静琉の手札の合計は14で、ヒットすればバストする可能性に踏みこんだ危険地帯だった。そしてオルールのアップカードは最大の10。ヒットすればバストしそうで敵のバストは期待できそうにないというまたもや苦しい状況だった。

オルールはバストしない。未来は不確定なのに、そんな予感が静琉にはあった。ディーラーがバストしないのならその手は17か17以上であり、今のままでは静琉は負ける。

静琉が恐れていても山の並びは変化しない。すべては静琉がどう動き、何をするかだった。その人が動けば世界は変化し未来は変わる。

あまりに重いプレッシャーで精神がしめつけられ、呼吸が苦しく指先が震える。泣きそうだった。それとともに、ある考えが静琉をはげましてくれる。やってもないのにできないとか無理なんて決めつけないで。そんな幻想で自分を縛らないで。自分の判断を信じて、気持ちを揺らさずにそれにしたがって。

これが最後の全賭け勝負だ。ここさえしのげば、もう勝てる。ここさえしのげば荊姫たちは元に戻り静琉とフィーユがオルールたちにねらわれることもなくなる。すべて解決する。


「ヒット」


そしてやってきたカードはハートの7。これで手札の合計は14+7=21。何者かが静琉の蛮勇(ばんゆう)にむくいて贈ってくれたかのような、最高のカードだった。


「スタンド」


オルールはホールカードをめくる。それはスペードのエースだった。静琉はそれを見つめたまま、思考も感覚もすべて停止した。


「ブラックジャックです。

私の勝ちですね」


オルールの手札はスペードのクイーンとスペードのエースで、最強のブラックジャック。ブラックジャックの役の前では、手札の合計が最高の21でも負けてしまう。

静琉のシャッフルによるランダムなカード配列、そして静琉のヒットとスタンドの選択により変動するカードの山の残り。そこへさらに、ディーラーの手札が17以下か以上かでヒットするしないという変動が山へ加わる。静琉が全額勝負を挑んだときをねらいすましたように現れたオルールのブラックジャックは、偶然というにはあまりに運命的なものだった。

山と積まれた24枚の金貨を、オルールは根こそぎ持って行った。これで静琉の残りチップはゼロ。もう賭けられるチップはなく、破産。すなわち静琉の負けである。


「とても楽しいギャンブルでした。

この勝負は私の勝ちですね。

約束通り、フィーユをいただきます」


その言葉で、静琉はほおをはたかれたかのように目を覚ました。静琉はテーブルの上に立つフィーユを見た。


「静琉」


その時のフィーユの声と顔を、静琉は生涯忘れられなくなる。恐怖に震え、泣きそうなフィーユの声と表情。そして静琉に助けを求めてすがりつき、同時に(うら)むかのような目を向けていた。そんなフィーユの様子が、毒をぬった矢のようになって静琉の心に深々(ふかぶか)と突き刺さった。


「静琉さんとフィーユはお友達のようですし、

静琉さんの手で本を渡してもらうのは少し

残酷ですね」


オルールはそう言って自身の髪の毛を一本引き抜き、それを左手の人差し指にくるくると巻き付けた。


「静琉さん。貴女にはギャンブラーとしての

資質が備わっているようです。

危険を恐れず、挑戦する勇気があります。

安全に生きるよりも挑戦に生きた方が、

貴女の(しょう)に合っていますよ」


静琉がフィーユに伸ばそうとテーブルの上でさまよわせていた左手に、オルールがそっと左手を重ねた。静琉はびくりと震え、オルールの顔を見つめ返す。

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