プロローグ 現代の生活と転生の背景
朝の光は青白い。蛍光灯と同じ色をしている。
目覚ましは三つ。止めても止めても、会社は待ってくれない。
「佐伯くん、今日の会議、資料直しておいて。昼までに」
「承知しました」
口は答えるが、胸は答えない。
内科の待合室で、心電図の紙が蛇のように床に落ちた。医師は穏やかに言う。
「休めるなら、休んでください」
「休めたら来てません」
唯一、息ができる場所があった。
夜。狭い部屋。目の前に広がる別の世界。
レイドのチャットが光り、名前が流れ、役割が並ぶ。
《Umbra、バフ回しの指示を》
《盾のヘイトが跳ねる、換装を三秒早めて》
《合唱、転調A→D、回復は遅延二拍》
Umbra。それが俺の名前だった。
ここでは俺の一言で、二十人が死なずに済む。
誰かが強くなるための道筋を、俺は組める。支援職――主役にはならないが、全員を走らせる足場だ。
朝は、来る。
会議室の時計は、秒針の音だけ大きい。
帰りのエレベーターは、深夜のビルの真空を下っていく。
軋んだ音。焦げたにおい。
床が、抜けた。
落ちる最中に、思い出すのはゲームのログだった。
《Umbra、助かった》
《あんたがいたから勝てた》
俺は笑った。
雨の音が聞こえた。
それは、次の世界の音だった。