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冴夜は友達というよりも彼女の崇拝者(すうはいしゃ)と呼ぶにふさわしい同級生や下級生をいつも従えていた。そのために冴夜は"女をまどわしとりこにする真性のレズビアン"だと周囲の生徒からほとんど確信され、恐れられていた。冴夜を包む薄暗いおかしな雰囲気もあいまって、冴夜は「魔女」とか「レズ魔」のような不名誉(ふめいよ)なあだ名で秘かに呼ばれていた。

冴夜の本質を知り、なぜ彼女が何人もの恋の奴隷を引き連れるのかを知るのは冴夜と同類の静琉のみである。傲岸不遜(ごうがんふそん)な女王のごとき冴夜は教室社会の規律を狂わす魔女としてクラスメイト達から忌避(きひ)され、斐七に勝るとも劣らない異端者とされて孤立していた。

3人は授業の内容や弁当の中身についてぽつりぽつりと言葉を交わす以外、ほぼ沈黙したまま昼食をとっていた。3人が3人とも我が強すぎて趣味嗜好がバラバラ、それゆえ共通の話題がまるでないからだ。静琉が身を置くこの異端者グループは、学級という小さな海を漂流したあげくにどこにも受け入れられず海岸に打ち上げられた廃材(はいざい)の寄せ集め、吹きだまりのような場所だった。

静琉が無心ではしを進めていると、「ねぇ、受験勉強ってしてる?」「三年になったら始めるつもり」「もう勉強したくないし、就職でいいよ」と近くの女子グループから会話が聞こえてきた。そのとたん、静琉は心臓をぎゅっと強く握りしめられたかのように胸が苦しくなり、「ああっ!」と悲鳴を上げてうずくまりたくなる。

静琉は目の能力を使い彼女たちがまとう感情を盗み視るが、前途(ぜんと)を語るクラスメイトはこれまで何度も繰り返し視てきたように「不安」や「倦怠(けんたい)」、それから「嫌悪」にどんより包まれていて、「希望」や「決意」とはほど遠い心境にあった。

それでもこれから歩く道が見えているだけ将来の見通しがまったく分からない自分よりはよほど良いと、静琉は弁当のハンバーグをつつきながら思った。ひどく気持ちが落ちこんだせいで、せっかくの弁当はもはや美味しくなかった。

静琉がぐるりと教室を見回せば、そこにただよう感情は暗くて湿ったつまらないものばかり。この世は「退屈」と「倦怠」に満ちていることを、子どものころから人の感情を視てきた静琉は誰よりも理解している。退屈と倦怠、そしてあきらめの感情は中学生位から一部の人を浸食(しんしょく)し始め、年齢が上がるとともに負の感情にとらわれる人は増えてゆき、社会人となるとほとんど全ての大人が退屈となげきを服のようにまとって生きている。静琉はそれを目で視て知っている。今は空前の大不況、たくさんの大人が行きかう街には絶望と悲しみの気持ちが毒ガスのようにあふれかえり、それを視るたびに静琉は息がつまりそうになる。

感情を視た女子グループがそうしているように、倦怠と嫌悪感にまみれたままなんとなく将来を選べばいいのか。自分がなにをどうしたいのか、静琉には分からない。苦しみと悲しみに満ちたこれから先の世界にどう踏み出していけばいいのか分からない。静琉にとっての将来、未来は、しんしんと雪が降る窓の外のように冷たい灰色の場所と変わらなかった。


「冴夜。斐七。

2人にはさ、夢ってあるかな」


「もっと腕をみがきたいね。

スゴいぬいぐるみが作れるようになりたい」


「今この時を(たの)しむ……のが

私の夢で、日ごろの目標よ」


胸をふさぐ不安をはき出したような質問にも、2人はそれを青臭いと笑うことなくさらりと答えた。

静琉が気になる将来の見通しややりたいことと2人の夢は微妙に食い違っていたが、友達の答えに静琉は少し気持ちが楽になって「ありがと」と微笑んだ。そして、やはりここは他のグループと違うと嬉しくなる。

感情が視える静琉にとって女の子同士の友情はかなり醜悪だった。うわべではニコニコ笑い合っていても、心の中ではおたがいにいがみ合っているのが視える。それは男女共学の小学校や中学校に通っていた時に視た男同士の友情よりもずっと陰湿でおぞましかった。静琉はそんな関係から距離を置くようになり、変人の斐七や冴夜よりはずっと常識人なものの、グループに属さない異端者として孤立することになった。

静琉は行く当てがない斐七と冴夜とくっついたが、ここではおたがいが無関心なために関係がさらさらとかわいていて他のグループにたちこめる湿った空気が無い。


「急にどうした。静琉」


「別に……」


「静琉の夢はなに?」


「わからないよ」


「こんな世の中じゃ、夢なんて

見られないのかもね」


「……うん」


悪意も善意も感じられない冴夜の透明な声に、静琉は悲しく笑って視線を落とした。

それぞれの昼食が済み、昨日のテレビ番組や作りかけの斐七のぬいぐるみについてぽつぽつと話すうちに、昼休みの終わりにさしかかった。斐七と冴夜は静琉の机に寄せていた机をもとの位置に戻し、自分の席へ帰っていく。


「外に。話があるの」


静琉と冴夜の顔が近づいた瞬間、斐七に気づかれないように冴夜は小声で言った。冴夜はおともの弁当箱を自分の机に置くと、その足でさりげなく教室を出て行く。斐七にさとられないように少し時間を置いてから、静琉は冴夜を追いかけた。

いつものように、冴夜は2人の教室からやや離れた廊下の曲がり角で待っていた。この時間は人通りが少なく、誰かに立ち聞きされる恐れはほとんどない。


「"図書室の亡霊"は知っている?」


「知らない女が図書室に現れるって

うわさ話でしょ」


「目撃者の数が無視できないらしいわ。

どうも本当に"出る"らしいの。

しもべの子の友達が図書委員をしている

のだけど、とても困っているみたい。

静琉。助けてあげて」


「亡霊退治なんてできないよ」


「あなたの綺化式を使えば何とかなるわ」


「何とかならないよ。

冴夜が魅了した子関係の問題なんだから

冴夜の力で何とかしてよ。

冴夜は吸血鬼の末裔(まつえい)でしょ」


吸血鬼という単語に、冴夜はにやりと笑う。冴夜は自身に流れる血のルーツにステータスめいたものを感じているらしかった。

静琉も冴夜もその祖先をたどってゆけば片親は人間でない魔物である。かつて魔物は実在し、近代化の波にあらがえずに滅びかかった彼らは人間社会に溶けこんで人と交わり血を残した。現代を生きるごく少数の末裔達は、両親から伝えられる祖先についての秘密を守りながら人間として暮らしている。


「静琉だって人の心が読めるでしょう。

あなたなら、十分私の代わりに騒ぎを

鎮めることができると思うわ」


「私が視えるのは人の感情だけ。

祖先は本当に人の心と考えが読めた

らしいけど」


魔物から受け継いだ血と能力も重なり続ける人の血で純度(じゅんど)が下がりに下がり、静琉達の外見や性質は人間そのもの、能力もオリジナルから遠く離れた歪んだものになっている。たとえば吸血鬼の子孫の冴夜は人の血を吸うこともなければ太陽光で死ぬこともなく、その能力は人……それもなぜか同性を自分のとりこにする力しかもっていない。魅了の成功確率は20%程度、ただし冴夜にエス的感情を抱く女性には100%成功するらしい。この場合のエスとはSadist(サディスト)ではなくSister(シスター)の頭文字を取ったエス、少女を愛する少女やその恋愛感情を意味する。


「とにかくお願いしたわ。

もう約束してしまったのだしね。

放課後に図書室へ行ってね」


「勝手だなあ、もう」


身体に流れるわずかな人外の血を暗い雰囲気にしてまとう冴夜。強引に話をまとめた彼女は「ふふっ」と笑い教室へ向かう。

2人の正体を知るのは静琉と冴夜だけで、静琉が綺化式を組めることや特別なアルバイト先を知るのも冴夜のみ、普通人の斐七は静琉達の秘密を知らない。冴夜や斐七にどうにもできない問題なら、静琉が解決するしかない。


「もしかしたら静琉にも素敵な

友達ができるかもね」


隣を歩く静琉に、冴夜はそんなことをつぶやいた。静琉には何のことだか分からずただ「うん」と返しただけだった。



授業がすべて終わり、静琉はフィーユの本が入ったカバンを持って東校舎の二階にある図書室へ行った。

引き戸を開けて中に入ると、気乗りしない静琉をむかえたものは整然と並んだたくさんの書棚と棚に収められた大量の図書、読書用の机と古本の香りがにじんだ静かな空気。図書室に出るという亡霊やそのうわさを恐れたのか、利用者らしい生徒は1人もいない。

静琉が部屋の中を見回すと、本の貸し出しと返却を受け付けるコの字型の机の向こうで1人の図書委員がちらちらと静琉を見ていた。


「あの、紅月冴夜に頼まれて来た

透風静琉という者なんですけれど」


「は、はい……!よろしくお願いします!

あ、あの、私は、甘野(あまの)っていいます!」


近づく静琉に、甘野という少女は急いで椅子から立ち上がり、静琉と同級生なのに頭を何度も下げた。甘野は静琉と同じくらいの背かっこうで、長髪を茶色のリボンでポニーテールにしていた。静琉は彼女の苗字を知らなかったが、今までに何度か廊下ですれちがい視線が合った人だと思い出した。


「何でも、幽霊が出るとか出ないとか。

それって本当なのかな」


「本当なんです! 私も見たんです。

私服の女が本棚と本棚の間に立ってたり、

図書室の中をすうっと横切ったり!

友達が、透風さんなら何とかしてくれるって

言ってました。どうか助けて下さい!

皆怖がって、誰も本を借りに来ないんです」

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