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「オ、オルール……」


アルトはフィーユを凝視したまま、明らかにたじろいだ様子だった。数歩あとずさり、陸に打ち上げられた魚のように口を閉じたり開いたりをくり返す。


「そうか……こうして姿を変えて

僕たちの所から逃げ出したのか」


「静琉を放して。

すぐにわたしたちここから出して」


ぼう然とつぶやくアルトへ向けたフィーユの口調は外見相応の大人びたもので、そこには静かな気品さえただよっているようだった。

アルトは言葉を返す代わりに素速く右手をフィーユに向け、ナイフ状をした闇のかたまりを4つ続けて撃ちだした。

殺意がこめられた攻撃はフィーユの頭や胸や肩に確かに命中したが、フィーユの身体が霧か幻影でもあるかのようにすべての黒いナイフが素通(すどお)りし、フィーユにはいささかの影響も与えられない。

フィーユがずいと一歩踏み出し、その分アルトが後ろに下がる。

静琉は地に倒れふしたまま、息を殺して2人の動向を見つめ続ける。今のアルトがまとう感情は不意に現れた強敵への恐怖というよりも強烈な苦手意識とでもいうべきもの……フィーユへの畏怖(いふ)と自信の喪失(そうしつ)で、そんな負の感情が全身から吹き出していた。


「くっ……!」


焦燥(しょうそう)をこめた短いうめき声の直後、アルトは突然その場にひざまずく。瞬間、左手を地面に当てたアルトの感情図が害意一色に染まった。


「フィーユ、(あぶ)


静琉が言い終えるのを待たず、大人の身のたけを超える巨大な剣状の闇がフィーユの後ろ足元から飛び出し、フィーユの胸を串刺(くしざ)しにした。立て続けにフィーユが立つ左右の地面から同じ剣が突き出し、瞬時にフィーユのわき腹とももを貫通した。

フィーユは血も流さず痛みを受けた様子もないが、身体を突き通す剣のせいでわずかに身動きが封じられた。

それを狙っていたらしいアルトは迷いなく右手を振り、フィーユが左手に持つ本に向けてナイフの闇をいくつも飛ばす。フィーユの顔が恐怖の表情に塗り変わる。

フィーユは実体がない幽霊か何かのように剣の束縛をすり抜けると、とっさに本を抱きかかえてうずくまる。一瞬後に飛んできたナイフがフィーユの身体に当たるが、それらは1つも刺さらずにはじかれてしまった。静琉はそれを見て、まるで鉄のような硬さだと思う。

本体である本を守るためにうずくまったフィーユとうつぶせに倒れた静琉の視線が交差する。フィーユはにっこりと微笑みかけた。


「大丈夫。今助けるよ、静琉」


姿形は変わっても、そのあどけない笑みは元のフィーユのままだった。

フィーユはすっくと立ち上がり、本を左手に持ってふたたびアルトと対峙(たいじ)した。


「ただの欠片(かけら)のくせに……

この強さ……!」


いっさいの攻撃が通じず狼狽(ろうばい)するアルトに、フィーユが獲物に襲いかかる(ひょう)のように飛びかかる。

宙に跳んだフィーユはアルトに向かって落ちる以外の移動ができない。無防備に近いフィーユにアルトは左手を向け、手のひらから黒い蛇のようなモノを三本同時に撃ち出した。

身体にからみついて縛り上げようとする黒の鎖を、空中のフィーユは右腕を振って迎撃。たったそれだけで鎖はバラバラに霧散する。

アルトの目の前に着地したフィーユは、間髪(かんぱつ)いれずに頭突(ずつ)きのような体当たりをしてアルトを地に倒す。フィーユはアルトの腹の上に馬乗りになって、彼女の身動きを簡単に封じた。


「すぐにここから出しなさい。

早く!」


痛みにうめくアルトの首を両手でつかみ、前後にがくがくと揺さぶるフィーユ。その様子はまるで子どものけんかのようだったが、今のフィーユは異常に強大な力をもっていてアルトのダメージは深刻らしかった。

フィーユとアルトを見ていた静琉は視界に入っていた景色がにじみ、ぼやけたのに気づいた。その一瞬後、静琉たちは現実世界の道路上に戻っていた。

灰色のコンクリートの冷たさも、澄んだ冬の空気も、静琉には涙が出るほど嬉しかった。気がつけば身体を取りまいて縛り上げていた黒いモノも消えていて、静琉はさっと立ち上がる。

静琉が周りを見れば、ここは静琉がアルトに引っぱりこまれた路地だった。少し離れた場所に静琉の学生カバンと護身用の式本も落ちている。

フィーユにはかなわないと思ったのか、それともこのままでは殺されると思ったのか、アルトはフィーユの要求を忠実に守った。フィーユも周りと静琉を見てそのことを確認し、アルトの上からどいた。

アルトはよろよろと立ち上がり、目の前に立つフィーユ、そして少し距離をおいた所に立つ静琉に視線を往復させた。


「お前は……オルールじゃない。

ただの欠片、ただの影だ……」


フィーユに対してというよりも自分自身へ言い聞かせるようにアルトはつぶやき、歯を食いしばって悔しさの感情をあらわにした。

アルトの足元が黒ずみ、大量の墨汁をぶちまけたような闇の海の中へアルトが沈んでゆく。フィーユを始末できなかったいらだちとフィーユへの怒りのようなものを顔ににじませたまま、アルトは消えていった。

またアルトが現れないかと静琉たちは息をのんで待ちかまえたが、十数秒経っても何も起こらない。緊張が解けると同時にフィーユの身体がぐらりと後ろへかしぎ、路面に倒れる前にふっと消えてしまった。彼女が持っていた本が手の支えを失って落ちた。


「……フィーユ!」


とっさの異変にしばし思考停止していた静琉は、あわててフィーユの白い本にかけより中を開いた。ページの間には元の小さなフィーユが横たわっていて、気絶しているようだった。髪の色も薄茶色に戻っている。

静琉は冷たいコンクリート面にひざまずいたまま、眠ったままのフィーユから目を離せないでいた。

見たことのないフィーユの姿。人間大の身体。白い髪に黄色の瞳。アルトを圧倒する力。それらすべてが静琉の理解を超えていた。

フィーユがオルールの手に渡ればまずいことになる。フィーユを引き金にしてこの世に地獄が具現する。アルトの言葉が静琉の脳裏を走り、冬の寒さだというのに背中とわきに冷や汗が浮かぶ。


「フィーユって……なに?」


答えなど期待できないそんな問いを、静琉は思わずつぶやいていた。

下校途中に静琉が恐れていたように、はらはらと雪が舞い落ち始めた。水を多分に含んだ牡丹雪(ぼたんゆき)で、頭や肩に落ちる一つ一つの雪に重みがある。街の中だというのに車が走る物音一つとどかなかった。重く湿った雪が景色に降り重なってゆくかすかな音だけが静琉の鼓膜を打っていた。

フィーユの本が雪に濡れないようにふところに抱きかかえたが、静琉はそれ以上は何もできずにひざまずいたまま。雪の冷たさも濡れてゆく身体も、遠くに落ちたままの学生カバンと式本も静琉を動かす理由にはならない。今の静琉は現状の整理と考えることに忙しいから。

空は雪雲で灰色におおわれ、景色は雪で白く染まってゆく。静琉の嫌いな白と灰の退屈な景色。天から降り続ける雪はまるで、静琉が知りたい真相まで白い雪でおおい隠し氷づけにしてしまうようだった。



愛車の00年型ベンツを()り、私――六花(りっか)はあの魔女の根城へと向かっている。魔女オルール。なかば伝説化した正体不明のトリックスター。それなりの金をまいて何人かの情報屋を使い、奴が住む場所を突き止めた。

時刻は夜の七時を回り、冬の今では太陽はとっくに西の地平線に沈んでいる。道は暗く、私は何気なく冥府へ続く道を連想した。

心はいつものように()いでいて、緊張や恐怖は感じない。これからあのオルールと殺し合いをしようというのに、我ながらあきれた剛胆(ごうたん)ぶりだ。(きも)が太いというよりも、私の場合はいくつかの頭のネジがゆるんでいるといった方が正しい。

式を組むことに関しては天才的と人から言われ続けた。人からうらやまれもてはやされる綺化式の素質も、私にとっては私が女に生まれたように、呼吸をするように当たり前のものだったので誇ることもしなかった。ただ興味に任せて式を生み出し続け、天才という呼び名と六花の名前の価値が一人歩きしていった。

(とら)が鋭い牙と(つめ)強靭(きょうじん)な筋肉をもって生まれてくるように、私も虎のような女だった。生まれついての強者であり他の動物とは大きなへだたりをもつ。

力を頼りに好き勝手に生き続け、人から恐れられるようになり、気がつけば私に敵はなくなった。だが最強などと呼ばれても私は喜ばない。もはや征服すべき山はないという事実に、私は山の頂上に立ちながら生きるのが馬鹿らしくなるほどの空虚を覚えた。

そこで私は疑問を抱く。最強の式使いの六花と魔女オルールはどちらが上か。私は魔女以上か魔女以下か。歴史に名を刻む悪魔オルールに対して、私はどの距離にいるのか。そんな疑問の答えを出すために、今夜私はオルールを()りにいく。

私の最強を照明するために。あの魔女の最強を許さないために。そんなつまらない理由から戦うわけではない。力を信じて歩いてきた私の道が何処(どこ)に続いているのかを知るために、名にしおう魔女とやり合う必要がある。

白夜堂のバイト店員にオルールが研究を完成させつつあることを聞いた。もしもその研究が成就(じょうじゅ)すれば奴は手のつけられない化け物となり、私に勝ち目はなくなるだろう。そうなる前に奴との決着をつける。

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