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「お前がいったい"何"なのか、どれだけの

時間を生きてきたのかを、私は知らない。

だが、その子どものような若い姿。

人間の領域を大きく超えた身体能力。

粉々になろうとすぐに再生する回復力。

それだけの身体と力をもっていながら、

お前はなぜ研究の完成にこだわる?

"肉体の放棄(ほうき)と精神生命体への昇華"。

それがお前が追い求めてきた研究目標。

その身体でもまだ満たされないのか?

神サマにでもなろうっていうのか?

お前が歩む道の果てにあるものは何だ」


殺意と殺意がしのぎを削る熱戦は凍結され、2人とも死んでしまったかのような沈黙が場におりた。無感情だった六花の目に人間らしい感情がにじむ。オルールはどこか遠い目をして六花を見つめたまま、少しの無言を経て言った。


「面白さ、ですよ」


悲しげな苦笑をまじえて返されたオルールの答えに、六花は「そうか」と万感(ばんかん)をこめて短く応じる。

失望と恐れ、そして予想通りというむなしい思いが六花の胸に生まれては心の底へ沈んで消える。

何をもって面白いとするかは当人のオルールにしか分からない。精神生命体への昇華がオルールにとっては面白いのだろうが、裏を返せばオルールは自身の現状に退屈しきっているということになる。

力を極めた後にたどり着く場所は、どうしようもない退屈。それは避けられない絶対的な運命なのか。オルールの姿に未来の自分が重なり、六花は恐れに似た暗鬱(あんうつ)な気持ちを覚えた。

オルールは退屈を埋めるためにさらなる力を求めて精神体への転生にこだわるのか、それともそこから先に何か他の目的があるのか。まだ疑問は残されていたが、それらは六花にとって重要ではなかった。


「ねえ六花さん。貴女も行き詰まって

いるのでしょう?」


六花は答えなかったが、無言がそのまま肯定(こうてい)の返事となっていた。


「お互いの退屈しのぎに、

もっと今を楽しみましょう?

こんなに楽しい時間は

いったいいつ以来なのか

思い出させないほどなの

ですから」


「ああ。私も同じだよ」


オルールが両手を広げて前にかざす。それと同時に左右の五指から細い黒糸が飛び出し、そのまま壁や天井に突き刺さる。刺さった糸はそれぞれ別方向に折り返し、ピンボールのような動きで糸を伸ばし続けて網目状(あみめじょう)の面を形づくった。

黒い糸で作られた網の面。それがオルールと六花の間に部屋いっぱいに広がっていた。


「こんなのはいかがでしょう」


オルールがにこっと笑うと同時に網の面が六花に向けて高速で前進。網が通った後に机や椅子が豆腐のようにバラバラに切り刻まれた。

部屋の横面は黒い網でびっしりとおおわれ、六花に逃げ場はいっさいない。このままでは六花の身体もミンチのように切り刻まれる。

恐怖で身も意識も凍りつくような刹那の時間、六花はまゆ一つ動かさずに攻撃式を発動させ自分の身体の大きさだけ網を消し飛ばす。そうして六花は必要最小限の行動で死の黒網をすり抜け、六花の背後の壁は糸の目に刻まれて崩れ落ちる。


「ふふっ、お上手!

――でも」


六花の後ろの床から黒糸が飛び出し、またたく間に六花の両腕と両足を縛り上げる。網の攻撃は終わったかのように見せかけて、壁に命中すると同時に床下に潜伏していたのである。

六花の手足が刃状の糸で寸断(すんだん)されないのは守りの綺化式でダメージを相殺(そうさい)しているから。それでも六花は身動きを封じられた。

オルールは右手から大量の黒糸を()()げ、それを一瞬で編み上げた。出来上がったものは彼女の上半身ほどもある刃がついた巨大な黒い(おの)

オルールは斧の()を両手でにぎりしめ、全身のばねを利かせるように六花に飛びかかる。これまでで最速の身のこなしで、それはまるで暴風のような勢いだった。

殺意もあらわな凶器を振りかざし、猛スピードで突っ込んでくるオルール。誰もが目をそむけ神に祈りたくなるような1秒に満たない死の時間。六花はオルールを見つめたまま正確無比に迎撃し、彼女を斧ごと粉砕する。

オルールの破片が部屋中に飛び散り、六花はそれを無表情で見ながら式で手足を縛る黒糸を切断した。

人間が素手で肉食獣に勝つのはほとんど不可能である。その理由は獣が人にはない牙や爪や強靭な筋骨を生まれもっていることなどだが、なかでもとりわけ獣の敏捷性(びんしょうせい)が人と雲泥(うんでい)の差であることが大きい。人の反射神経を超える速度で襲いかかる獣に、人の反撃や防御がとうてい追いつかないのだ。

猛獣以上の速度で動くオルールに六花の反応が追いつくのは、彼女の組んだ式が異常に速攻的なものであることと、ダメージの肩代わりのほかにもう一つ重ねがけしてある式が六花の感覚を強化しているからだ。

知覚の超鋭敏化(ちょうえいびんか)。この独創的な式を六花自身にほどこすことにより、彼女は通常よりも遙かに多量の情報を周囲から得ている。

肌をなでる空気の流れや耳に届くきぬずれの音さえも敵の動きを知るための十分な手がかりとし、同時に体感時間を長くすることで周囲の景色がゆっくりと流れるように感じられる。だからオルールの動きにも目がついていく。

悪魔オルールの身体さえ吹き飛ばすほどの極めて強力な式は六花の得意系統であるとともに彼女にしか組むことができない次元違いのもの。六花にしか理解できず扱うこともできない領域の攻撃式を主力とし、身体と感覚をサポートする独特の式を併用して六花は化け物のオルールと張り合っていた。

黒い泥沼(どろぬま)のように集結した破片からオルールの上半身が浮かび、再生と修復をくり返している。しかし、彼女の完全回復を待つほど六花は甘くも悠長でもなかった。

半分以上の復元をとげたオルールははっと顔を上げ、ある異変に気づいたようだった。あいさつでもするかのように六花に向けて手をかざし、そのままで姿勢で動きを止める。


「さすがのお前でも

今度のは死ぬかもな」


「!!」


小さく透明な結界に包まれたオルールに六花の声は届かない。届かずとも、オルールは両目を大きく見開き、身に迫る死の気配と脅威を感じとったようだった。

人1人を囲むだけの小規模な結界を作りオルールの逃げ場を封じた上で、結界の内側で最大級の攻撃式が5回続けて炸裂(さくれつ)。結界のせいで音こそ遮断されたものの、地上に降りた太陽のような閃光(せんこう)が部屋を純白に塗りつぶす。局所内での大爆発はその破壊力を増幅し、敵の肉片どころか髪の毛一つ残さずに消し尽くす。

六花は小さな結界を解き、煙を上げる消し炭となった床を見る。そこにはオルールのかけらすら残っていない。

"死んだか?"と六花が感慨(かんがい)にふけることなく考えていると、六花の斜め前の床が裂け、そこからオルールがはい出した。よろよろとした動きで立ち上がり、ふらりと六花の方を見る。


「なるほど。床下を移動して

とっさに回避、か。

そんなことができる奴用には

作っていないからな」


「死ぬかと思いましたよ」


くしくも六花の予言を認めるようなことを言って笑うオルール。彼女の頭の右側、そして右肩と腕を含めた右胸が巨大な人食いザメに一飲みにされたかのようにえぐれて消え、焼け焦げた断面からはぶすぶすと煙が上がっている。

身体の右側に黒糸を出して傷を修復させるオルールに、六花が容赦(ようしゃ)なく式で攻撃。少しずつ六花の速攻に慣れつつあったオルールは身を削りながら横にかわし、即座に襲いかかる。六花は表情を消したまま、式を撃ち続けて迎撃する。

六花が攻め続け、そのあいまをぬってオルールが六花の防御式を削る。手数は圧倒的に六花の方が多いが、不死身のような再生力と化け物じみた敏捷さでオルールは一歩もゆずらない。

そうやってオルールと命をやりとしている間、六花は恐怖も焦燥(しょうそう)も楽しさすらも忘れ、ただ無心で式を放ち続けていた。身体の感覚も、思いも、自分が生きていることすらも忘れるような極度に意識がとぎすまされた状態だった。

六花の生涯で、これほどまで何かに集中したことは今まで無かった。今まで出したこともない最大限の力を振りしぼり、そのおかげで自分という人間の輪郭がよく見える。自分に暗くまとわりついていた(おご)りも敵意も疲れも何も感じず、音のない真っ白な世界で動き回っているかのようだった。オルールに戦いを挑んだ理由や意味さえ忘れ、六花はただ行動し続けた。

死と隣り合わせのこの殺し合いを、私はいつまででも続けられる。命を削るこの戦いが、全く苦にならない。白く澄んだ世界の中でおぼろげにそう思う。それは六花にとっての楽しみの極致(きょくち)だった。

ダメージを肩代わりする守りの式の効力は、残り2%。次にオルールの打撃を受ければ、肩代わりしきれなかったダメージが六花自身に降りかかる。そのことへの恐怖も六花は何も感じなかった。

突然、六花が今まで聞いたことのない不気味な音が耳に届き、彼女は忘我の境地から現実へと意識を引き戻された。


「……ッッ」


両腕がまったく動かせず、真っ赤な焼きごてを腕に押しつけられているかのような激痛が意識を()く。どこかで固いものがくだけるような音は、腕の内側で骨が壊れる音だったのだ。


「が」


その直後、今度は右胸から同じにぶい音が届く。腕の骨と同じようにあばら骨までくだけたらしい。

のどの奥からとめどなくせり上がる鮮血が口の端からもれ、無敗の白無垢六花のコートを赤く染める。

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