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私の好きな人は。

職員室、私は窓から外を眺める。

5月のカラッと晴れた空の下、子どもたちが右に左にと走り回っている。


子どもが100人以上は走っている様子を見ながら、私は1人の男性へと目線を送る。


彼は他の子どもたちと同じように、一緒になって走っていた。春咲 遥太、それが彼の名前だ。

鬼ごっこをしているようで、今は1人の少年を全力で追いかけている……が、全く追いつける様子はない。

前を走る少年は、フェイントをかけてその差をより広げていく。


それでも彼は必死に走っていた。ずれ落ちそうなメガネを指で持ち上げながら、息を切らせて彼は走る。


すると、突然私の後ろから声をかけられた。


冬坂ふゆさか先生、何してんの?」


チラリと目線を向けると、背後で手を組んだ秋吉先生が立っていた。


「秋吉先生ですか。いえ、少し運動場の様子を」


私は再び春咲先生を探す。彼は流石に追いつけなかったようで、両手を膝について、肩で息をしていた。

と思ったら、春咲先生は再び走り始めた。


「暑いのに、みんなよく走ってるな」


「はい、それに先生も」


「ははっ、ほんとだ、春咲か?あれ」


「春咲先生です」


春咲先生は今度は別の子を狙っているらしく、同じ鬼の子どもたちと一緒に、協力しながら追い詰めていた。

そこで、左右から挟み撃ちにしようとするが、春咲先生の速度が遅くてそれは叶わない。

春咲先生の方から、逃げる側の子は結局逃げおうせた。


「春咲、全然追いついてないじゃん……あんな全力なのに」


秋吉先生は春咲先生と仲が良い。秋吉先生の方が少し年上のはずだが、2人に年差がほとんどないからだろうか。とにかく、よくご飯に行っているようだ。


今の秋吉先生の言葉を聞いて、そんな2人の距離感が分かる。


実際、春咲先生を見ると、彼はもう限界と言ったように、座り込んでしまっていた。ズボンが汚れることなんて気にもせずに俯いている。


思わず笑ってしまった。


「ですね……ふふっ」


ドサッと背後で音がした。どうやら、秋吉先生が持っていた何かが落ちたようだ。

しかし、彼は気づいていないのか、こちらを見たままボーッとしている。


不思議には思ったものの、私は一歩秋吉先生のもとに近づくと、足元に落ちている音楽の教科書を拾った。


「これ、落としましたよ?」


その教科書は、なぜか濡れていた。


「あ、ありがとう」


「いえ、それでは」


教科書を秋吉先生に渡すと、私は教室に向かって歩き始めた。

もうだいぶ慣れてきた廊下を歩きながら、私はこの学校に赴任してきてからの一ヶ月と少しを思い出す。


4月初め。子どもたちもまだ春休みで学校に来ない頃、先生たちの1学期は始まる。

満開の桜の下、私、冬坂ふゆさか冬乃ふゆのは初めてこの学校にやってきた。


今年から1人暮らし……いや、大学生の妹と一緒だから、2人暮らしを始めた私は、借りているアパートからここまで自転車で通勤した。


自転車を止めると、目の前にゴミ袋が歩いていた。三つのゴミ袋から足が生えている。


そのゴミ袋が話しかけてくる。


「おや、もしかして、冬坂先生ですか」


先生という敬称に少し胸が高まる。


「は、はい、冬坂冬乃です……」


ゴミ袋に……いや、ゴミ袋の向こうに立つ人物に対して返事をする。


「そっか、よろしくね!僕は春咲遥太、君の同僚だよ」


そう言うと、ゴミ袋を持った人物がそれを地面に置いて、微笑んだ。

彼は、メガネをかけたまさに優男、という言葉がよく似合う男性だった。髪の毛は自由にさせているのか、ふわふわしていて、どこか鳥の巣を思い出させた。


笑うことで目尻にシワを作る彼の雰囲気は優しげで、きっと子どもたちから好かれる先生なんだろうなと思う。


「よろしく、お願いします」


「うん!そうだ、職員室なら一緒に……と思ったけど、僕はこれ捨ててこなきゃ」


彼は足元に置いていたゴミ袋を指差した。


「それなら、手伝いましょうか」


「ありがとう!でも、いいよ、せっかくのスーツが汚れても、あれだしさ」


私のスーツのことを言っているのだろう。今日は初出勤ということで、私は黒いスーツとパンツを身につけていた。


「じゃあ、僕は行くね!職員室はそこの玄関から入って2階だよ」


「ありがとうございます」


彼はそれだけ言い残すと、ゴミ袋3つを抱えて立ち上がった。


ボトン


ゴミ袋が1つ落ちた。


「あっ」


春咲先生は、気不味そうに、ゴミ袋を拾い上げようとする。2つを抱えたまま、余った指で落ちた袋の結び目に指を通そうとする。


ボトン


また、ゴミ袋が一つ落ちた。


結局、一つしか持っていない春咲先生と目が合う。彼の顔は赤くなっていた。


「やっぱり、持ちますよ」


自転車から持って降りたカバンを前カゴに入れ直して、下に落ちたゴミ袋を持ち上げる。


「あ、ありがとう」


彼も自分1人では運べないと悟ったのか、私の提案に素直に頷いた。


「あれから、確か一緒にゴミ置き場まで運んだんでしたね」


なんだか、優しそうだが、不器用な……生きづらそうな、何というか、残念な人だなというのが彼の印象だった。


ここまで廊下を歩いてきた私は、自分の担当している教室『2年2組』の扉を開けた。


すると、待っていましたとばかりに、教室にいた子どもたちがやってきた。


「せんせぇー!おかえりなさい」


「おかえり、せんせ!おりづるつくって!」


「なにしてたの?せんせ」


彼ら1人1人に言葉を返す。


「ただいま戻りました」


「折り鶴ですね。いいですよ。一緒に作りましょう」


「少し用事で職員室に戻っていました」


子どもたちを嗜めながら、教師机の椅子に腰掛けると、横についている棚から折り紙の箱を取り出した。


「どうぞ、皆さんもやりましょう。『自由に』一枚とってください」


箱を開けると、子どもたちが自分の好きな色を取っていく。ピンク、青、金……持っていく色で子ども達の個性が出る。


「私は白にしましょう」


「しろ?もっときれいないろあるよ?」


「鶴は白色ですから」


「ふ〜ん」


子どもは白である理由にすぐ興味を無くしたようで、早く自分の作品を作りたくてソワソワしながらこちらを見ている。


「ではいきますよ。まずは、半分に……」


それからしばらく、私は子どもたちと一緒に折り鶴を作った。


「ははっ、カラフルなつるだ!」


「わたしのかわいいー!!」


完成した作品をみんなで見せ合いっこしてはしゃぐ子どもたち。

同じように折ったはずなのに、羽が短い子や頭がひと回り大きくなっている子、尻尾がある子に尻尾がない子……様々だった。


すると、赤色の折り鶴を折った子が、私がお手本として作ったものを見て言った。


「やっぱり、せんせいのはきれいだねぇ。おてほんのとおりだ」


ドキリとした。自分の作品を見る。その折り紙は白くまっすぐで、何の面白みもない。

言われた通りにした、まさに『模範的な』できだった。


「私は……私は、あなたたちの作品の方が、素敵だと思いますよ」


見比べれば、その差は一目瞭然だ。

こんなもの……。


「さて、そろそろチャイムがなります。次の勉強の準備をしましょう」


時計をチラリと見て、私は席を立つ。

ちょうどそのタイミングで、運動場からクラスの子どもたちがゾロゾロと帰ってくる。みんな汗だくだ。


「おぉ、折り鶴か!上手だなぁ」


声がして廊下を見れば、折り鶴を見てもらおうと上に掲げる子どもと、それを突きつけられる春咲先生が立っていた。


なぜここに、と思ったが、おそらく春咲先生は子どもたちと同様に、チャイムが鳴るから教室に帰っている最中だったのだろう。

それで、自分の作った作品を自慢したくなった子が、廊下を歩いていた春咲先生を引き留めたのだろう。


褒められているのを見て羨ましくなったのか、引き寄せられるように子どもたちが自分の鶴を持って廊下の方へと集まっていく。


「先生!これも!」


「すごい!一生懸命折ったのが伝わってくるよ」


「こっちは、金ピカかぁ、かっこいいね」


「顔のパーツが大きいのも、迫力があっていいな」


次から次に見せられる折り鶴に春咲先生はコメントを返していく。


さすが、見る目がある。やはり、子どもたちの作品には、彼らにしか作れない良さがある。


「そこにある白いのも素敵だね!」


すると、その言葉に引かれるように、子ども達の目線がこちらを向いた。


「ふゆさかせんせいがつくったんだよ!あれ」


「そうかぁ、冬坂先生が……やっぱり、丁寧だね」


そう言うと、春咲先生は笑った。


「どれも、どの鶴も、すごくいいね!」


そのとき、チャイムが鳴った。


「おっと、じゃあ先生は行くね!みんな、また何か作ったらぜひ見せてね!」


「うん!」「はーい!」


子どもたちは嬉しそうに頷いた。


春咲先生は、廊下を走らないように……それでも急足で去って行った。


私には、冬坂冬乃には、好きな人がいる。


その人の名は、春咲 遥太


私の職場の先輩だ。

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