ケテル脱出作戦『スリ師と追いかけっこしました』
人間界、別名ケテル地方から脱出するためには足がいる。
勿論体の部位ではない。車や電車などの移動手段としての足だ。
ここには車や電車なんてものは存在しないから、足と言えば特定の物を指す言葉になる。
そう、馬車だ。
徒歩だとどうやったって移動速度に限界があるし、人数分の馬を用意するお金なんて無い。
別に徒歩でも良いと思ったのだが、なんせ教会連中はだいたい馬を持っているので、それに対抗するためであった。
あとは移動中何だかんだと作業できた方が効率が良い
ということでみんなでお金を稼いで馬車を買うことにした。
みんなレベルが上がったので、ある程度難しい依頼でもいけるだろうという判断だ。
「いってらっしゃーい」
ちなみにお尋ね者であるディラはお留守番である。
クレイの言うことには、教会とギルドは距離が近いので、ディラが依頼に参加した場合即情報が行って捕獲部隊がやって来るらしい。
逆を言えばギルド関係から離れれば早々見付からないと言うわけだ。
とはいえディラだって暇ではない。
何せディラには最重要な仕事が任されているから。
ぐぐっと伸びをして気持ちを入れ換えた。
「さて、こちらもやりますか」
荷物を担いで近くの森へとやってきた。
昨日のうちに作業をしやすい場所を見つけていたのだ。
「よいしょ」
担いだ荷物を下ろして【隠密】スキルを解いた。
「さて、何を材料にしようかな」
ディラに課せられたお仕事は“馬作り”である。
本当なら馬車と馬の双方をそろえたかったけれど、どちらも高級品である。
言うならば車だ。
馬車だけで車を買う値段だし、馬だけでも同じく車と同値段だ。
さすがに車二台一気買いはできない。
と言うわけで、みんなで力を合わせて馬車を買い、それを動かす馬はディラが作ることになった。
正確には馬の人形だけれども。
実はマーリンガンのところで魔法具作りをしていた時、【魔法具制作】スキルが発現していた。
これが発現すると魔法具制作の成功率が大幅に上がる。魔法使いには大人気なスキルだそうだ。
最もディラは弓兵なので必要なさそうだが、現実で推しのグッズを趣味で作っていた影響からか、わりとあっさり取得できてしまった。
もともと【弓矢生成】あるからいけそうな気はしていたが。
今回はこの【魔法具制作】スキルでロエテムのような馬人形を作るつもりだ。
せっかくだから折り畳み出来るようにしたいなと考えつつ、素材になりそうな木を弓で削って伐採した。
「んー、一応モノづくりの道具は持っていたはずだけど」
無いものがあれば買ってこなければならない。
鞄をひっくり返してみると、モノづくりの道具箱以外にも色々転がり出てきた。
明らかに小型の魔法具を作るには適さない大きいペンチや針金にその他諸々。
ディラの鞄にこんなものを入れるのはマーリンガン以外には存在しない。
ディラの鞄を新調しようと言ったのはマーリンガンだ。
拡張処理すると言われたので素直に手渡したのだが、まさか既に色々突っ込んでいるとは思わなかった。
「…見越してたんかな?あまりにも適した道具がありすぎて逆に引く」
もしかしてマーリンガンはレア物の【千里眼/先読み】とかを持っているのかもしれない。
「うーん、困った」
腕を組み、丸太を前にディラは困っていた。
実はディラは馬の正確な形をよく知らない。
何となくの大雑把な形は分かるが、作るのならば正確な形を把握したいところ。
「どっか馬小屋とか無かったっけ?」
とりあえずざっくりとでも良いから形を把握するために、ディラは再び【隠密】を発動させて馬を求めて町へと向かうことにした。
すぐに良い場所が見付かった。馬を放牧している場所があったのだ。
町から少し離れているから人はほぼおらず、ラッキーとディラは紙と鉛筆を取り出して馬のスケッチを開始した。
しばらくスケッチしていると、小屋の方から人が来た。
いや、人にしては色々おかしい形をしている。
まず顔は犬だった。
ついでに言えば尻尾も生えているし、脚だって犬だった。
犬なのに二足歩行をして服を着ていた。
この特徴をディラは知っていた。
“獣人”と呼ばれる種族だ。
「……初めて見た……」
「ん?」と、獣人がディラの方向を向いたので慌てて隠れた。
獣人は五感が人間よりもするどいと言うが此処まで良いとは思わなかった。
別に教会関係じゃないから隠れなくても良いのだけれど、盗人と思われたらたまらない。
完成したスケッチを手に、こそこそとディラはその場を去った。
チャカチャカと馬作りをしている途中で、ふと変な違和感を覚えてスキルを確認したら【魔法生物制作】スキルなるものが発現していた。
道理で手際よく作れているはずだ。
恐らく何かのスキルの恩恵があるのかも知れないけれど、とりあえず本日中に作れるところまで作ろうと再び手を動かした。
「……あ」
順調に作っている途中で、結束部分に使う部品が切れた。
「あちゃー、買いにいかなくちゃ」
昨日行った道具屋で見掛けたからあるのは知っているのだが、わざわざ町に行くのがめんどくさい。
けれどこの部品が無ければ完成はしない。
「よいしょー」
再び【隠密】を発動し、財布と弓を持ってディラは町へと向かった。
フードを被って【隠密】を発動しているから、それに対するスキルが無ければ“ディラ”だと特定するのは難しい。
何でもない一般人と認識されれば害されること無く過ごすことが出来る。
が、一つだけ例外があるとするならば、強くなさそうな一般人をターゲットにしている場合だろう。
ドスンと前方からやってきた男に肩をぶつけられてディラは軽くよろめいた。
む、と男を見れば、男は「すまんすまん!急いでて!」と言い訳しながら小走りしながら去っていく。
それだけならまだ良いが、次の瞬間ディラの千里眼が特定条件発動をした。
千里眼は男をマークして居場所を知らせている。
「……」
ディラは何となくポケットに手を突っ込んで納得した。
村人の証と、財布をスられていた。
両方ともディラにとっては大事なものだ。
早速、【身体機能向上】を発動すると、男の追跡を始めたのだった。
◼️◼️◼️
ヒィヒィと男が躓きながら逃げ惑う。
「なんなんだ!なんなんだよ!!」
いつも通りの完璧な仕事だった。
一目で分かった。弱い奴だと。なのに、どうしてこの俺が哀れな虫のように追い回されているんだ!!!
男はスリ師だった。
人混みに紛れて、盗れそうな奴からひょいと盗む。
そうして生きてきた。
今回の獲物はパットしない貧相なガキだった。
いっちょまえに弓を持ってはいるが、筋肉のない腕を見れば駆け出しだってのはすぐに分かる。
おまけにフードを深く被って気配が薄ければ、絶対に反撃してこない良い鴨だと踏んでちょろまかしてやった。
異変に気が付いたのはすぐだった。
標的にした奴の気配が薄くなったところで戦利品を確認するのだが、どんなに足を進めても一向に薄まる気がしない。
いや、むしろこれは濃くなっている。
濃くなっている理由は明白。
追ってきている証拠だった。
「チィッ!」
生意気にも追跡を出来るらしい。
だが、と男は笑う。
こちとら伊達に長くスリ師をやっていない。
痕跡を残さないように人混みに紛れて気配を分断し、すぐさま裏道へと潜り込む。
ここは迷路のように入り組んでいて、地元民でも慣れてなければ道に迷う。
これで安心だと足を緩めた。その時。
「ねえ」
すぐ後ろから声がした。
ゾワリと背中が総毛立つ。
気が付かなかった。いつの間に追い付いていたんだ。
「そろそろ返──」
近くの乱雑に積まれていた積み荷を蹴り倒して男は駆け出した。
うお!と後ろで声がした。当たっていればいいが。
男は本気で逃げた。
あまりにも予想外すぎた。
読み違えた?あんな弱そうなガキだったのになんだこの気持ち悪い感覚は。
男は更に難解なルートを駆け抜け、逃走するのに専念した。
男の勘が警鐘を鳴らす。捕まればきっとただじゃすまない。
塀を飛び越え空き家を通過し持てる手を持って男は逃げぬいた。
どのくらいの時間逃げていたのだろうか。
足は鉛のように重くなり、激しく息切れをしている。
だが、ガキの気配は完全に消えているのを確認すると、男は安堵の息を吐いた。
良かった、これでもう安心──
「!!!!?」
再びの悪寒に男は勢い良く振り変える。
だが、其処には何もいない。
早鐘を打つ心臓を他所に、気のせいだと思い込み前を向いた。
心臓が止まるかと思った。
男の目の前には、完全に巻いたはずのガキが困った顔で立っていた。
「いい加減返してくんないかな?買い物したいんだけど」
男は身を持って痛感した。
容姿で侮ってはいけない類いの者もいるのだと。
◼️◼️◼️
「傷付くわぁー」
【千里眼/見通し】のマークを追い、屋根を使ってショートカットしてくれば、男はディラの顔を見た瞬間に悲鳴をあげて気絶してしまった。
まるで幽霊か化け物を見るような顔だった。
俺が一体何をしたってンだ。
そう思いながらディラは男の身ぐるみ剥ぎながら探すと、一番下の服の隠しポケットに財布と村人の証を発見した。
「あーあ、無駄な時間使った。早く買って戻らなきゃ」
気絶した男をそのままに、ディラは道具屋で必要なものを買い揃えると、中断していた作業を再開したのであった。
この作品が面白い!
もっと読みたいって方は、是非とも栞&評価をよろしくお願いします!!!
全て作者のやる気になります!!