空中遊泳『クレイの過去を知りました』※キャラクタービジュアル公開中
それからディラが片付けられそうなものを探して彷徨いていると、違う船団員から雑用を言い渡され、それを皮切りにポツリポツリとディラの方へと雑用が寄越されるようになった。
監視の目がまだあるが、少しは信用度が上がったのだと思いたい。
夜になった。
アスティベラードはお昼の残りのパンを完食して再び寝落ちし、ノクターンとドルチェットは完全に撃沈した。ジルハは頭が痛いらしく、痛み止めの薬を飲んでこちらも就寝。ロエテムは活動停止し、トクルもノクターンの隣でお休み中。
そんな訳でディラが一人寂しくモソモソと雑穀パンを豆スープに浸して食べていると、帰ってきたクレイに部屋に入ってくる早々「お前は何しんてだよ」と言われた。
話し相手が現れて、ディラは表情を明るくした。
「お!全然姿を見かけないクレイ君じゃないかー!」
そう言えば、クレイはブスッとした顔で扉を閉め、クレイは自分の分の雑穀パンと、水筒から自分の分の豆スープを器に注いで食事を始めた。
「しかたねーだろ。仕事手伝う条件で格安にしてくれたんだからな」
「え、そうなんだ」
それは知らなかった。
なら、こちらももっとお手伝いをすればもっとお安くしてもらえるんじゃないかとディラは気合いを入れ直した。
「オレの事はさておき。…んで?お前は何してるの」
ディラの質問にディラは首を捻りながら答えた。
「何って、雑用だけど」
「噂は本当だったのか……」
クレイは噂だと思っていたようだ。
今のところ片付けだけど、これでも少しは信頼値を稼げると信じている。
調子に乗らずに失敗しないよう頑張りたい。
「……まぁ、ほどほどにな」
「はーい」
夜中、ディラはのっそりと起き出した。
「……ポットンか…、怖いな」
みんなを起こさないようにハンモックから下り、扉に下げられているランタンを手にトイレに向かう。
扉を開けると、この世界で見慣れたトイレだった。
違いはといえば個室なのに風があることか。
「こわいこわい…」
そういいながらも何事もなく終えて部屋に戻ると、隣のハンモックで寝ているジルハに違和感を覚えて見てみた。
頭まですっぽりとタオルケットを被さっていたジルハだが、今はそのタオルケットがずれていた。
「?」
思わずディラはスキルの【夜目】を発動。すると、ジルハの頭に見慣れない物体がくっついていた。それは一見すると獣の耳のようなものだった。
手の方も見ると、人の手にしては爪が長く、掌と指に肉球のようなものがある。
なんとなく獣人みたいだなと思いながらディラはジルハのずれていたタオルケットを直して、自分のハンモックに戻ると夢の中に戻っていった。
翌朝。
起き上がったディラはなんとなく隣のジルハを眺める。
夜中にジルハの頭に獣の耳のようなようなものが付いていた気がすると思いながらソッと捲ると、いつも通りの何もない頭だった。
「なんだ夢か」
ディラは捲ったタオルケットを戻すと、朝の景色を見ようと部屋を後にしたのだった。
山脈越え、2日目。
ディラが朝の雑用をこなし、一旦部屋に戻って朝御飯を摂っていると、突然船内が慌ただしくなった。まだドルチェットとノクターンはダウン中の為、アスティベラードと、ようやく回復したジルハと音のする上部を見上げていた。
「どうしたんだろ」
「クロイノがざわついておる」
「クロイノが?」
アスティベラードのすぐ側で、小型クロイノが上を見上げて尻尾をしきりに振っていた。まるで小鳥を狙って変な声を上げる猫のようだ。
天井を見上げていたジルハが、何かに気が付いたように窓へと視線を向けた。
「羽音がする」
「羽音?」
「たぶん、鳥みたいな……けど、凄く大きいやつ?」
こんな、と、ジルハは目一杯両腕を広げた。
それだけで既にディラの頭にある、鳥候補が全滅した。
とすると残ったのはモンスターだ。
「……ちょっと様子見てくる」
甲板に上がると一見コウモリのような巨大な鳥に囲まれていた。
顔はフルーツコウモリなのに翼は鷲。けれど鍵爪が翼から伸びていて、それを使って攻撃を仕掛けていた。
「ズキーヴチだ」
そのモンスターの名前はズキーヴチ、別名山脈の番人。普段は大人しいモンスターだが、ある条件で豹変する。
それは子育てのタイミングで、縄張りに侵入すること。
相手をしつこく追い回して、鋭い爪で仕掛けてくる。
「気嚢から離せ!!落とされるぞ!!」
船員が叫んでいるのを聞いて、ディラは気嚢に目を向ける。
気嚢に三頭ほどズキーヴチが纏わり付いていて、鋭い爪を引っ掻けて破こうとしていた。
気球を引っ掛かれて穴を開けられれば墜落する。
幸いにも、気嚢に防幕を張っているからまだ耐えられてはいるけれども、それも長くは持たない。
船員が指示を出しながら矢を射ってズキーヴチを落とそうとしていた。
軽い音を立てて矢が飛んでいく。何かの魔法が付属しているのか、気嚢を滑るように飛んでいき、ズキーヴチのすく側を通過した。
風が強いせいかうまく当たらないようだ。
「そっち行ったぞ!!!」
「やばい!破かれる!!」
特に大きな個体が甲板から離れて気嚢にしがみつき、鍵爪で激しく蹴りをいれている。その攻撃で防御用の魔法陣が掠れるのが見えた。
ディラがすぐさまエクスカリバーを展開し、大きな個体へと向けて矢を放つ。矢は真っ直ぐに飛び、大きな個体の胸と頭に命中した。
ぐらりと体勢を崩してズキーヴチが落ちていく。
「次!」
すぐに近くの別の個体にも次々に命中させていき、ズキーヴチがディラに狙いを定めた。
【回避】を発動し、ズキーヴチを回避しながら矢を射ていき、最後にズキーヴチを狙ってきた巨大な鳥をも仕留めると、ようやく飛行船から離れていった。
ふぅー、とディラは息を吐く。
船員から一斉に歓声が上がる。
「すげーなお前!見直したぜ!!」
「見た目によらずやるじゃないか!!」
「クレイみたいだったぞ!!」
「うわわわ!!」
揉みくちゃにされ、盛大に称賛された。
胴上げの最中、船の前方にある建物、操縦室の方からダッチとクレイが駆けてきたのが見えて視線で助けを求めたが、状況を察して途中で足を止めたクレイに保護者のような暖かい視線を向けられるだけで終わったのだった。
その事件の後、信用度が上がったのか監視の目が緩んだ。
結果オーライである。
部屋に戻ると部屋が宇宙空間状態だった。
「わあ!」
扉を開けると真っ黒な壁が立ち塞がっていた。しかもその黒い物体の中にキラキラと光るものが見えていて、さながら宇宙のようだ。おそらくこれはクロイノだろうというのは安易に想像できた。
クロイノの形と目の前の状態を踏まえて、これが宇宙猫かー!と1人納得していると、アスティベラードが宇宙クロイノの中から現れた。
「おお、戻ったか」
「何してるのこれ」
これ、とクロイノを指差す。
「ふむ、実はな──」
先ほどの戦闘での激しい揺れでノクターンとドルチェットがあまりにもひどい状態になってしまったので、クロイノの中で魔力を補填しているらしい。
「貴様も入ってみるか?」
「いいの?お邪魔しまーす」
アスティベラードの後に続いて入ってみると暖かい。しかもちょうどよい暗さで眠たくなった。
二人も安らかに寝息を立てている。
ふと、ジルハがいない事に気が付いた。何処かに出掛けているのか。
「今は私が中にいるゆえ、油断しても取り込まれる事はない。なんなら軽く昼寝でもしていくか?」
「じゃあお言葉に甘えて」
クロイノの中は、まるで水の中のように体が軽くなる。
浮くようにして自分のハンモックへと横になると、あっという間に睡魔がやってきた。
この後、お昼を持ってきたクレイが宇宙空間に驚いていたのは言うまでもない。
「スッゴいなあれ!船酔いが良くなった!」
「信じられないくらい体調が良いです…」
クロイノの中で回復した二人は船酔いが治っていた。
もしやクロイノ、医療回復のスキルでも所持しているのか。
クロイノにスキルが存在しているのはさておき、ディラの中でクロイノの株が上がった。未だにクロイノがなんなのか分からないが、味方で良かったと心底思う。
みんな揃っての夕飯を取りながら、クレイが現在の状況の説明をしてくれた。
「ズキーヴチの縄張りを迂回するから、到着までの日にちが延びた」
との事だった。
このまま真っ直ぐ進めれば3日で到達できたのだが、大きく迂回するせいで後3~4日掛かるらしい。
申し訳無さげなクレイにディラが言う。
「仕方ないよそれは。気嚢に穴開けられたら終わりだし」
時間よりも命のが大事である。
それにドルチェットも同意した。
「だな。それに自分らはクロイノのお陰で船酔いが治ったし、気に掛けてるんだったらもう大丈夫だぜ。な!ノクターン!」
「はい…」
「そう言って貰えると助かる」
和やかな雰囲気になったところで、突然扉が開いた。
何だと振り返ると、そこにいたのはオルゾアだった。
「おい、雑用」
「へい!」
雑用とは、ディラの事である。何か仕事があるのかとディラは反射的にオルゾアに返事をした。
「ちょっといいか?船長が呼んでる」
「……え」
ディラは頭を高速で回転させた。
思い返しても呼び出しをされる謂れがない。それとも無自覚に何かをしてしまったのか。空に放り出されるのはごめんだと、いつも以上にミスをしないよう頑張っていたはずだ。ミスもしてないと思う。
それでも呼び出しをされると言うことに戸惑いを隠せずに思わず口から「空は嫌です……」と言葉が溢れた。
「?」
しかしオルゾアは頭にはてなを浮かべると、「早くしないと俺が怒られる」と急かす。仕方がないので覚悟を決めて付いていく。クレイが付いてこようとしてくれたのだが、付いてこなくて良いと言われてしまっていて、クレイの心配な視線を背に感じながら、ディラは大人しくオルゾアに付いていった。
着いたのは船長の部屋だった。
「船長、呼んできました!」と、オルゾアが声を掛けるとすぐに返事が来た。
「よく来た。入りな」
「さ、入れ」とオルゾアに促され、ディラは落とされるのではないかとビクビクしながら扉を開けた。
「お邪魔しまーす…」
「待ってたよ」
部屋の中央で、ダッチラーノが椅子に腰かけていた。
机には栓の抜かれた瓶とグラスが2つ。更にはこじんまりとだが、果物があった。
ダッチラーノが向かい側の席を示す。
「そこに座りな」
唾を飲み込みディラはダッチラーノの向かい側に腰掛けた。心臓が早鐘を打っている。
「あの……」と、何の用なのかを訊ねようとした時、ダッチラーノがグラスに飲み物を注ぎ入れた。
ブドウジュースのような色だった。
注ぎながらダッチラーノが口を開く。
「お前の事を見誤っていたようだ」
「へ?」
「ズキーヴチを追い払ってくれだろ?」
「は、はい」
「凄い腕前だったと聞いた」
ダッチラーノの口元に笑みが浮かぶ。
「ありがとう。お陰で落とされずに済んだ。これはそのお礼だ。飲むといい」
「ありがとうございます」
グラスを受け取り一口含めば、アルコールの味を感じ取った。
この飲み物はワインだったらしい。
すっかりお酒の飲み方を覚えてしまったディラは、未成年なのになと思いながらも注がれたお酒を飲み干した。こうなってしまったのは全てバルバロのせいである。
「これでお前は兄弟みたいなもんだ。身内として歓迎するよ」
ダッチラーノの言葉で、このワインが縁結びの盃だったことを知った。
縁結びの盃は余程信用して貰わないとやらない、どうやら信頼値が高くなっていたようだ。
「たしか、ディラ、だったか」
「はい」
ダッチラーノがタバコを吸う。
吐いた煙が部屋に漂った。
「クレイはお前をとても信用しているようだ。面白くて、頼もしい仲間だと聞いたよ」
「ほう」
まさかそんな風に思ってくれていたとは、嬉しい限りだ。
「そんなお前に聞いて貰いたい話がある。クレイの昔の話だ。本人には言うなよ。嫌がられるから」
「了解でっす!」
もう一度タバコを吸い、ダッチラーノが話し始めた。
「今でこそ笑顔を見せるが、二年前はクレイの奴、感情が完全に抜け落ちていた頃があったんだ」
「クレイが?」
何かとよく笑うクレイを見ているディラにしてみれば信じられない話だった。
「とある事件があったせいだ。……元々は、クレイは私の友人の運び屋の船に所属していた。弟と一緒に──」
クレイは弟と一緒に、ダッチラーノの友人が営む運び屋の船に所属していた。
空賊ではあるが、今のダッチラーノの船の様に、略奪はせず、金さえ払えば何でも運ぶ便利屋のようなことをしていた。
その頃はクレイは弓兵で、弟が盾役をしていた。
とある日、空賊同士の抗争が過激化し、運び屋としてしか活動していなかったクレイの所属する飛行船が襲われた。普段なら逃げ切れる筈だったのだが、この時ばかりは相手が悪かった。
あっという間にアンカーで固定され、乗り込んでこられてしまった。
クレイ達は勿論戦ったが、相手の魔法具の攻撃によクレイを庇った弟が深手を負い、その際にクレイはその余波が目に当たって視力が大幅に低下してしまった。
それだけなら何とかなったろうが、運悪く弟は破損した縁の隙間から落下してしまった。
必死に手を伸ばしたクレイの手は届くこと無く、弟は雲の中へと消えていった。
大量出血に、この高さから落ちたとなれば弟は死亡は確実。おまけに慕っていた船長も無惨に殺されてしまっていた。
今でも、もう少し早く助けに行ければと思っている。と、ダッチラーノは悲しげに言う。
大切な人達と居場所を失って、屍のようになってしまったクレイは、しばらくダッチラーノの船で治療していたのだが、ふらりと何処かに消えてしまったのだ。
それが今回、ひょっこりと現れた。
しかも弟の盾によく似た盾を持って。
「立ち直ってくれてどんだけ安堵したか。まぁ、流石に黙って消えたけじめは付けさせて貰ったけどね。カッカッカッ!」
あの日、クレイの頬が腫れていた原因が判明した。
「あいつは良い奴だよ。それにうちの大事な身内だ。これからもよろしくしてくれ」
まるで母親のような柔らかい表情でダッチラーノが言う。それにディラは大きく頷く。
「俺達の大事なリーダーだ。勿論ですとも」
ディラの言葉でダッチラーノが笑った。
酔いが回ってきたディラも連れて笑う。
「ああ!そうだったな!カッカッカッ!」
「あっはっはっはっ!」
そうして二人は存分に飲み明かしたのだった。