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高威力の式の衝撃で椅子から吹き飛んだオルールが床に大の字になって倒れた。頭は綺麗に無くなっていて、オルールはぴくりともしない。

六花が椅子から立ち上がり、笑みを消してオルールの体を見下ろす。温かな血が通っている人間のものとは思えない、氷河のような冷たさをたたえた顔だった。


「何ごとだ!?」


六花の不意打ちからやや遅れて客間のドアがたたき開けられ、爆音を聞きつけたアルトがおっとり刀で部屋に現れた。彼女はあいかわらずの黒スーツ姿で、アルトはオルールの惨状(さんじょう)と、そのそばに立つ六花へあわてて視線を往復させた。


「見たところ、お前は人側に

近いようだが」


アルトをちらりと見やった六花は、すぐにオルールの体へと目を戻しながら無感情な言葉をかけた。


一応(いちおう)、邪魔はするなと言っておく。

無視して死にたいのなら好きに動け」


「……ッッ」


標的はオルールただ1人だが、めざわりなハエがまとわりつくようならさっさと叩きつぶす。そんな六花の胸中と恐ろしさを感じとったのか、アルトは足がすくんで動けないでいた。


「どうした"魔女"?

死んだふりか? それともいまのくらいで

本当にくたばったのか?」


首無しオルールはひょいと上体を起こし、よどみのない動作で立ち上がって六花の正面へ体を向けた。

それを見たアルトの顔がひきつるが、六花はまゆ一つ動かさずにオルールを警戒し続けた。

常人ならば腰を抜かすか、気が触れてしまいかねない狂気の光景。それでも六花が微動(びどう)だにしないのは、彼女の精神が常軌(じょうき)(いっ)した強さを備えているからだ。

そして、伝説的な"悪魔"というならこれくらいはやってのけるだろうと六花は予想していた。それでも首がなくても平然と動くオルールをまのあたりにして六花は思う。

当然、奴は人ではない。魔物の末裔などというなまぬるいものでもない。書物や言い伝えに残され、かつては実在したという魔物そのものだってこれほどではないだろう。奴は――いったい何だ?

オルールの首の断面から黒い糸が無数にふきあがり、一本一本が独自の意思をもつかのように糸と糸がからみ合い、あっという間に毛玉のような球体をなした。目や耳、鼻や口の形が浮かび、黒い糸のかたまりは人肌色に変わる。それと同時に背中側にたれていた多量の糸が白色となり、オルールの頭が出来上がった。


「ずいぶんなお返事ですね。

びっくりするじゃありませんか」


オルールはふぅと小さく息をはき、胸にかかった白い長髪を後ろへかき上げながらにっこり笑う。彼女の顔には傷一つ無く、完全な復元だった。


「お前の下らない話を止めるために

口をつぐませてやろうと思ったんだよ」


「お気に()しませんでしたか。

それで、私の荊姫たちを助けるために

六花さんは私を殺しに来たのですか」


「ガキ共が眠ろうが死のうが知ったこと

ではないが、お前の研究が完成すると

私が困るんでな。

その前に、お前と喧嘩(けんか)をしに来た」


「ふふふ。あはははははははははは」


この時ばかりは淑女(しゅくじょ)のつつしみも忘れ、オルールは笑いに笑った。ひとしきり笑って満足した後、笑いの残滓(ざんし)を顔にはりつけたまま、愛おしそうに六花を見つめた。


「計画になにかのトラブルはつきものです。

まるで神様がそういう法則を作ったように。

原因は人的なミスだったり、偶然の悪運

が重なってしまったり、誰かの妨害だったり」


最後のフレーズを言うとともに、オルールは悪意がいっさい混じっていない嬉しさだけをたたえた顔で六花を見た。


「私の障害は貴女ですか、六花さん。

こんなにうれしいことってありませんよ。

トラブルに四苦八苦(しくはっく)するのも計画の

醍醐味(だいごみ)ですが、それが困難で危険な

問題となればなおさら面白い!」


ああ、と六花は胸の中で感嘆(かんたん)の声を上げた。

やはり、この魔女は(せい)に退屈している。退屈の砂漠を歩き続け、自身の常勝と安全をおびやかすスリルを渇望(かつぼう)している。思った通り、こいつと私はあわれな同類。


「それじゃあ、いっしょに遊びましょう?

六花さ」


オルールが言い終えるのを待たず、六花が発動させた速攻(そっこう)の式が透明な銃弾(じゅうだん)のようにオルールに到達。巨大な(おの)で断つかのようにオルールの首、両腕、両ももを一瞬で切断。

解体されて各部がバラバラと床に散らばる前に、それぞれの断面から糸が飛び出し頭と首を、肩と腕を、ももと足を空中で接続した。そしてオルールは簡単に黒糸で結んだままの状態で一呼吸も置かずに六花に飛びかかる。四足獣(しそくじゅう)を思わせる身のこなしと素早さだった。

六花は反射的に式で迎撃(げいげき)するが、予想外の反撃速度に充分な威力が練り出せない。向かってくるオルールの左半身を吹き飛ばし顔の左側も消してやったものの、オルールは止まらずに右足一本で跳ねて六花の前に飛びこんだ。

オルールが握りしめた右拳を六花の胸に思いきり叩きつけ、六花は後ろへ吹き飛んで背中から壁に激突。衝撃音とともに壁が人の形にひしゃげ、六花が受けたダメージは胸骨粉砕、内臓破裂、背骨の複雑骨折としか見られなかったが――。


「は」


六花は壁に埋まったまま短く笑い、半分の顔でにやついているオルールの残りを粉々に吹き飛ばした。

オルールはくだかれようが血を流さず、彼女の破片はタール状をした黒いモノだった。液体と粘土(ねんど)の中間のような黒い破片が部屋中に飛び散り、それらが即座に一ヶ所に集まってオルールの形に戻ってゆく。式の攻撃で完全に消滅してしまった部分は断面から出した黒い糸を編み上げて再生させる。

そんなオルールの様子を見て、無傷のまま壁から抜けだした六花は思った。こいつは"魔女"でも"悪魔"でもない。そんな性悪(しょうわる)さを表したような呼び名より、そのまま素直に"化け物"といった方が的を射ていると。

全力で式をぶつけようが壊しきれない本物の"化け物"。彼女との出会いとこの戦いに六花の胸は至福の歓喜に満たされていた。しかし喜びに震えるかたわら、六花は笑みをいっさい浮かべない。彼女の戦略的思考は冷静そのものだった。

たった一撃で13%も削ったかと、六花は人形のような無表情の下で考えた。コートの中に装備し六花へのダメージを肩代わりする防御用の特製式本。六花自身にかけてある綺化式の効力がオルールの殴りで13%分消費された。それは、オルールの一撃が人間5人をまとめてひき肉にするだけの威力をもつことを意味している。

身体の修復と再生が完了し、すっかり元通りになったオルール。うっすらと笑みを浮かべ、六花と対峙する。

オルール自身である肉体は元に戻せても衣服のワンピースは無理だったらしく、六花の式で身体といっしょに消し飛んだワンピースとは別のものを今のオルールは身にまとっていた。再生と並行して黒い糸で作り上げた暗黒色のローブで、白いワンピースを着ていたときの天使のような見た目の印象が一変した。黒いローブはオルールの白い髪と金色の瞳と合わさって、本当に魔女か悪魔のような雰囲気だった。


「アルト」


「オ、オルール」


オルールは顔を正面の六花に向けたまま、自身のななめ後ろに立ちつくしているアルトに声をかけた。アルトはすがるような声と顔でオルールに応じる。


「部屋からさがっていて下さい。

貴女は復元などできないのですから、

巻き添えを食えば死んでしまいます。

家の使用人たちを誰もここへ近づけ

ないようにして下さい」


「し、しかしオルール……君1人では」


「命令ですよアルト。お下がりなさい」


オルールとしては極めてまれな厳しいもの言いに、アルトはびくりと身を震わせて肩を落とす。オルールは後ろのアルトへ顔を向けた。六花という本物の強者から目を離すというおろかしい振る舞いをとったのは、余裕によるものではなかった。


「私が生きて朝日を(むか)えることができたら、

またお茶の相手をして下さいね。アルト」


母親のような慈愛(じあい)をこめたオルールの声と微笑み。

アルトは胸がつまりもう何も言えない様子で、ただ一言「必ず、生きて帰ってきてくれ」と言い残し、オルールの指示通りに客間から消えた。


身内(みうち)には意外と優しいな、"悪魔"、

いや、"化け物"」


「化け物だなんてひどい呼び名です。

貴女の方こそ、とても人間とは思えない

化け物みたいな力をお持ちですよ。

さすがは名高き"白無垢六花(しろむくりっか)"」


白無垢六花――それはいつからか六花についた二つ名。六花とは彼女の本名であるとともに雪の異称(いしょう)。六角形をした雪の結晶が花のような形に見えることにちなむ。

雪原のように真っ白でけがれのない無垢な女……という意味ではなく、戦闘において六花が血を流すことはおろかほこりや返り血で体を汚すことすらなく相手をほふり去る無敵さからついた呼び名である。


「死ぬ前に、1つ聞いておきたい」


死ぬのは敵のオルールか、それとも六花自身か。玉虫色の問いを言った六花はあいかわらずの完全な無表情で、内面の情報を明かさない。

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