山脈を越えましょう『クレイの伝』
「どどどどうしたの???喧嘩でもした???」
慌てて駆け寄ってクレイの頬を確認すると明らかに殴られた痕だった。そこでハッとし、まかさと思いながらディラはジルハを見た。もしかして殴りました?と視線で訴える。
するとジルハはディラの視線に気付いて「違います違います!」と首を横に振る。
違うらしい。
ディラとジルハの様子で勘違いしていると察したクレイが訂正する。
「ああ、これの事か」
腫れた頬を指差す。
改めて見るとやはり痛そうだ。
「喧嘩とかじゃない。ちょっとしたケジメをつけてきただけだよ」
「ケジメ…?」
ディラは怪訝な表情を浮かべた。
なにをどうケジメをつければ頬を腫らすことになるのか。それにしてもケジメとは、一体何をやらかしたのか。
だが、クレイは詳細を説明することなく話を続けた。
「まぁ、とにかくその結果飛行船に乗せて貰う事になったから。詳しい話は皆が帰ってきてからだ。二度も同じ報告するよりか、揃った方が効率が良いしな」
そんなわけでクレイの腫れた箇所を手当てしながら待つ事になった。
手当てしていて、怪我をしたのは頬だけじゃないことが分かった。鳩尾も内出血していた。
鞄からマーリンガンお手製湿布薬を貼り付ける。
盾職のクレイは、職業補正で【防御力(大)】や【常時発動/頑強】などのスキルがあるそうだけど、それなのにこの腫れ様は驚くしかない。
スキルをあえて切っていたのか、それとも相手もそれを無効化するスキル所持者だったのか。
どちらにしてもディラはまだ会ってもない人物に恐怖を覚えた。
「うわ!」と、戻ってくるなり頬に湿布を貼ったクレイを見て、皆ディラと同じような反応を返した。
特にドルチェットなんかはクレイの襟首掴んで揺すぶり、「誰にやられた!?言え!お見舞いしてくる!!」と激昂し、皆で「訳があるから!」と宥めるのに苦労した。
「で?」
と、不機嫌を声に滲ませたままのドルチェットが言う。
「飛行船に乗れるってのは本当か?どんな手を使ったんだ?」
ドルチェットがクレイを問い詰めると、思った以上に腫れが酷くなってきたクレイが話しにくそうにしながらも説明をした。
「昔の伝を使ったんだ。子供の時から世話になっていた組織なんだが、少し前に喧嘩別れしてしまっててな。今日はそのケジメをつけてきたから、無理言ってワガママを一つだけ叶えて貰えることになったんだ」
クレイが喧嘩別れとは珍しい。
いつも何だかんだと世話を焼き、仲間思いのクレイからは信じられない言葉だ。
「へー、何の組織?」
ディラは何ともなしに質問すると、クレイは一瞬口を閉じて思案したが、まぁいいかと再び口を開く。
「まぁお前らなら言っても良いだろ。空賊だ」
“空賊”。その言葉で部屋の空気が固まった。
「く、空賊??」
ディラが聞き直す。だが、聞き間違いではなかったらしく、クレイに「ああ」と返された。
隣にいるジルハに視線を向けると、肯定の頷きを返される。
いや待て、もしかしたらクーゾクという異口同音かもしれないと、ディラは再度質問して確認を取ることにした。
「って、あれだよね?いわゆる空の盗賊みたいな?」
「簡単に言えばそうだな」
「おおう…」
やはり賊絡みだった。また賊絡みですか。
脳裏に甦るバルバロ盗賊団のムキムキ先輩方と、初めはスパルタだったのに、あまりにもディラがダメダメ過ぎて最後ディラを見る表情が“呆れ”のソレだったボスの姿。
そういえば川に一緒に流されたガムキー先輩は無事だったんだろうか。
そんなディラにクレイは不思議そうな顔をする。
「なんだ?空賊苦手か?だってお前元盗賊だったんだ──」
「わー!わー!わー!」
慌ててクレイの口を押さえた。
何故クレイが知っているのか。ディラは焦った。河原でみんなに今までの経緯を簡潔に説明したときも、盗賊団の事はぼかした為に知っている筈がないのに何故!?と。
「待って待って何で知ってるの??俺言ってないよね!!」
慌てて訊ねると、クレイは「は?」と言いたげな顔をした。クレイだけではない。皆も「なにを今さら」みたいな表情をしている。
予想外の反応にディラは混乱した。
話した記憶はないのだが、もしやまた何処かしらで記憶喪失になっているのかと自身を疑う。
「…あれ??俺言ってなかった気がするんだけど言ってましたっけ???」
念の為に訊ねる。
すると、クレイは答えた。
何故皆が知っているのか。その答えは明白だった。
「お前背中に刺青入ってるだろ。バルバロ盗賊団の」
「……あ」
そういえば、仲間の証の刺青を背中に入れられた事を思い出した。
気絶するほど激痛過ぎて記憶から抹消していたそれ、確かにそれを見られれば知っている人は理解するだろう。
だがそこで一つ疑問が浮かぶ
「……見せましたっけ?」
「見せるもなにも、お前を看病していた時あったろ?そん時に皆見てるから知ってるぞ」
「…さいですか」
確かに拉致事件の後、ディラは薬の副作用のせいで確かに高熱を出した。体を拭かれる時に見られていた訳だ。
よく皆突っ込んでくれなかったものだとディラは思ったが、いや、そんな状況じゃなかったなと納得した。
「ま、あれだよ。盗賊も空賊もどっちも似たようなものだし、もしかしたら仲良くなれるんじゃねーか?」
「そうかなぁ…?」
ディラが空賊を警戒するのは、“賊”トラウマの一種と、もう一つの理由なのだが、そんなことを説明したところでどうにもならない。
空賊苦手と勘違いされたクレイにそんな言葉を投げられたディラは「そうかなぁ」と思いつつも、クレイの知り合いならば大丈夫かもしれないと信じてみることにした。
マーリンガンの薬が効いて、クレイの頬の腫れが引いた。
やはりマーリンガンは侮れない。
そんなクレイの案内のもと、アオゾアの近くの森へと向かった。
ここらは雨が良く降るために森が生い茂り、ジャングルの様になっていて、やばいモンスターの縄張りになっている。
だけど、そんな森のなかを馬車は何事もなく進んでいく。
「どういう仕組み?」
あまりにも不思議過ぎて訊ねてみた。
「お前の持ってる不思議道具と同じだよ」
「なるほど」
つまりは道を周囲に同化させる系の魔道具、もしくは魔法が仕込まれているようだ。
森を抜けると突然開けた場所に出た。
「おお!」
目の前に聳えるのはビルのような岩の塊だった。ここが集合場所なのだろうかとディラが思ったとき、馬車が止まる。
「着いたぞ。ここがアジトだ」
そう言ってクレイが馬車を下りた。
「ここが?岩しかねーじゃねーか」
ドルチェットが感想を漏らすと、一人の男が岩の影から現れた。
屈強な男だった。ガムキー先輩とまではいかないが、取っ組み合いになれば素手では敵いそうにない体躯をしていた。
その男がクレイを見付けるなり笑顔で話し掛ける。
「よお、クレイ。遅かったじゃねーか。たった二年で道が分からなくなったのかと思ったぞ」
「オルゾアさん!」
クレイが嬉しそうにしている。
知り合いらしい。
ディラが馬車を下りると男達が増えていた。総勢10人の男がクレイと楽しげに会話し、その内の一人がクレイと共にこちらへとやってくる。
すぐ目の前で男が足を止めると、クレイが紹介をした。
「オレの仲間達だ。皆、この人はオルゾアさん。船の指揮を執る服船長」
身長は2メートル近い。
オルゾアと紹介された男はこちらをジロジロと容赦なく頭の先から爪先まで観察する。
ディラは潰されそうだな、や、この感じ懐かしいな、と思いながらオルゾアに挨拶をした。
「こんにちは。ディラです」
ディラが挨拶したことによって我に返った皆がオルゾアへ挨拶をする。
そして各々挨拶が終わると、今度はオルゾアが自己紹介を始めた。
「よお、はじめましてだな。俺達はいわゆる空の運び屋をやっているモンだ。金次第では何でも運ぶ。人でも武器でも何でもだ。次のために覚えておけ。といっても今回はクレイに免じて超格安で運んでやるんだ。感謝するんだな。んで、こいつらが乗組員だ。ほれ、挨拶」
「うっす!!!!!!」
屈強達の挨拶で反射でディラは「うっす!!!」と挨拶を返し、ノクターンはビビり過ぎて意識が遠退き掛け、ドルチェットとジルハは思わず警戒体制に入っていた。そんな中アスティベラードはというと。
「ふむ。やはり前のと同じように見えるな」
謎の発言をしていた。
前ってことは、前も同じようなものに乗った経験がおありなんですかね?
そんな疑問はさておき、オルゾアはこちらを見回して「ん?」と首を捻る。
「メンバーは七人?六人だと聞いていたが」
「ん?」
いやそんなわけはないよ、と、クレイは振り返り、指さしで数え出す。
それぞれ指差して、最後に自身を指差して確認するとオルゾアに言う。
「いや、六人のままだけど」
「じゃあ、そこの鎧はここに置いていくのか?」
指差す先にはロエテムだった。
皆に混じり、何食わぬ顔で話を聞いていたような雰囲気をしていたロエテムは、オルゾアに指差された事で、みんなに注目された瞬間に何故か腕を組んで偉そうなポーズをとった。
最近思うのだけど、本物の魂が内蔵されているのではないかとディラは疑っている。
そんな人間そのものに見えるロエテムを確認して納得したクレイが早速訂正をした。
「すんません、こいつ人間じゃなくて人形です」
クレイがロエテムの背中を軽く叩くとこんにちはと兜を上げるロエテム。
この前の落ち込みから一変、開き直って一発芸にしたらしい。
だけど、オルゾアは無言でロエテムの中身を見詰め。
「紛らわしいから首に人形ですと板でも下げててくれ」
とだけ言って話を切り上げてしまった。
思ったよりも反応が薄くて感心する。
でも万が一パニック起こされてロエテム壊されでもしたら堪らないので言われた通りに『ボクは人間ではなく人形です』板を下げておくことにした。
ちなみに一発芸が滑ってロエテムは少し落ち込んでいるような雰囲気になっていた。可哀想である。
「んで、積み荷は馬車か。言っとくが馬の糞の面倒まで見てられないぞ」
そう言われたので、ディラは自信満々に答えた。
「ご心配なく。こちらも人形なので、なんなら解体してしまっておくことも出来ます」
よいしょとグラーイを解体すると、屈強達から感心したような声が上がる。
オルゾアがディラのすぐ隣に来た。
「便利だな。いくらで売る?」
「売りませんよ」
思わぬ所に需要があるものである。