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真摯(しんし)な態度のアルトはおろか、自分自身の命にさえ興味がないような遠い目をオルールはしていた。


「オルール、君はほとんど体力を

失ったんだ。

身体が回復するまでこれから先、

数ヶ月は人間並みの力しか出せ

ないぞ」


「ええ、アルト。そうでしょうね」


耳が痛いはずの言葉も、オルールは他人事のように気のない返事をしただけだった。それはまるで踏み出す直前の自殺者がもう自分にもこの世にも興味を失っているかのような恐ろしい無関心をはらんでいた。


「オルール。ひょっとして、これは

運命じゃないか?」


「運命?」


「ああ。運命だよ、これはきっと」


熱をこめて語りかけるアルトの表情には、隠しようのない歓喜めいたものがにじんでいる。オルールはそれを見逃さなかったが、あえてとがめるようなこともしなかった。


「君の研究が完成しそうな時に、

突然あんなに強い式使いが君を

殺しにやってきた。

それに、フィーユを持っている透風

静琉だって手ごわい相手だ。

君は"何か"に邪魔されている。

"何か"が神様なのか運命なのか

知らないが、とにかくそういう運命

なんだよ、きっと」


オルールの"森"を恐れているアルトが、今回の被害に乗じてどうにか説得しようとしている。アルトの心情と考えをオルールはあっさり見抜いたが、「そうかも知れませんね」と微笑み返した。反論しなかったのは、オルール自身も運命的なものを感じていたからだ。


「オルール。君はもう無理ができない。

研究は中止して、じっくり休むべきだ」


「アルト。確かに私は運命に邪魔を

されているのかも知れません。

計画とはおうおうにして目論見通(もくろみどお)

にはいかないものですし。

その原則に運命のような力が加わって

いるのかもしれません」


「ああ、そうだ! きっとそうだとも……!」


「運命……それが計画の破綻(はたん)を望んで

いるのか、それとも本当は逆…………

世界が計画の成就を望んでいるのか、

私はひとつそれを試してみたくなりました、

アルト」


「試す……? 何をしようというんだ?」


「欲しかったものを一度に手に入れるか、

逆に今まで築いてきたものを全て失うか。

そんな一か八かの挑戦ですよ」


「……? ……?」


夢でも見るかのようなうつろで遠い目をしながら語るオルールに、アルトはおろおろした様子でオルールの目をのぞきこむ。


「つまり私は静琉さんと」


たった今心に降ってわいた危険極まりないアイデアを、いたずらっ子が秘密の計画を耳打(みみう)ちするかのようにオルールはささやいた。



学校からの帰り道、静琉は駅前近くの喫茶店に寄り、少し遅いアフタヌーンティーを楽しんでいた。この店は図書委員の甘野に教えてもらった場所で、彼女が言ったとおりケーキが美味しい。綺麗な店内と客があまり多くなくて静かであることも気に入って、静琉は個人的に通うようになっていた。静琉は白夜堂でバイトをしているので、(ふところ)には多少なりとも余裕がある。

味に深みがあるホットココアと何度でも食べたくなるショートケーキをスローペースで腹におさめ、静琉は満足感とわずかな眠気を覚えながらぼんやり座っていた。

今ここには静琉以外には誰もいない。甘野も、冴夜も、斐七も。学生カバンの中にはフィーユの本が入っているが、フィーユは本から出てくる気がないようだった。喫茶店は住み慣れた家ではなく、しかも静かで落ち着ける場所だ。そういうたぐいの場所は適度に心が緊張し、集中して何かをするのに適している。静琉は心を穏やかにして、これまでのことをそぞろに考えた。

思えばこの喫茶店が事件の始まりだった。図書室亡霊事件で困っていた甘野を助け、彼女に届いた荊姫の切符から眠ったきりの佐々倉美香につながり、切符を使ってしまった少女がどうやって荊姫にされるのかを知った。そして黒スーツのアルトが現れてフィーユを取り戻そうと働きかけてきた。

アルトが独断でフィーユを処分しに来た時、静琉はフィーユに守られた。その日以来一週間近く経ったが、アルトが現れることはない。アルトの沈黙の理由は不明だが、勝ち目がないからでは?と静琉は考えていた。

死の危機に(ひん)して、(つぼみ)が花開くように変わったフィーユ。そのフィーユにはアルトの攻撃が何一つ通じず、アルトは逃げるしかなかった。アルトがまた現れようと以前の展開が再現されれば、アルトがフィーユの本を消すことはできない。

いざとなれば身体を変えて無敵化するフィーユ、そして多くの人目がある店内では決して襲撃できまいという目算(もくさん)が、静琉が喫茶店で羽を伸ばすことができる理由だった。

アルトが消えた後に、どうやって姿を変えたのか、あの姿は何なのかと静琉はフィーユに何度も聞いたが、フィーユは「わからない」と首を横に振るだけだった。問題の時間の記憶も感覚もちゃんと残っているが、フィーユ自身にも説明がつかないという。本人のフィーユにも分からないのだから、静琉に理解できるはずがない。

そして、伝説の魔女オルール。アルトの操り主であり、少女たちの心を本に閉じこめて荊姫を生み出している怪人物。かの魔女……悪魔はいったい何者なのか。何の目的があって荊姫を求めているのか。

心のぬけがらになった佐々倉美香を乗り物のように操って会いに来たことがあるが、あれではオルールの正体などまるでつかめない。底知れない闇の(ふち)をのぞきこんだような、原初の恐怖とでも表現すべきものを静琉は味わっただけだった。

オルールがフィーユをあきらめたとは考えにくく、オルールはきっとなにかしらの行動を起こす。オルールはどうするつもりなのだろうか。オルールはどんな姿をしていて、どんな感情をまとっているのか。静琉はそれを見てみたいような気もするし、見れば一生続く後悔を心に刻むような予感も感じる。

恐怖の方が遙かに大きくてもオルールに会ってみたい気持ちが消えてしまわないのは、フィーユの正体を聞きたいことと、オルールの最終目標を知りたいからだ。


「失礼します」


「…………!?」


突然見知らぬ少女がテーブルをはさんだ向かいの席に座ったことで、静琉は静かな思索(しさく)の世界から喫茶店の世界へ引き戻された。

喫茶店で相席(あいせき)という不自然さに静琉はこっそり視線を周囲に走らせるが、客はまばらで空席もたくさんある。


「こちらの方に温かいミルクティーを。

私にも同じものをお願いします」


少女はメニューを見ることすらせずに、場慣れした様子でウェイトレスに注文した。ウェイトレスは注文内容をくり返して確認しただけで、少女の相席について触れることすらせずに静琉たちの前から離れていった。


「初めまして、透風静琉さん。

お会いできて嬉しいです」


「えっ。どうして私の名前……」


「うふふ。どうしてだと思います?」


少女の髪型は耳をおおうほどの黒いショートカット、大きな黒目が印象的な可愛らしい女の子で、年の頃は静琉と同じか、もしくは少し下のようだった。白いシャツの上に白いキルティングジャケットを羽織り、ボトムのミニスカートまで白で統一され、その組み合わせは降りたての汚れ無き雪を身にまとったかのようだった。

「えと……その……」ともじもじしながら答えにつまる静琉を、少女は組んだ手の上にあごを乗せてじっと見つめる。

なめるように見ると言うよりも、視線というメスで解剖しながら身体の内側までのぞきこむような目だった。

湯気(ゆげ)を立てるミルクティーが2つ運ばれてきて、静琉と白い少女の前に並べられた。少女はティーカップを持ち上げて口元に運び、「どうぞ」と優しい笑顔で静琉をうながした。

ぎこちない雰囲気がやわらかくなればと思い、また何か飲むものが欲しかった静琉は「頂きます」とお礼を言ってミルクティーをすすった。以前に甘野と来た時にミルクティーは経験済みだったが、もう一度飲んでもやはり美味しい。

この少女はどこの誰で、何のために私の前に座ったのだろうと静琉の頭は混乱していた。そのせいで途中からティーの味もよくわからなくなり、機械的に口に運んでいるうちにあっという間に飲み尽くしてしまった。

妙に大人びた雰囲気の少女はティーを1/3ほど飲んだところでカップをテーブルに置き、また楽しげに静琉を見る。


「静琉。この人、なにか変」


左肩からおびえたフィーユの声が届き、静琉は思わずそちらに顔をかたむけた。人前では姿を消すように言ってあるので不思議な少女にフィーユが見えるはずもなく、静琉の行為は奇妙に映るだろう。静琉はあわてて少女へと視線を戻す。

少女は静琉の左肩を見つめたままで、にっこり笑った。


「こんにちは、フィーユ。

ふふ。そう怖がらないで」


ううっ、と恐怖で声をつまらせるフィーユの気配が伝わってくる。静琉は目を大きく見開き、白い少女を穴があくほど見つめた。


「な、なんでフィーユが視え……。

フィーユの名前まで、なんで……」


「それは私が人間じゃないから、

ですかね」


「…………?」


彼女がいったい何を言っているのか静琉ははかりかねたが、その言葉以上の不可解が静琉の意識を凍りつかせる。

気のせいか、出会った時より少女の髪が長くなっているような。少女の印象をひかえめなものにしていたショートカットが、今やなぜか胸までとどくロングヘアに変わっている。

髪の一本一本が意思をもつ生物のように動き、それらはミイラを包む包帯(ほうたい)のように少女の顔をぐるぐる巻きにした。

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