迷宮都市コクマー『魔界入りしました』※キャラクタービジュアル公開中②
それからディラは船団員と混じって雑用をするようになった。
主に掃除と、進路上にいる外敵処理だけど、役に立てていると実感できるのが凄く良い。
「そっち行ったぞ!」
「よっしゃあ!!来い!!!」
ディラに続いて、体調が良くなったドルチェットやジルハも参加し、船に乗り込んでくる厄介者の処理を担当した。
二人もお荷物は嫌だったらしく、張り切っていた。
ちなみに、ドルチェットはいつの間にか大剣からスキルで炎を出せるようになったらしく、危うく飛行船を火事にするところだった。ボヤ騒ぎが起きた時に焦ったように駆けてきたダッチラーノに「ちゃんと見てろ!!!」と頭を強く叩かれたのはビックリした。リーダーはクレイだぞ。
そんな感じでドタドタとしながらも船は順調に進み、ようやく山脈の終わりが見えてくる。
白い景色が唐突に終わり、緑の大地が姿を表すのだ。
縁に凭れながら景色を眺めていると、クレイがやってくる。
「ディラ、そろそろ部屋戻れ。着陸前にはまた揺れるぞ」
「んー。分かった」
風が山脈にぶつかって砕けるため、出発時と同じように船が揺れるらしい。
「クレイは?」
「オレは最後の一仕事があるからな」
「そっか。がんば」
「おうよ」
もう少しこの景色を見たくはあったけれど、揺れで落ちたら元も子もないなと、ディラはクレイの言う通り大人しく部屋へと戻った。
山脈の内側の地域、コクマー。
ここからは人間以外の種族が多くなってくる魔界だ。
だが、魔界といえどもまだ人間が多い。
別名迷宮都市とも呼ばれるこのコクマーは、地下空洞に文明を発達させていた地域だ。
大迷宮と呼ばれる地域の半分を占める迷宮には黄金やら宝石などのお宝や、希少な魔法具や魔石などがたくさん隠されていて、世界の探索師達が大金持ちの夢を見て迷宮入りしていく、まさしく宝島だ。
とはいえ危険がない訳じゃなく、そこは亡霊系や毒持ちのモンスターや罠がたくさんある。
だのにそんな危険な迷宮に人々は夢を見て、今日も潜っていくのだ。
激しい揺れを経て、飛行船が着陸した。
「よ!」と着地すれば、一週間ぶりの地面の感触が靴越しに伝わる。
草でフカフカする感触が、船の硬い床に慣れてしまったせいで不思議な感じだった。
「ディラ手伝え!馬車下ろすぞ!」
「あいあーい!」
船員達と男組、そしてドルチェット交えて馬車を飛行船から下ろす。
「せーの!」
「ゆっくり下ろせ!」
飛行船から馬車を下ろし、すぐにディラも鞄から馬を取り出して組み立てた。
完成すると、グラーイはやれやれといった感じにのっそりと起き上がる。首を振って伸びをすると、馬車を確認すると自らそこに向かった。
グラーイを馬車に設置して準備完了。
クレイが最終確認を取る。
「忘れもんは無いな!」
引率の先生みたいだなと思いながら各々調べ無いことを確認した。
全て終えた後にダッチラーノとオルゾアが飛行船から降りてきた。最後の挨拶をしてくれるらしい。
オルゾアがみんなに笑顔を向ける。
「じゃあな、短い間だったが楽しかったぜ。クレイも、またいつでも戻ってきて良いからな」
「はい!でもしばらくは無いですよ!オレがリーダーですから!」
「はっはっはっ!そうだったな!」
オルゾアとクレイが穏やかな会話を交わしている一方、ディラはダッチラーノに頭を鷲掴まれ、グワシグワシと雑に頭を撫でられていた。
「うわっわ!わわわ!」
「こいつもいっちまうのかぁー!寂しくなるなぁー!」
「あ、あたまが揺れるうううううう」
「わははははは!!お前もいつでも帰ってこいよお!歓迎するぜぇー!!」
目が完全に回ったところでようやく手を離された。
「大丈夫か!?」
世界が回転する中、アスティベラードが駆け寄ってくるのが見えた。
「目が回った…ッ」
「ならばこうするが良い」
何をと訊ねる前に、アスティベラードはディラの両耳を摘まみ左右に引っ張る。
「いてててててて!痛い痛いアスティベラード痛い!」
「ふむ、これくらいか」
ディラが耳がちぎれると思ったところで、ようやくアスティベラードの手が離れた。
「どうだ?」
「ぅえ…?」
痛みを訴える耳を手で擦っていたディラは、ハッとした。
「……戻った。なんで?」
「それは良かった」
「なんで戻ったの?」
「さあ、それは分からんが、昔からそれをすると戻るのだ」
「勉強になった…」
次からは目が回ったらこれをしよう。
それから此処からの地理を親切にも地図付きで教えて貰い、「じゃあまた会おう!」と船員達が手を振りながら飛行船はみるみる高度を上げていった。
彼らは、コクマーの隣の地域、ケセドに寄ってから戻るらしい。
感謝の意を込めて見えなくなるまで見送った。
ブラックボーンが見えなくなると、クレイは「さてと」と言いながら振り返る。
「よし!行くか!」
「おー!!」
馬車に乗って森を行き、ついでにマーリンガンの石をばらまく。
一仕事完了と座ると、クレイが地図を床に広げて近くの町や村までのルートを確認していた。
ディラが座ったのを確認したクレイが思い出した様に言う。
「ディラ、朗報だ。ここら辺からは教会の関係者がぐんとへるから動きやすくなるから楽だぞ」
思いがけない吉報にディラは理由を訊ねた。
「ふーん。なんで?」
「魔界だからだ。ここは内側に行けばいくほど人間の主導権が失われるからな、人間優先思考の教会に対して反発する輩も多い。だから魔界まではなかなか進出して来ない」
「へぇー、そうなんだ」
確かにこれは朗報だとディラは思わず笑顔になると、ただし、とクレイが続ける。
「ただし首都に作ろうとする動きがあるから、そこは避けていこう」
思わず、うえっ、と言いそうになった。
なんでわざわざ反発を生む様なことをするのだろうか。アホなのだろうか。
「ということで、まずは近場の町を探そう。ノクターン、とりあえず道が決まった、お願いできるか?」
地図を手にクレイがグラーイを操っているノクターンの元へと行く。
今回は遭遇しないと良いなと思いながら、ディラは鞄から設計図を取り出した。
ゴトゴト運ばれながらディラは幾つかの案を描いた設計図を描いた紙を閉じた。一旦休憩と水を飲み、そういえばとディラは前からあった疑問を口にした。
「教会ってそもそも何を崇めてるの?」
それにみんながキョトンとした顔をする。
その質問に戻ってきたクレイが答えた。
「何って、そりゃ世界樹だよ」
「世界樹って、シャールフの物語に出てくるあれ?」
「そうそう。ここからはまだ見にくいが、大体あそこ」
クレイが山脈と反対側の空を指差す。
そこには木々と青空だけが広がっている。
「あの辺りに、空に届く巨木がある。それを信仰してんのさ。あれはすべての生き物の産みの親だからな」
ディラは首をかしげた。
「どゆこと?」
これはブリオンには無かったからピンと来ない。そんなディラの様子にドルチェットが訊ねた。
「お前の居たところはそうじゃなかったのか?」
ディラは頷く。
「うちはもっぱら進化論だったし」
「シンカロン?」
なんだそれとドルチェットに言われたが、ディラは説明しようとして言葉に詰まった。
知っている知識ではあるけれど、それを知らない人に伝えるのは難しい。
「…いざ説明すると難しいから後で良い??」
「いいぞ」
「そうか。そもそもの前提から違うんだなお前の世界は」
「だったみたいだね」
あまり深く考えてなかったけど、こういう事含めて、改めて違う世界だと再認識した。
すると、アスティベラードがノクターンの元へと行き、御者をロエテムと交代した。
なんだろうと思っていたら、ノクターンがいそいそとディラの前へと佇まいを整えて座る。
あ、これもしかしてとディラが思った時、アスティベラードがノクターンに指示をした。
「ノクターン、創世記を」
その言葉を聞いて、ディラは察した。
ノクターンの語り講座が始まるのだ。
「はい…」
ノクターンが、すぅ…、と息を吸い込む。
「……始めに焼けた土地があり、そこはまさしく死の世界。
そんな世界にたった一つ、芽吹いたるが世界樹セフィロト。
世界樹はこの世界を嘆いて哀れみ、良い世界にしようと枝を伸ばす。
根を伸ばして炎を止め、葉を広げて肥沃の土地とし、
水を湛えて礎とし、実を結んで我らを産み落とした。
花を咲かせて蜜を与え、我らの繁栄を遥かな空より見守った。
故に我らは世界樹の子。偉大なる母よ、永遠であれ…。
これが誰もが習う創世記の一文です…」
創世記を聞いたディラの感想は、変な世界、だった。
そもそも実を結んで我らを産み落としたの一文が特に分からない。まるで木の実から生まれたみたいじゃないかと、ディラは思わず質問した。
「それだとさ木の実から生まれたってことにならない?もしくは直に枝に成ってたみたいな」
「正確には、地面の近くにある枝に実ったものから、と言われてますが。実際に見た方はいないのでなんとも…。でも、教会や本には木の実から出てきている風に描かれてますし…」
「まじで木の実から生まれたのか…」
あまりにも自分の知る常識とかけ離れすぎていて、まるでキリストの聖書を読まされた気分だったが、ここは異世界だ。そういうこともあるんだろう。と、ディラは納得することにした。
そもそも魔法がある世界なのだ。
自分がいた世界と比べてもどうしようもない。
しかし、改めて創世記を聞いた事でドルチェットは素朴な疑問が生まれたらしい。
「そういや生まれたのは人間だけじゃねーよな。なんで教会は人間優先思考なんだろうな?」
「自分達が人間だからじゃない?」
「…なるほど?」
だがその素朴な疑問はジルハの一言で解決したのだった。
丸一日移動に使い、翌日の昼前に森を抜けた。今いるところは高台で、崖のような所から見下ろすと町のようなものが見えた。あれが目的の町だ。
「検問がないね」
着いた町には高い城壁はあるものの、門番らしきものが居なかった。その代わり門の近くの看板には『ウーログン』という町の名前が書いてある。
そのまま行っても良いのだろうかと思いながら進むと、吊り橋を渡ろうとした時に町中から一人の男性が息を切らせながら走ってきた。
「おおい!そこの馬車少し待ってくれ!」
槍を手にした男だった。すぐ目の前にやって来ると、ひいひい言いながら息が整えようとしている。
槍を見て少し警戒したが、男からは敵意は感じない。それどころか少し走っただけで激しく息が切れている男が逆に心配になってしまった。
槍も仕方なく持っているような雰囲気なのでディラ達は息が整うのを待っていると、ようやく落ち着いた男が質問をしてきた。
「お前ら旅のもんか?」
「はい、そうです!」
クレイが答えると男が町とは違う方向を指差す。
「町の道は狭い。向こうの方で馬車を預かる所があるから、そこに寄ってからにしてくれ」
指差された方には町外れにある建物があった。
ディラがなんとなく【千里眼/遠見】で門の中を視てみると、確かに道幅が狭い。馬車が無理に行けば方向転換すら怪しく感じた。
クレイが男にお礼を言う。
「ありがとうございます!」
男に言われた通りの場所に行き、お金を払って預かって貰ってから町に入った。
あの男が出迎えてくれ、ざっくりと宿の場所と食べ物屋の場所を教えてくれた。
彼は“案内人”という職業の方だったらしい。
宿を目指して歩きながら、町を見回すディラは少し興奮していた。
「スッゲー!ザ・石の町って感じ!道もしっかりしてるし、凄いな!」
何処もかしこもレンガ造りで今まで寄った町──首都は除く──よりも治水がしっかりしていて、道もレンガが敷き詰められていて歩きやすい。
こんな端の町なのに、と感心した。
「そりゃそうだろ」とクレイが答える。
「コクマーは迷宮都市であると同時に職人の国でもあるからな。あ、ほら、あそこ見てみろ」
クレイの示す方向を見るとやたら背の低い人達がいる。豊かな髭を蓄え、それらを三つ編みにして飾り立てているその人達は、みんなツナギ姿で、腰には工具一式をぶら下げていた。
遠くから見れば小熊のような体躯の人達を指してクレイは言う。
「ドワーフ達が多いだろ?土の精霊だが、コクマーでは人間と共存してる。彼らは物作りは天才だが、その他のことはからっきし。だから人間と投下交換して暮らしてるんだ」
「良いシステムだね」
まさにWin-Winの関係だ。
すると、ドルチェットが話に加わってきた。
「うちにも居たぞ。お抱えドワーフ」
「そうなの?」
「ああ、これとかドワーフのお手製だしな」
そう言ってドルチェットは背負っている自分の大剣を親指で示した。
「つーか、人間界で出回っている武具の半分はドワーフ製じゃね?」
ドルチェットの言葉にディラは心底驚いた。まさかそんなに市場がでかいとは思わなかったからだ。
「思ったよりも身近にいるんだな、ドワーフ」
同じ物作り職人としてドワーフに親近感が沸いたディラであった。
というか、先ほどグラーイをガン見していた馬車の預かり屋ももしかしてドワーフだったのだろうか。そう思いながら、ディラは門を振り返った。
宿を取った。
女部屋と男部屋の二つだ。
部屋に入ると見慣れた寝具が並んでいて、思わずディラは駆け寄った。
「ベッド久々だなー。寝れるかな」
それにクレイは呆れた顔をする。
「揺れる馬車で寝れるんだ。大丈夫だろ」
「そりゃそうか」
それでは飯屋を探しに行こうかという流れになった時、バタンと扉が空いて男部屋にドルチェットとアスティベラードがやってきた。後ろには申し訳なさそうなノクターンが着いてきている。
なんだろうとドルチェット達を見ると、嬉しそうな顔でドルチェットとアスティベラードが話し出す。
「よお!聞いたか!?ここの近くに風呂屋あるってさ!」
「しかも大浴場と聞いたぞ!」
二人の言葉に後ろでノクターンが珍しく多めに頷いている。
何事かと思ったら風呂かとディラが思わずクレイに視線を向ければ、女性人から『ご飯の前に風呂に行かせろ』と強い圧が掛かってきた。
確かに馬車生活でも飛行船生活でもお風呂には入れなかった。ディラの持っている魔道具の水源筒のお陰で水には苦労せず、髪の毛も流せたし布で体も拭けはしたけど、それはそれこれはこれ。
やはりきちんと暖かい水、いやお湯でしっかり流したいものだ。
さっぱりした後に食べるご飯はさぞ美味しいだろう。
「俺も風呂屋行きたい」
そうディラも主張すると、クレイが「分かった」と快く承諾した。
「先に風呂屋にいこう。食べるもんはそれからだ!」