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縁切り喫茶

作者: 和の心

「写真」「縁」「ライター」の三つのお題から書きました!楽しんで頂けると幸いです!

「本当にいいんですね」


 白い髪に青い瞳。端正な面持ちの青年が念を押すように目の前のカウンター席に神妙な面持ちで座る婦人に問い掛ける。


「はい……もう、疲れたんです。母の世話をするのには。もしこれでその負担がなくなるのであれば……どうぞよろしくお願いします」


「分かりました……では、写真をお預かりします」


 既に差し出されてある写真を青年は手に取ると少し顔を曇らせた。


 そこには、目の前いる婦人と老婦人が笑顔で並んでいる。写真の婦人の姿は今よりも若く見えるため、昔に取られた写真であるように思える。


「本当によろしいのでしょうか……もうお母様に会えなくなるのですよ?」

 再び念を押された婦人の表情にグッと力が入ると、次には完全に俯いてしまい表情の確認が出来なくなる。


「――はい。構いません……」


「そう、ですか……かしこまりました」


 曇った顔のまま青年は了承する。


「では、貴女のお母様との縁を切らせて頂きます」


 そう言うと青年はハサミを持つとその写真に刃を添える。すると、写真の中で立つ二人の間に細かな点が現れ始める。


 青年はその点に沿って写真にハサミを入れ始める。


――ジャキジャキ、ジャキ。


 丁寧に、現れた切り取り線に合わせて青年は写真を切る。婦人はその間も目を伏したままであった。


――ジャキジャキ、ジャキン。


 端から端まで切り取られた時、ハラリと婦人の母親が写った方の写真が落ちていく。


「これで、貴女とお母様の縁は切られました」


「…………」


 婦人は何も答えないただ俯いているだけであった。


――ブーブー


 と、婦人のポケットに入った携帯が震える。


「スミマセン……」


「いえ、どうぞ」


 構わず電話に出る事を青年は勧める。


 それを聞き、婦人は電話に出ると、「ええ」「はい」と繰り返す。そして暫くして電話を切った。


「……夫が急な出張になったそうです。高齢な母まで連れていけないから、施設に入れると言っていました。既に母も私の姉家族の所にいるらしく、その後の手続きは今まで面倒を見てくれたからという事で全て請け負ってくれるらしいです」


「そうですか」


 青年は浮かない顔をしている。


「縁が切れたのですね」


「はい、もうお母様に会う事は出来ません」


「そうなん……ですよね」


 悲し気な表情の中にどこかホッとしているような柔らかさを見せる婦人。


「ありがとうございました。お代はここに置いておきますね」


「ありがとうございます。新しい地で再び貴女に良い縁がある事を祈っております」


 婦人は軽く会釈して、出口の扉を開く。カランコロンと鈴を鳴らしながら婦人の姿を隠すように扉は閉じた。





「ねぇ! ちょっといいかしら!」


 扉の鈴を激しく鳴らしながら制服を着た少女が粗々しく入店してきた。


「ここって友達との縁を切らせてくれるって聞いたんだけどホントかしら?」


 ツカツカと喫茶店のカウンター席に歩きながら、カウンターに立つ白髪で青い瞳を持った青年にズケズケと問い掛ける。


「お客様、ここは喫茶店ですので何かお飲みになられてはどうでしょう? その上で落ち着いてお客様の話をよく聞かせて頂けないでしょうか?」


 柔らかな物腰で青年は女子学生の対応をする。


「それもそうね、じゃあホットコーヒーを貰おうかしら」


「はい、ただいま」


 かしこまると青年は注文品の準備を始める。女子学生も立って待つのはバツが悪いと思ったのか、カウンター席にスカートのシワを気にしながら着席した。


 そしてほどなくして、湯気が立ったコーヒーが女子学生の元に提供される。


「それでいかがなされたのでしょうか?」


「無くされたのよ!」


 怒りを思い出したのか急に大声を出す女子学生。しかし、目の前で静かに優しく微笑む青年を見て、声を荒げた事に恥じらい、コホンと一つ咳払いをした。


「私の幼馴染で親友の子が幼い頃から大切にしてたお揃いのキーホルダーを落としたのよ」


 女子学生は話し始めると同時にカウンターに備えてある、ミルクと角砂糖をコーヒーに混ぜ始めた。


「親友の証だと思って大切にしていたのは私だけだったのか! て、思って、絶交してやるって言ってやったわ」


 ミルク二杯、角砂糖3つを入れて女子学生はようやくコーヒーをかき混ぜ始める。


「私がいないと何も出来ないくせに、私がいないとどうなるか思い知らせてやるんだわ!」


「それでウチに来てくださったと?」


「そうよ! ちょっとは痛い目をみるべきなの、あの子は!」


 「アチっ」とコーヒーを飲もうとした女子学生が小さな悲鳴を上げる。舌を火傷した少女はコーヒーを冷まそうとフーフーと息を吹きかける。


「なるほど、お客様の話はよく分かりました。ですが、そのご依頼はお受けする事が出来ません」


「んぐ、ゲホゲホッ! え、なんでよ!」


 ようやく冷めたコーヒーを喉に詰まらせながら女子学生は青年に食って掛かる。


「貴女はまだその方の事を大切に思っているからです」


「誰があんな奴の事……!」


 再び声を荒げようとする女子学生に対して青年はシーと口にひとさし指を当てる。


「縁を切ると言う事をちゃんと理解していない貴女のご依頼を私は受ける事が出来ません。縁を切るという事、絶縁するという事は確固たる覚悟がないとしてはいけない事なのですから」


「そんなの分かってるわよ!」


 青年の指をどかして少女は言う。


「いえ、分かっておりません。いいですか、縁を切るという事はその幼馴染の方にもう二度と会えないという事なのですよ? 絶縁するという事は死ぬまで貴女の大切なご親友様の声も聞けないという事なのです。本当に貴女はその覚悟をお持ちになっているのですか?」


「あ、あるわよ! あるに決まってるでしょ!」


 もう後に引けないと言った様子の女子学生。


「確かアイツとのツーショットがいるって聞いたけど、それもちゃんと持ってるんだから!」


 そう言うと、女子学生は学生カバンの中に手を入れ、小さな内ポケットから写真を取り出した。


「ほらっ! これがあればアイツと絶交できるんでしょ?」


 青年の顔の前に突き出すように写真を見せる女子学生。その写真は確かに女の子二人が写っているが、かなり幼く右に立つ少女に女子学生の面影を微かにしか感じられない程、幼い姿の写真であった。


 無理矢理突き出された写真を見た青年は急に顔をしかめた。


「ちょっとスミマセン! その写真貸して貰えますか!」


 急に大声を出し、女子学生の返事を待たずに写真を彼女の手から取った青年。


「あっ! ちょっと!」


 急に写真を奪われて動揺する女子学生。しかし、そんな事をお構いなく青年はマジマジと写真を見つめる。


「喧嘩したのはいつです?」


 青年は女子学生に問う。


「え、なによ?」


「喧嘩したのはいつです⁉」


 今まで落ち着きのある優しい口調だった青年が上げた急な怒鳴り声にビクリと驚く女子学生。


「ついさっき……ですけど……」


 青年の口調の変化につられ敬語になってしまう女子学生。


「キーホルダーはどこで失くしたと言っていました?」


「え、学校近くにある河川で落としたかもって言ってたけど、え、何? 何なんです?」


 だんだん表情に怯えが見え始める女子学生。


「学校近くの河川……時間的にまだ間に合うかも」


 そういうと青年はレジ下の引き出しからライターを取り出した。


「え、何するんですか⁉ 間に合うって何なんです⁉」


 ついに取り乱し始めた女子学生に落ち着いて事情を話し始める青年。


「この写真から貴女とご親友様の間に縁を感じとれないのです」


「それって……どういう事なんですか……?」


「貴女はもう二度とご親友の方に会う事が出来ないという事です」


「え、どうしてよ! さっきまで一緒に居たのよ⁉」


 会う事が出来ないと言われ余計に取り乱す女子学生。先程まで縁を切ろうとしていた事が嘘のようである。


「多分、何かの事故に遭われたのかと。多分、失くしたキーホルダーをお探しになられて」


「そんな! 嘘よ!」


「嘘ではないのです……ですが、もしかすると、まだご親友様を助けられる可能性がございます。ですので、スミマセンがこの写真を使わせて頂きます」


「写真を……? いいわよ何だって! あの子が助けられるなら!」


「かしこまりました」


 そう言うと青年は先程取り出したライターに火を付けて写真へと近付ける。


「何をしているの」


「申し訳ありませんが集中いたしますので」


 丁寧な物言いだが要するに声を掛けるなと言う事である。


 それを理解したのか女子高生は口を紡ぎ、青年の行動を見守る。


 青年はそっとライターの火を写真に近付け、燃やさない程度で離す、を繰り返す。


 どうやら写真に一定の間隔で焦げ目をつけている様であった。


 焦げ目の点は写真の少女達の間を縫うようにつけられて行く。


 そしてついに最後の焦げ目をつけ終わると、あの時の婦人が見せた写真に浮かび上がった切り取り線と似た焦げ目が付けられていた。


 相当集中したのか、青年は額に大量の汗を掻いており終わった瞬間、背後の壁にもたれ掛かった。


「終わったの? あの子は大丈夫なの?」


「はい、無事終わりました……ですが、ご親友様が無事かどうかは……」


「そんな――」


――タラランタンタン、タラランタンタン


 と、女子学生の制服の中で音楽が鳴る。


「――‼」


 急いでポケットから携帯を取り出す女子学生。


「――優香‼」


 泣き崩れそうでどこかホッとした顔をみるに、その電話の主が先程から話に出てきていた親友である事が察せられた。


「もしもし優香⁉ 大丈夫⁉」


 気が気でない様子で親友の安否確認をする女子学生。


「うわっ! びっっくりしたー。どうしたの真子ちゃん? そんな大声で。やっぱりまだ怒ってる?」


 急いで電話に出たせいでスピーカーモードになっていたらしい。


「あんた大丈夫なの⁉ 怪我とかしてない⁉」


「怪我……? してないけど、でもビシャビシャになったから少し寒いかな」


「ビシャビシャってアンタまさか……!」


「うん、キーホルダーを探してたんだ。途中で転んじゃって全身ビショビショだよ」


「アンタ――」


 危ないから離れろと、言おうとした真子よりも早く優香が話す。


「見つけたよキーホルダー。だから絶交なんて言わないでよ」


「アンタ……アンタぁぁ」


 涙声で言葉にならない真子。


「あれ、え、泣いてるの真子ちゃん? ごめんごめん! 私が悪かったから! 好きなアイス買ってあげるから許してよ!」


「……ハーゲンダットでもいい?」


「いいよー。せっかくだから私も食べようかな、いや寒いかも……。まぁ、だからまた一緒に帰ろうよ。それとももう帰っちゃた?」


「まだ、近くにいる。一緒に帰るからいつものコンビニ待ってて」


「うん! じゃあ、また後でね!」


 と言って切れる電話。


「無事で何よりでした」


 青年は安堵したように電話を終えた真子に話しかける。


「……ありがとうございます……何でしょうか?」


 正直、場の雰囲気に飲まれたが、元々半信半疑どころかほとんどデマだと思って、八つ当たりのようにこの店にきた真子。親友に対する不満の憂さ晴らし程度にしか考えておらず、本気で縁を切ろうと思っていなかったのは彼女とその親友のやり取りを見れば一目瞭然であった。


 そんな彼女が青年の言った事を落ち着いた今では全て鵜呑みにする事が出来なかった。


「いえ、礼には及びませんので」


 すっかり落ち着きを取り戻した青年はいつもの様子で真子に接する。


「いや、でも、きっと優香を助けてくれたんだと思うから……ちゃんとお礼が言いたい……ありがとう」


「はい、ご親友様がご無事でよかったです」


 微笑みを向ける青年。裏表のない本当に善意で言っているのが伝わる。


「いったい何をしたの?」


 最初から最後まで彼が何をしていたのか理解出来ない真子。多分、聞いても分からないだろうと思っているがどうしても聞かずにはいられなかった。


「無くなった縁をもう一度だけ結んだのです。写真に縁を切るための切り取り線を描く事で本来消えたはずの縁を再び結び直す事が出来るんです。ですが、この方法は亡くなられた方には意味がないので、本当に時間との勝負でした」


「え、でも、どうして優香が生きている間に私との既に縁が切れていたの?」


「優香さんが亡くなるまでに、貴女が彼女に接触する事が不可能だったからです。直接会うのも勿論、きっと濡れるだろうという事で携帯電話も遠くへ置いていたのだと思います」


 つまり、この喫茶店にいた真子は既に優香が生きている間に会う事はおろか声を聞くことも出来ない状態であったため縁が消えていたという事である。


「本来、優香さんは今日、恐らく水難事故で亡くなるはずだったのだと思います。ですが、貴女との縁を繋ぐことでそれを回避したという事です。本当はやってはいけない事なのですけどね……今回だけ特別です」


 と、いたずらっぽく笑う青年。


「それと、その写真は絶対に失くさないでください。それが貴女と優香さんを繋ぐ最後の綱ですので」


「わかった、今まで以上に気を付けて持ってる」


 そう言うとまた大事そうにチャックのついたカバンの内ポケットにその写真を入れた。


「さぁ、優香さんが待っているでしょうから、早く言って上げてはどうです? 大切な幼馴染でご親友様なのでしょう?」


「そうだった! 早くいかないと! 店員さん! 本当にありがとうございました! このお礼はまたいつか!」


「そんな、いいですよ。ただ、どうしてもというなら、また来てください。今度は優香さんも連れて。これも何かの縁ですからね」


「はい! ぜひ! それじゃあ、またね! 店員さん!」


「またいらしてください」


 扉の鈴をまた激しく鳴らしながら真子は外へ出ていく。


 それを軽くお辞儀しながら見送った後、青年は壁にもたれると、スルスルと力なく崩れ落ちていく。


「あぁ……また死神様に怒られる……」


 頭を抱えて悶える青年。彼女たちの生死に介入した事は、どうやら本当にやってはいけない事のようであった。


 ただ、どうしても彼女達の縁を切らせたくないと青年は思ってしまったのだった。


「あ、そういえば、コーヒーのお代貰ってない」


 急いで優香の元へ向かわせたためお代を徴収するのをすっかり忘れていた青年。


「まぁいいですかね。また来てくれるって言ってましたし」


 親友の元へ嬉しそうに走っていく彼女の事を思い出し青年は微笑む。


「さて、片付けますかね」


 と、立ち上がり真子が飲んだコーヒーを片付けに行くのだった。




 ここは『縁切り喫茶』。


 縁切りの神様が縁を求めて開いた喫茶店

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