第二話 思い出の行方
喫茶店を出ると、冷たい風が肌を撫でた。冬の終わりの名残を感じる、ひんやりとした夜の空気。
気づけば、足は商店街へ向かっていた。
あの夜、僕らはこの通りを歩きながら、祭りの屋台で線香花火を買った。細い道にぶら下がる赤い提灯の明かり、屋台の喧騒、浴衣姿の彼女の横顔――記憶の中の情景は、どこか遠く、霞がかかっているようだった。
今、そこに屋台はない。店じまいを終えたシャッターが規則的に並ぶ、静まり返った商店街の風景があるだけだった。
「こんな時期に、花火なんて売ってるのか……」
そう思いながら、僕は商店街を歩いた。
コンビニの店先、スーパーのレジ前、小さな雑貨屋の片隅――どこを探しても、夏の風物詩はそこにはなかった。
まあ、当然だろう。季節外れの買い物だ。店員に尋ねても、怪訝な顔をされるばかりだった。
途方に暮れ、ふと目に入ったのは、昔からある駄菓子屋だった。
「まだ、あるだろうか……」
半ば諦めの気持ちで、扉を押す。
店の奥には、所狭しと並ぶ古びた棚。瓶ラムネ、ブリキの玩具、色褪せたパッケージの駄菓子たち。
そして――見つけた。
店の隅の木箱の中に、線香花火の束が無造作に並んでいる。
指でそっと摘み、手に取る。袋越しに伝わる懐かしい感触。
「こんな季節に珍しいねえ」
レジにいた店主の老婆が、皺だらけの手で商品を包みながら言った。
「ええ、ちょっと試したいことがあって」
自分でも、なぜこんな曖昧な答えをしたのか分からない。でも、店主はそれ以上何も聞かず、静かな笑みを浮かべた。そして小さな紙袋に線香花火を入れ、僕に手渡す。
「楽しんでおいで」
その言葉に背を押されるように、僕は店を出た。
向かう先は、決まっていた。