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静琉の手札はハートの5とダイヤの4。対してオルールのアップカードはクラブの2。静琉の札の合計は9で、次に何を引いてもバストしない数だ。


「ヒット」


そしてやってきたカードはハートの9。それが目に入ったと同時に、静琉は「うっ」と息をつまらせた。これで合計は9+9=18。

厳しい数字だった。ディーラーの手札の下限である17よりは大きいが、勝てる見こみは低い。かといってヒットすればバストする危険がかなり高い。


「…………スタンド」


長考の末、静琉はスタンドを選択。オルールはホールカードをめくり、それはクラブの3だった。オルールはすかさずヒットし、スペードの8を引く。これで2+3+8=13、17にはまだ届かない。さらにカードを引き、それを表にして3枚の手札に重ねて置いた。

この時、次々とヒットするオルールが静琉は恐ろしかった。敵の手札がどんどん21に近づいてゆくからだ。目を閉じ、オルールが悪い札を引くように祈る。

オルールが引いたカードはクラブのジャックだった。


「バストです」


今にも崩れ落ちそうな危ない橋を渡りきったかのような強い安堵感と幸福感が静琉の胸に押しよせてきた。


Bravo(おみごと)


オルールはにっこり笑いながらフランス語で()(たた)えると、チップの山から5枚を取り、それを静琉に差し出した。

前に勝った3枚よりもさらに多い、5枚の金貨。静琉はそれを持ち上げ、金貨5枚分の重みに思わずほおをゆるませる。

そして今回の勝利には5枚チップを奪った以上の意味がある。静琉が奪ったチップはこれで合計10枚。オルールは10枚減って、残り30枚。静琉の持ちチップは20+10=30枚で、とうとうオルールと並んだのだ。

静琉は両目に自信をこめてオルールを見る。対等の条件になった今では、オルールの金色の瞳もそれほど恐ろしくなかった。


「ゲームを進めながら勝負の参加賞……

私の目的と、フィーユの正体をお話して

ゆきましょうか」


切り出したタイミングから、やっと静琉が自分のいる場所まで昇ってきたといわんばかりだった。オルールは場のカードを廃棄し、少なくなってきたカードの山に手を乗せる。

静琉は5枚の金貨をそばに置き、オルールを見つめていた。早く聞きたいと思う一方で、絶対に聞きたくないという気持ちもわき上がっていた。

理屈では説明できない悪い予感を感じていた。向こう側が見えない古びたトンネルを前にしたときのような不気味な感じ……正体不明の化け物が巣くう闇の中へ歩み出すようなおぞましさを静琉は感じていた。

勝負を始めるまではこんな気持ちになろうなどと静琉は思わなかった。いよいよ真相を話そうとしているオルールから得体の知れない禍々(まがまが)しさを感じた。


「私はずっと研究を続けてきました。

生物体の精神を抽出し、精神を

肉体の外にとどめ、生命体として

運営することを目標にした研究です。

静琉さん、賭けるチップをどうぞ」


そう言われて、静琉は前に賭けた5枚のチップから2枚をチップの山に戻した。3枚賭けである。3枚が静琉の全財産の1/10であり失ってもあまり痛くないこと、そして1枚勝負ではらちがあかないと考えたからだ。


「その実験は難航(なんこう)しました。

精神を生命体として運営することは

前人未踏(ぜんじんみとう)の夢みたいな研究でしたし、

私が人間でないので人を対象にした

過去の研究成果とデータがまったく

役に立ちませんでした。

白紙の状態から手さぐりで進めるしか

ありませんでした」


オルールは静琉にカードを配る。それはダイヤの8とスペードのエースだった。一方、オルールのアップカードはハートの7。


「ス、スタンド」


オルールはホールカードめくり、それはハートのジャックだった。オルールの合計は17でそれ以上ヒットできず、静琉はエースを11として8+11=19。静琉の勝ちだった。


既存(きそん)の綺化式では私の特殊な研究を

成就できないと判断しました。

そこで私は、私の性質に合わせた新しい

式体系を組み上げました。

フィーユの本に記述してある式がそれです」


オルールは配当チップの3枚を静琉の前に置き、カードを廃棄する。静琉は勝ち取った3枚をチップの山の隣に置き、またもや3枚勝負を挑む。

慣れた手つきで静琉に配られたカードはハートの4とクラブの8。オルールのアップカードはダイヤのクイーン。


「…………ヒット……」


ヒットしたカードはスペードの7。合計は4+8+7=19で強い数字だ。


「スタンド」


オルールはホールカードをオープンし、それはクラブのジャックだった。静琉の全身がびくりと震えた。


「20です」


賭けた3枚のチップは容赦(ようしゃ)なく没収され、オルールは場のカードを廃棄。静琉はかすかに震える手でチップの山から3枚取り、それを賭けた。


「少女から抽出した精神を本という

入れ物に書き移し、精神体として

存在を維持させたもの。

それが荊姫と名付けた人間です。

ササクラミカも、ほかの眠ったままの

少女たちも、本を新しい身体として

生きているのです。

可哀想な少女たちを辛い現実から

抜け出させるとともに、私の研究を

進める上で実験データを集めていた

というわけです。

精神を抽出した際のデータを集め、

本に転写した荊姫たちを細かく調べれば、

それだけ研究は完成に近づきますから」


静琉に配られたカードはスペードの2とダイヤの2。オルールのアップカードはダイヤの5。

静琉はヒットを宣言し、やって来たカードはクラブの4。静琉はさらにヒットし、ハートのキングを引いた。合計は2+2+4+10=18。ここでスタンドを宣言する。

オルールはホールカードを表にし、それはハートの2だった。17に届かないのでオルールはヒットし、クラブのエースを引いた。


「18で引き分け(ドロー)です」


オルールの手札はエースを11として5+2+11=18、ゲームが始まって以来初めてのドローだった。そしてドローの前は久しぶりの負け。これまで静琉がおおむね勝ってきた流れが狂い始めていた。流れがよどみ、静琉の前に暗雲が立ちこめる。


「少女たちを(むご)い現実から救い出す

慈善活動。

そして研究を達成させるための実験、

データ収集。

私の活動目的はそんなところです」


オルールは片手で数えられるほどまでに減ったカードをまとめて廃棄し、カードの墓場に混ぜた。そして墓場のカードをまとめ、トントンと軽くテーブルに打ち付けてカードを整えた。残りのカードが少ないとカードの配りやヒットに支障(ししょう)をきたす。勝負に使って廃棄したカードを再利用するのだ。


「シャッフルをどうぞ」


明るい笑顔で差し出されたカードの束を、静琉はおたおたと受け取った。静琉がカードをシャッフルすればオルールは不正を行うことができず、勝負はフェアでクリーンなものになる。それを考えてオルールは静琉にシャッフルを任せているのだろう。

静琉は前以上にぎこちなくカードを切る。指がからまわりしたり、カードをぽろぽろとテーブルに落とすことも一度や二度ではなかった。オルールの目的を頭の中で消化し完全に理解するには時間も労力も足りなかった。ブラックジャック勝負をしながらではそういくつも同時に考えられない。

恐ろしいという強い感想だけが静琉の全身に満ちていた。少女たちの心を嬉嬉(きき)として本に閉じこめコレクションと人体実験を繰り返し、それを罪に思うどころか慈善活動と言ってはばからない彼女の異常性。

静琉はどうにか十分なシャッフルを終え、カードの束を裏にしてテーブルの中央に置いた。「ありがとうございます」というオルールの言葉も、静琉の意識にはろくに届かなかった。


「もうお気づきでしょうが、そこのフィーユは

私の研究の産物です。

しかし、前にササクラミカの身体を借りて

お話ししたように、人間の精神から作った

普通の荊姫とフィーユはまったくの別物です」


静琉は恐ろしさのあまりオルールを正視できず、うつむいてテーブルを見つめていた。過去に人を殺し、今もなお殺しかねない人間と相席していたら感じるかも知れない思いを、今静琉は味わっていた。

そして気づけば、いつの間にかフィーユが静琉の左隣に立っていた。オルールの話がいよいよ自身の正体に触れるところへ差しかかり、フィーユは口を半開きにして注意のすべてをオルールにかたむけていた。


試行錯誤(しこうさくご)の末、私自身の精神を一部分

本に切り移し、精神生命体として自立させる

ことにようやく成功した唯一無二(ゆいいつむに)試作品(しさくひん)

それがフィーユです」


「賭けるチップはそのままですか?」と確認され、静琉は油が切れかかった機械のようにのろのろとうなずいた。

プレーヤーとディーラーの勝負がドローだった場合、プレーヤーが賭けたチップはそのままプレーヤーに戻される。テーブルの上には静琉が賭けた3枚のチップが置かれたままになっている。

ブラックジャック勝負の再開。静琉の手札はクラブの7とダイヤの6で合計13。オルールのアップカードはハートの5だ。

静琉はなかば思考が停止した状態でヒットを宣言。そして静琉に来たカードはスペードの10。氷水を顔にぶっかけられたような衝撃が静琉の意識を打った。


「バストですね」

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