表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

#1 お願いだからそっちにヘビを持ってこないで



 春の匂いがまだ残る、四月の始業式。  名古屋市立ニゲラ中学校の一年一組、教室のざわめきの中に、

市ノ瀬風巳はいた。


「市ノ瀬風巳です、趣味は……家庭菜園です」


 自己紹介の順番が来て、立ち上がってそう言ったとき、教室の空気が一瞬、妙に静まった。  ざわ……ざわ……と後ろの席でささやきが起きる。


(え、家庭菜園? 中一男子で?) (なんか、おばあちゃんちでやってそう……)


 風巳は席に座ると、気まずそうに下を向いた。だがその直後、隣の席の女子がガタリと身を乗り出してきた。


「え、マジで? それってさ、野菜も育ててるの?」


 話しかけてきたのは夜守涼音。サイドダウンの髪と運動部っぽい健康的な雰囲気に、目を引く女子だった。


「う、うん。ナスとかトマトとか。あ、でも最近はコマツナも……」


「それってさ、最高じゃん!」


 キラキラした目で夜守は言った。「エサ代、めっちゃ浮くじゃん!」と。


「……え?」


「わたし、いま生物部見学しててさ!」


 その瞬間、風巳の世界がぐらりと傾いた。



 昼休み。夜守に「いいとこ見せてやる」と強引に連れてこられたのは、理科室の一角。


「ここ、生物部の部室なんだけど、今仮入部中なんだ~」


 そう言って夜守は勝手に鍵を開けると、中へ入っていった。  風巳は戸惑いながらも中に入る。


 教室の中には、透明なケースがずらりと並んでいる。水槽、ケージ、テラリウム。


 ケースの中には、黒光りするトカゲ。葉っぱの上で丸くなっているカエル。とぐろを巻いたヘビ。


「うわあああああ……」


 風巳の体が震える。


「こいつら、全部わたしたちの仲間!」


 そこに眼鏡をかけた三つ編みの女子が現れた。亀崎澪。理知的な雰囲気ながら、手にはカメのぬいぐるみを抱いている。


「夜守、餌の時間だよ」


「おっけー! じゃあ風巳くん、見ててね!」


 夜守は冷蔵庫を開けると、透明なタッパーを取り出した。  中には刻んだニンジンとキャベツ、そして……ゴソゴソ動く黒い影。


「はい、今日のごちそう。ミルワームとマダゴキ!」


「……え」


 風巳の目の前で、カエルが舌を伸ばし、ゴキブリを丸呑みにした。  トカゲが野菜の切れ端を飛び越えて、ワームに食らいつく。


「うわ、ちょ……マジで……」


 ふらつく風巳。


「君、野菜育ててるんでしょ? こういうの育ててくれたら、すごい助かるよ?」


 さも当然のように夜守が言う。


「だ、誰がゴキブリのために畑やるかぁああああ!」


 風巳の叫びが、理科室に虚しく響いた。


 そのとき、奥の扉が開いて、大柄な男子生徒が入ってくる。眼鏡に端正な顔立ち、完璧な制服姿。


「おや、新入部員?」


 部長、輝宮星真の登場である。


 その後ろから、ボブカットの紫髪の女子、毒島蛇菜がひょいと顔を出す。


「なに? ビビって泣いた?」


「泣いてないし!」


 部長はにこりと笑って言った。


「歓迎するよ。ニゲラ生物部へ。……で、ヘビは大丈夫かな?」


 その瞬間、夜守がニシキヘビのケージを持ち上げて、風巳のそばに近づける。


「や、やめろって! お願いだからそっちにヘビを持ってこないで!」


 こうして、市ノ瀬風巳の波乱の生物部ライフが――まだ入部すらしていないのに――幕を開けた。

ずっと書きたいと思っていた小説を書きました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ