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「お久しぶりね、フィーユ。

ああ、やっぱり貴女は可愛いわ!

小さくて細かいものはもともとみんな

かわいいけれど……それが可憐(かれん)

女の子となればなおさら素敵!」


「ちょ、ちょっと、声が大きい……!」


このままではフィーユにほおずりし、さらにクラスのみんなにフィーユを見せびらかしかねない。うつむいたまま困った様子のフィーユに「もういいよ」と言って姿を消させ、静琉は冴夜から肩を離した。

静琉は学生カバンから白い本を取り出して机の上に置き、机の中からファスナーのついた筆入れとルーズリーフをとじた水色のバインダー、教科書を取り出して本の上に重ねた。


「次、移動教室だよ。そろそろ

行かないと。休み時間終わる」


野暮(やぼ)な勉強など、男たちだけ

していればいいのに」


なごりおしそうにそうつぶやいて、冴夜は席を立ち自分の机へ向かった。静琉は白い本と授業用の道具一式を胸に抱いて教室の中を歩く。

アルトがフィーユの本を狙っていることがわかり、静琉は教室から離れるときはできるかぎりフィーユが宿った白い本を持つようにしていた。アルトは勝手に持っていきはしないなどと言っていたが、敵の言うことなど信用ならない。

授業とは無関係の本が目立ちはしないかと静琉は心配したが、もともとクラスメイトたちは静琉をほとんど無視しているし、教師の目にとまらないように置き場所を工夫している。斐七もぬいぐるみにしか興味がないので深くは聞こうとしなかった。誰かが勝手に白い本をのぞくようなことがあったとしても、静琉が本を手に取るとき以外は決して姿を見せないようにフィーユと約束してある。フィーユさえ出てこなければ、奇妙な文字列が延々(えんえん)と続く意味不明の本としか映らない。

静琉は斐七の横に立った。斐七はすでにフェルトを机の中にしまい、教科書と筆記用具を用意して待っていた。静琉を見て椅子から無言で立ち上がる。静琉と斐七の前へ、授業のセットを胸に抱いた冴夜がゆったりとした足取りでやって来る。

3人そろったところで静琉たちは教室を出た。もう休み時間も終わるというのに数人の女生徒が教室のかたすみに残っていて、しかも彼女たちは斐七の方をじっと見ているような気が静琉はした。

しかし静琉たち学級の異端者が白い目で見られるのはいつものことなので、静琉は「ちぇっ」と少し嫌な思いをしただけだった。



別棟の生物室で生物の座学授業を受けた後、3人は教室に戻った。教室には半分ほどの女生徒が戻っていたが、なぜか数人の少女たちが斐七の机を取り囲んでいた。

いちはやく事情を知ったらしい斐七がかけあしで席に戻る。静琉も心配になり、斐七の後ろに続いた。冴夜はといえば我関(われかん)せずといった様子で気ままに自分の席へ戻っていった。

斐七が刺繍を入れた赤いフェルト片が(はさみ)か何かでバラバラにきざまれて机の上にまかれていた。その上さらに、斐七が持ってきていた完成間近のぬいぐるみまで同じように解体されていた。

斐七は冷たい目で机の上の惨状(さんじょう)を見つめている。周囲の女生徒たちはちらちらと斐七を見ながら小声で話し合い、時おりくすくすと笑いをもらした。

静琉たち3人の中でも斐七と冴夜の異端ぶりは度が過ぎている。斐七がこういう嫌がらせを受けるのは初めてではないが、そばの静琉はどう友人に声をかければいいのか分からなかった。


「くそが」


腹の底の怒りを感じさせる、重く静かな文句の言葉。耳を疑うような言葉をつぶやいた後、斐七は隣の机を蹴り倒した。はでな音を立てて倒れた机から中身の教科書やノートが床に散らばった。


「ちょ、ちょっと!

私やってない!」


近くに立っていた机の主はあわててそう言ったが、斐七が刺すような目でにらむと声をつまらせた。

静琉は机を倒されたクラスメイトの感情を盗み視たが、彼女がまとう感情は大きなとまどいと弱い怒りだけで嘘をついている感情図ではない。斐七の八つ当たりを受けただけだった。

クラスメイトの感情をかたっぱしからのぞき視ていけば犯人は特定できるだろうし、前の休み時間に疑わしい女子たちが教室に残っていたのを静琉は憶えている。すでに犯人は分かっているようなものだが、静琉が事件の解答を知っていてもそれを裏付ける物的証拠がないし、静琉の特別な目をみんなに知られるわけにはいかない。容疑者につめよってもはぐらかされればそれで終わり。

ただでさえ斐七の机の周りに人が集まっていたのに、その上斐七が机を倒した音が響いたものだから、今や斐七は教室中の冷たい視線を一身に集めていた。

それでも斐七は動じる様子もなく机の上のすべての断片を乱暴につかむと、教壇の左側に置いてあるゴミ箱までつかつかと歩き、手の中のものを箱の中に押しこんだ。

斐七は同じ歩調で席に戻り、どっかり椅子に腰を下ろす。怒りの気配を表情にただよわせたままじっと前を見つめていた。斐七が止まったことで凍っていた教室の時間が逆に動き出し、斐七の周りに立っていた少女たちはそそくさと教室のほうぼうへ散っていった。それでも教室のすみにたむろするグループのいくつかは、斐七の方を見て忍び笑いをもらす。


「私、関係ないのに」


ぶつぶつと(うら)みがましく言いながら机を起こして教科書やノートを拾い集める隣の女生徒にも、斐七は一瞥(いちべつ)も向けない。もともと友情などとは無縁(むえん)の冷めた関係だろうが、それでも隣の子の感情を決定的に害してしまうあたりが他人に無関心な斐七らしいと静琉は思う。


「ねえ静琉。

なんでぬいぐるみがばらばらなの?

斐七が悪いことをしたからなの?」


静琉の右肩からフィーユのささやき声が届く。そんなフィーユの無邪気な問いに、静琉は悲しい笑みを浮かべた。


「なんでなんだろうね。

どっちが悪者なんだろ」


それまで斐七の近くに立ちつくしていた静琉は前に踏み出し、斐七の横にひざまずく。むすっとしていた斐七は「……なに?」と言って静琉をちらりと見た。


「斐七、学校でぬいぐるみ作るのは

ひかえた方がいいんじゃないかな?

やっぱり、みんなの目もあるし……」


「……どうせやるならあたしの前で

どうどうと壊せばいいのに。

(かげ)でこそこそやって、うざったいな」


斐七にも多少は思うところがあるのか、少し沈黙したあとに静琉の助言とずれた受け答えをした。「きっとみんな、斐七が恐いんだよ」と静琉は声をひそめて言った。

斐七は真正面から悪口や嫌がらせを受ければ猛然(もうぜん)と反撃し、相手のほおを思いきり張り、苛烈(かれつ)な言葉を浴びせて敵の心が折れるまでたたき続ける。だから今は斐七とまともにやりあおうという勇敢な女子などいないが、かわりに斐七に見つからない陰湿(いんしつ)な嫌がらせがしばしばあった。


「みんなと同じようにしてれば

受け入れてもらえると思うな」


「それができたらあたしも静琉も

冴夜も苦労はないだろう」


「まあ、それはそうなんだけど」


「だいたい何であたしが他人に

合わせなくちゃならない?

自分と他人は違ってて当然だろ。

静琉はあたしがかっこつけるために

ぬいぐるみ作ってると思ってるの?」


「……ううん」


「好きだから。

ぬいぐるみが好きだから、あたしは

どこでもぬいぐるみに触れていたい。

あたしが胸を張って「これは本当です」

って言えることがあるとしたら、それは

「綾森斐七はぬいぐるみが好き」って

ことぐらいだよ。

もし明日この世がぶっ潰れるとしても、

あたしは死ぬことの苦しみとか死後の

ことを考える以外はぬいぐるみを思って

いるだろうな」


そして斐七は頭をがくりと椅子の後ろに倒し、ツインテールの黒髪をぷらぷらと揺らせた。


「あたしはただ自分の気持ちに

素直なだけなのに、自分の本心を

いつわってる奴らが邪魔をする。

ああ、うざい」


斐七の声は大きく周囲につつぬけで、彼女の言葉とまるでこたえていない態度はさらにクラスメイトたちの反感を買うだろう。静琉がさりげなく周りを確認すれば、やはり幾多の視線が斐七に刺さりクラスの空気が悪化しているようだった。

静琉はそれにはらはらしていたが、同時に斐七が素敵に見えていた。自分の感情に素直で、夢中になれる生きがいをもつ斐七が静琉はうらやましい。斐七は今どんな気持ちなんだろうと思った静琉は彼女の感情を視てみたくなったが、その気持ちは胸の底に沈めておいた。斐七が大切にしている気持ちを盗み視ることは、大切な友人を軽んじることになると感じたからだ。



クラスの卑怯な誰かに作りかけのぬいぐるみを壊された。その日の夜、あたし――綾森斐七は自分の部屋のベッドにあおむけになって環形蛍光灯が白く照らす天井をぼんやりと見つめていた。夕食も風呂も宿題も済ませてあるからあとは眠るだけなんだけれど、どうにも気が高ぶって眠くならない。

その原因は分かりきっているけど、あたしはあまり怒っていなかった。色々な考えが頭の中を台風みたいに吹き荒れて、興奮状態にあるようだった。気持ちが過熱して目がさえてしまっている。こんな時は創作には向かず、何もできずに時がただ無駄に流れていくのがもったいない。

仕方がないので、あたしは目をつぶり未完成のまま消えてしまったぬいぐるみのことを考えた。あたしの今の技術レベルで仕上げていたら、多分こんな風になっていただろう。満足もしないがまるでダメというわけでもない中途半端なぬいぐるみ。できればその子を実際に見ておきたかった。その後ならべつに壊されても良かった。作品を途中で投げ出したようなすっきりしないもやもやが胸の中に宿っているのがよく分かる。

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