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第6章 ギルド認可

 北門は息を止めたように静かだった。

 霧は低く、雨は細く、石は冷たい。

 俺たちは二拍回しを一段上げ、囮歌と止まないの揺らぎを混ぜて、霧の舌を扇で撫でる。


——【北帯:死霧濃度 高止まり/視程 22m】

——【印:三角(迷走)×2/扇(誘導)×3/持続チェック 良】

——【合唱:持続 06:40(推定)/臨時合唱 1 参加】


 城壁の上で塔灯が赤から橙へ落ちた。

 精鋭は来ない。来たのは、霧に紛れて石壁を試す測りだ。

 俺たちは角を作らず、拍で流した。

 矢は最小。声は短く。印は重ねない。


——【敵対ユニット:6→0/人的損害 0】

——【Umbra 認知疲労:41%→38%(明度落とし)】


 夜明け前、霧が引き、雨音だけが街を洗った。

 石段に座っていた不明の影がフードを外す。女だった。

 真っ直ぐ立ち、雨を気にしない目でこちらを見る。


「――査察。ギルド本部のナタリアだ。昨夜から見ていた」


 ミラが弩を肩から外さず、顎だけで応じる。

 俺は旗を下げ、入場曲の最後の拍を踏んでから立ち止まった。


「傘の下、Umbra。査察の基準は?」

「三つ。一、民間区画でのバフ回しが機能すること。二、非戦闘員の導線が印で区切られていること。三、当夜の負傷率が規定値以内であること。

 追加で昨日、囮依頼の成功度が高評価だ。話が早い」


 ナタリアは足元の扇の印を見て、かすかに笑った。

「拍で回すのは珍しい。歌で会計をする変わり者も初めてだが」


「覚えやすさは武器だ」

「同意。――では、確認する」


 彼女は手帳を開き、早口で質問を繰り出した。

 印の持続、交差点での軽の点在、固の締め位置、温の重ね禁止、歌のテンポ、鍋の水線、屋根の警笛の間隔――。

 俺は必要なところだけ数字で答え、あとは拍で答えた。

 ミラが実演し、エレナが導線を指でなぞる。ゲイルは肩で角を作り、タオは薄くなった印を上書きする。


——【査察:進行 68%/評価:良】


 石段の下で、人が集まり始めた。

 掲示板の前に立つ若い剣士が鼻で笑う。

「歌って跳ねて、踊り子かよ。火を焚いて叩き潰せばいい」

 勇者一行に連なる顔――後に知る名だが、この時はただの火力主義の若造だ。


 ナタリアが視線だけで彼を黙らせ、こちらに戻る。

「最後。緊急受け。この場で小規模の避難誘導を実演しろ。条件は**“老人二・子ども三・雑踏”**だ」


「了解。B→Cラインを使う。合唱、“止まない”を半音落として」


 俺は灰を取り、地面に軽を点々と置く。

 矢印は斜め、窓下は空ける。

 温は遠目の入口にひとつ。固は足元ではなく靴底のラインへ。

 ゲイルが角で人流に切れ目を入れ、エレナが老人の背を軽で誘導する。

 ミラは屋根から視線を落とし、赤が出ないかだけを見る。


「――歌」

 タン、タン、ターン。

 入場曲が短く回り、軽の点が光って見えた。

 人が押さずに流れる。

 老人の咳が拍に合って浅くなり、子どもが泣かずに固を踏む。

 温に入ったところで、ナタリアが手を上げた。


「合格」


——【査察:完了/評価:合格(特例審査)】


 彼女は革袋から木札を取り出した。

 傘の形の焼き印、灰色の縁。

「仮認可だ。正式印は辺境伯の試問の後。だが今日から『依頼板』に並べる。

 条件は三つ。一、夜警の一枠担当。二、衛生導線の維持。三、灰札の外部決済禁止。外には硬貨で払え」


「了解。灰札は内だけ。外へは出さない」

「良い。――それと」


 ナタリアの視線が、俺の目に止まった。

「HUDの目だ。見過ぎだ。落とせ」

 俺は小さく笑って、明度をさらに一段落とした。

 視界の数字が遠のき、雨の匂いが近づく。


「傘の下、仮に――いや、ここに認可する」

 木札が俺の掌に渡る。

 重さは約束の重さだった。


 周囲で小さな歓声が上がり、拍が自動的に始まる。

 タン、タン、ターン。

 子どもが跳ね、老人が笑い、ミラが弩を肩から外した。

 エレナが目を細め、ゲイルが拳を胸に当てる。

 タオは煤だらけの指で木札を撫でた。


——【ギルド:仮認可/依頼受注枠:2→5(小型含む)】

——【評判:スラム内 上昇/市街端 中立→好意】


「……で、最初の正式仕事は?」ミラが口角で笑う。

「赤鉄工房へ。門を叩く。結界塔が要る」

 俺は木札を旗の下に括り、雨の空を仰いだ。


「止まなくても、歩く。傘の下、行く」

 ここまで読んでいただきありがとうございます、雨守アンブラです。

 序章では先出しで街ごとバフのカタルシスを、プロローグでは現代の不遇と事故死の背景を短く置き、1〜6章で“歩くための仕組み”を段階的に積みました。

 この章までの設計メモを少し:

•ヘイト=敵対値だけでなく、人流の歪みや需要の集中の比喩としても扱っています。

•三つの円(温・軽・固)と二拍回しは、読者が真似できる戦術であることを意識。ゲームUI風のHUD行頭表示は“説明役になりすぎない”バランスで。

•歌(囮歌/入場曲)は、呼吸・歩幅・意志決定を同期させる“ソフトなインフラ”としてのガジェットです。

•灰札は内部経済の可視化。外部には出せない制約をかけ、政治フェーズ(アーク3)で効いてきます。

•今章で仮認可を取り、次章は「赤鉄工房の門」。工学×結界でタワーディフェンスのハードなインフラ側に踏み込みます。


 感想・誤字報告、とても励みになります。

 次回も、雨の下を一歩ずつ。止まなくても、歩く。

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