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「あ、(あね)さん……!?」


「よう」


六花という名前らしい女性に目を丸くした店長は、がらにもなくまるで奉公人(ほうこうにん)のように六花の前までかけよってきた。そして、うっすらと笑みを浮かべる六花に店長は「どうも。ご無沙汰(ぶさた)してます」と頭を下げた。そんな低姿勢の店長を見るのは初めてのことで、静琉はただ目をみはるばかり。


「この馬鹿女!

茶くらい出しておもてなし

してろ!」


「はあ?」


いきなり店長に怒鳴(どな)られた静琉は、きょとんとしながら店長と六花の顔に視線を往復させる。六花はつまらなそうな顔で「気づかいなどいらん」と答える。


「姐さんはなあ、当代きっての

式使いとして有名な人なんだよ!

最強の式が組めるって言う奴も多い。

白夜堂(ここ)に置いてある本のいくつか

だって姐さんが書いた式本なんだよ。

お前も式使いなら、六花さんの

名前ぐらいちゃんと知っとけボケ!」


後半の罵倒(ばとう)は耳に入らず、静琉はただまじまじと六花の勇姿(ゆうし)を見つめていた。そして静琉自身でも理解できない不思議な気持ちで胸がいっぱいになる。その感情は恋心にも似た強い感心とあこがれだった。

興奮に頭が熱せられたなかで、静琉は行動に思慮(しりょ)がともなわない初めての経験をする。静琉は無意識的にカウンター机の上に置いてあった白い本を手に取り、それを開いて六花の前に差し出した。


「あの……この子、なんなのか

分かりますか?」


「……なんだそれは」


本のページに立ち、目をぱちくりさせる小さなフィーユ。それを見取り、六花は絶句(ぜっく)する。

「くだらねえ質問で姐さんわずらわすな!」と店長は怒ったが、静琉と六花の閉じた世界には入っていけない。「すみませんね姐さん。さあ、奥でお茶でも」と笑顔でなだめすかす店長を、六花は見向きもせずに「だまってろ」と言って一蹴(いっしゅう)する。

本物の人間といっさい変わらないフィーユの細やかな動作と表情、幻影のたぐいでない見まごうことなき実体を観察した六花は、フィーユへ向けていた視線を静琉の顔へと移した。


「教えろ。これをどこで手に入れた」


刺すように冷徹(れいてつ)な目に静琉ははっと我に返ったが、いまさらごまかしても遅いし六花は黙秘を許さない雰囲気だった。

この人ならフィーユの謎を解き明かしてくれるかもと思い、静琉はフィーユを手に入れたいきさつ、白い本に記述された不可思議な文字列、そして静琉達が巻きこまれている荊姫を生む事件について静琉は話し続けた。

決まり悪そうに立ちつくす店長にはまるでかまわず、六花は立ったまま静琉の話に聞き入っていた。彼女はうなずきもあいづちも打たなかったが、話の終盤で「オルール」という名前が出たときに「オルール……」とつぶやくように静琉の言葉をくり返した。


「オルールを知っているんですか」


話し終えた静琉の問いに、六花はそれまでの威厳に満ちた顔をゆるめて微笑する。


「通称は"魔女"。もしくは

"悪魔"なんて呼ばれてる」


そして六花はオルールについて静かに語り始める。

オルールという白髪で金色の目をした少女。その経歴、人種、正体のいっさいは不明。財界政界社会に多大な影響力をもつと言われ、億万長者とも影のドンともうわさされるが真相は不明。彼女の秘密に近づいた人間は消されて誰も帰ってこないという。

100年200年を生きる不老長寿の錬金術師、もしくは数百年を生きる現代の魔物などの諸説(しょせつ)があって、どれが正しいのかすら分からない謎につつまれた少女。

唯一わかっていることは極度(きょくど)悪戯好(いたずらず)きで、気まぐれに社会に舞い降りては政策や金融や企業活動にちょっかいを出して甚大(じんだい)な混乱を引き起こすこと。そのためについたあだ名はトリックスター。


「近年は大人しくしていたようだが、

奴が目指していたという研究はもう

そこまで進んでいたのか」


静琉が持った本の上に座り落ち着かない様子のフィーユを見つめた後、六花は顔を上げてあごに右手を添える。


「研究が完成すればいよいよこっちに

勝ち目はなくなるな」


思考の世界に没入(ぼつにゅう)していたらしい六花はあごから手を離し、静琉の顔に目を向けた。そして、「お前、名は何という」と言った。


「ゆ、ゆ、透風静琉です……」


「その名は胸にとどめておく。

透風、お前から貴重なことを知った。

感謝する」


静琉が返事をする間もなく六花はきびすを返し、白夜堂の出入り口へと歩いてゆく。得意先の六花の機嫌をそこねてなるものかと(そば)で六花たちを見守っていた店主の「あ、姐さん……!?」という声にも、六花はいっさい応じない。

ぽかんとしたままの静琉と店長を置いて、六花は扉を押し店から消えた。当代最高の式使いともうたわれる六花は異様に気位(きぐらい)が高い変人ではあったが、静琉は彼女の後ろ姿に何か強い覚悟のようなものを感じとった。



休み時間中の教室、綾森斐七が自分の席に座り、左手に持った赤いフェルト片に黒い糸を通した針でちくちくと刺繍(ししゅう)模様(もよう)をほどこしていた。今はまだ布の断片でしかないが、それはいずれぬいぐるみの表面を飾る役割となる。

学校に裁縫道具を持ちこんでまでぬいぐるみを創る斐七の情熱は素晴らしい。しかし、斐七の純粋な熱意がクラスメイトの少女たちに理解されることはない。斐七は孤立していた。

ぬいぐるみ作りという乙女チックな趣味であっても、それが一般的に通るのはせいぜい小学生まで。静琉たちが通う女子校はごく普通の女子校であり、伝統あるお嬢様学校などではない。高校生になってぬいぐるみに傾倒(けいとう)する斐七は無粋(ぶすい)な周囲に奇異に映るし、ただの女子校の実態は乙女の園というありがちなイメージからほど遠い野生の国。

大半の少女たちは駅周りに建つケーキ屋やアイスクリーム販売店、喫茶店であきなわれるお菓子をめぐるのに夢中であり、それ以外はケータイ、彼氏、カラオケ等々が興味のほとんどを占めている……つまりは享楽的(きょうらくてき)な者ばかりなのだ。

何かに一生懸命打ちこむ斐七の姿は、少女たちがふたをして無視し続ける努力の大切さや熱意を呼び覚ます。そうして不快な気持ちになった生徒たちは、自分たちの価値観に合わない斐七を変人扱いし、敵視した。


「あいかわらずすごいなあ。

斐七はいつも」


「放っておきましょう。

集中しているところに構うと

あの子怒るし」


静琉は窓際にある自分の席に座り、教壇近くの斐七を見てつぶやいた。静琉の前には紅月冴夜がわが物顔で他人の席に腰かけている。

佐々倉美香の身体を乗り物にしてオルールが現れてから一週間が経ったが、それから何も起こっていない。美香を診に行った時に佐々倉家と静琉の電話番号を交換しておいたから美香の様子を電話で聞いてみたが、美香は変わらず眠り続けているらしい。美香が起き上がり外を歩いていたことはなぜか知らないようだった。オルールという非現実的で正体不明の人物を知らせて佐々倉たちを不安にさせたくなかったので、美香が動いたことを静琉は話していない。


「ねえ静琉。斐七のことよりフィーユ。

フィーユに会わせて」


友達であるはずの斐七をなかば見放したように話を切りあげて、冴夜は甘えるように静琉の顔をのぞきこむ。「だめだよ、人目があるんだし」と言った静琉に、冴夜はむっとした表情を見せた。余裕に満ちた優雅な態度が常である冴夜がそれを少しでも崩すのはとてもめずらしい。相当フィーユに執心しているようだ。


「だいじょうぶ」


そうささやいて口づけでもするかのようにぐっと顔を寄せる冴夜に、静琉は「な、何」とうろたえた。


「私と静琉がくっついて壁をつくる。

さらに私の手の中にフィーユを出す。

これでまず誰の目にもつかないわ」


「嫌だよそんなの!

見つからない保証なんてないし、

冴夜とくっついたら私まで女好きの

アブノーマルに見られてしまうよ!」


「断るのなら静琉に抱きついてキス

するわ。

シェークスピア風の演技がかった

台詞で愛を告白するわ。

あなたのこと、嫌いじゃないしね」


己のくちびるに人差し指を当てて妖艶(ようえん)に微笑む冴夜に、静琉は「あーもう、さっさと済ませて!」と覚悟を決めた。「ありがとう静琉」と言ってにっこり笑う冴夜と静琉は肩を寄せ合って、2人で窓の方を向く。こうすると2人の背中が人目をさえぎる壁となり、冴夜の言うとおり手元が見えなくなる。少女たちを奴隷にして恋人のように引き連れる冴夜。そんな彼女の顔に近づき身体に触れて体温を感じていると、エスでない静琉でさえどこか妙な気分になってくる。

背後で小さなざわめきが起こり静琉や冴夜の名を呼ぶ声が上がったようだが、クラスで変人視されている静琉にはまもるべき名声も見栄(みえ)もない。もはやどうにでもなれという心境だった。


「さあ、早く」


すでに冴夜は両手で受け皿の形をつくり、フィーユの登場をいまかいまかと待ちかまえている。静琉は思わずため息をもらし、透明化して肩に乗っているフィーユに「フィーユ、悪いけどお願い……」と小声で言った。

従順なフィーユは冴夜の手のひらに降り立った。姿を現しおずおずと見上げるフィーユに、冴夜は恋する乙女のような陶然(とうぜん)とした顔を見せる。こんな表情の冴夜は恋奴隷の少女たちの前にしている時でも見せたことはない。

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