再チャレンジ『ガンガンいきましょう』
翌日。クレイがマーリンガンのレベル測定器を覗きながらぼやいた。
「やっぱり止まった」
「前回のレベルで止まったの?」
「そう。上限解放してからがキツいとは聞いていたけど、びくともしないとは」
「ほーん」
軽い気持ちでディラは周りを見ると、みんな同じスランプに陥っていた。
しかし、ノクターンは人形にマーリンガンに頼み込んで鎧の作り方を(魔法具)伝授してもらったり、アスティベラードはクロイノに乗ったりお手させたりと気にしてない様子。むしろ楽しそうだった。
するとマーリンガンは想定内だったようで、次の提案をしてきた。
「そろそろどうだい?レベル40に挑戦してみるとかは?」
マーリンガン曰く、これを倒せて始めて、聖戦での使い物になるレベルになるのだ。
そのマーリンガンの提案に、クレイがディラに訊ねた。
「…いけると思うか?」
ディラは即答した。
「いけんじゃね?」
現にもうディラ抜きでも全然いけると思っている。
連携は更に磨かれ、新たなスキルも習得しているらしい。
マーリンガンに目配せすると、頷いて立ち上がった。
「とにかく何事も挑戦だ。なにせ死ぬことはないんだ。思う存分当たって砕けてくると良い」
砕けては駄目なんじゃないかな。
なにせ、砕けたらペナルティを受けるのはディラである。
そう思いながらマーリンガンを見ていると、何を勘違いしたのか最近ハマっているウインクを飛ばしてきた。
やめろ。
ということで現在、ディラの記憶によって引き出されたレベル40のモンスターと対峙中である。
ウネウネとしている紫色の長い触手が10本。頭、もとい腹が膨らんだ独特なフォルムは皆が知っているあの生き物。
怪訝な顔をしてクレイが言う。
「タコ?」
「って思うじゃん?」
大体の人はそう言う。実際始めて相対したときのディラも「なぜタコ????」と疑問を口にした。
すると二人の言葉に反応するかのようにタコが突然立ち上がる。そりゃもうスクッと軽快に立ち上がる。これが本来の姿だと言いたげに。
このタコの名前はバルブボンオクトパス。皆からは40レベルのボスだからシオ(40)と呼ぶべきだろうが、あのタコ、呼ばわりされている。
「タコって立つっけ?」
突然立ち上がったタコを見てクレイが疑問を口にする。
だが、そんな事、ドルチェットにしてみれば些細なことらしい。
「斬りやすくて良いんじゃね?」
と言いながら、ドルチェットはバルブオクトパスの切り方を指でシミュレーションしていた。
確かに切りやすくはある。だが、それは今だけだ。
早速いつものように特攻を掛けようとしたドルチェットが姿勢を低くして狙いを定めた時に、タコに変化が起こった。
タコの膨らんだ部分がまるで風船のように膨張していく。
その様子を見て、マーリンガンに作って貰った耳栓をするジルハ。
また麻痺させられると思ったのか。
賢明な判断だけど、今回はちょっと違う。
「クレイ」
「なんだ?」
「あれ、爆発する」
そう警告すると、クレイはニヤリと笑ってタコを見据えた。
「よし!わかった!」
クレイが皆の前方に出て盾を構えた瞬間タコが大爆発。
だが、思ったよりも衝撃波が来ない。
どうやらクレイの前方に見えない盾が出現し、音は響くが、発生した衝撃波は全てクレイが引き取っていた。
いつの間にか【衝撃吸収】スキル獲得していたらしい。
成長しているなと感心していると、後方にいたアスティベラードがディラの横に来てバルブオクトパスを指差して訊ねた。
「あればどこが弱点だ?」
バルブオクトパスの爆発によって煙が充満して視界が悪い中、アスティベラードは見えているらしい。しきりに目を動かしている。
何か眼のスキル獲得したのだろうか。
「ええーと、額の宝石。目の目の間にあるやつ」
「めんどくせー。まずは煙ぶっ飛ばすが良いよな?」
ドルチェットが大剣を背負い直した。その姿は完全に野球で良く見るバッター選手だ。
「あ、足の切り方気をつけて、縦に割くと増えるから」
「分かったぜっとお!!!」
ドルチェットが大剣を大きく振った。大剣を扇のように使った事によって発生した風が一気に煙を散らせ、遂にタコの姿が露になった。
際ほどよりも一回り大きくなったバルブオクトパスがディラ達を見下ろしていた。
「は?」とドルチェット。
実はバルブオクトパスは爆発する度にでかく、模様が増え、更に攻撃性が増すという凶悪タコであった。現に先程の爆発によって一回り大きくなり、全体的に模様が増えて触手には小さいながらもトゲが生えている。
倒すのにモタモタしていると、最終的に全身金属の化け物とやりあうことになる。
故に、こいつはさっさと倒すのが吉なのだ。
バルブオクトパスのモーションが変わった事にクレイが気が付いて注意を促す。
「脚くるぞ!!」
バルブオクトパスの脚が伸び、まるで鞭のようなしなやかさで迫ってきた。
バルブオクトパスの攻撃方法その2だ。触手は一見ただのタコ脚に見えるが、実は細かく斜めに斬り込みが入っていて、それが遠心力で伸びていく。
それぞれ回避している中で身軽なジルハが触手に飛び乗り上を駆けていく。
ドルチェットが大剣をぶんまわし、次々に脚を破壊。
「次に生えてくる脚は刺付きになるから気を付けて!」
ディラが注意勧告しながらタコの膨らんだところに矢を射ち込んでいく。
あの中に爆発させる袋が入ってて、動き回っている。それを破壊すればいいんだけどそう上手くはいかない。
「まじでデバフ邪魔」
モンスター特有スキルの【装甲】が邪魔で貫けない。
矢はどうしても距離があけば威力が落ちる。特に今はマーリンガンのデバフのせいでいつもよりも威力が大幅に下がってしまっている。
確実に破壊するには近付くしかない。
そんなディラの様子を見て、アスティベラードがクロイノに乗ってやって来た。
「距離を詰めるのならば援護するぞ」
願ってもない提案。
「ありがとー!」
せや!とディラは飛び出し、一気に距離を詰めていく。
幸いにも【千里眼】や【身体能力向上】などにはデバフが掛かっていないので刺付き脚も何のその。更にアスティベラードの支援、もといクロイノの尻尾の支援もあってディラはすぐにバルブオクトパスの近くまで距離を詰めることが出来た。
その時、辺りが焦げ臭い事に気がついた。
「?」
何でだろう。ディラは首を捻る。
このバルブオクトパスは火の攻撃方法はない。だからこんな匂いは出る筈がないのだが。
バルブオクトパスに先に辿り着いたジルハが額の宝石に刃を振り下ろす。
だが、予想外の事にジルハは困惑した。
「ええ!?」
刃を突き立てる瞬間、グニュンと音をたてて宝石が体の内部へと仕舞われてしまい、目的を失った刃は分厚い【装甲】に弾かれた。
ディラも驚いたが、すぐに「あ…」と思い出した。
ああー、忘れてた。あんなのあったな。ごめんジルハ。
迫って来た刺付きの触手が突然千切れて飛んでいった。
クロイノだった。
刺付きなんか関係ないとばかりに触手を引きちぎり、すぐに次の触手へと飛び掛かる。
だが、次の瞬間すべての触手が縮み、元に戻るのを見た瞬間、慌ててディラはクレイへと叫んだ。
「クレイ!!盾で上空に複数出せる!?」
「まだ無理ー!!」
「あああああ」
バルブオクトパスの色がピンクに変わっていき、頭上が白く光輝き始めた。
今から来るのはタコ墨攻撃だ。
バルブオクトパスの頭上から発射されるタコ墨を直に被ってしまうと、視界制限の異常状態になってしまう。視野が恐ろしく狭くなり、これの後に来る触手の猛攻と爆発が避けきれずに此処で脱落するものが多数。
だからクレイの盾を傘がわりにしようとしたのだが、まだそういうスキルは獲得していなかったようだ。
ディラは盛大に焦った。
デバフが掛かっているとはいえ、ディラはこれを避けきれる自信があった。
なにせ、一度はクリアしている相手であるし、その後も野生のバルブオクトパスを討伐している。
だが、それはディラだけで、下手をすればクレイ以外のメンバーが全滅する。
「…螺旋の家、網目の家、逆さの獣に問われて、何を急ぐ、網を引かれて、纏わり付く粘りけ、泥の中に沈んだ。進めど壁、何度願う、もっと速くと…[ザパマ・イワチ]
すがり付く手を払う、脚を叱咤し、けれども砂の道。無情な雨に打たれ、天へと叫ぶ。時よ、遅れろ…[ザパマ・ヨヤケ]」
空間が弛み、体が軽くなる。おそらくこれは速度上昇。
もう一つもすぐに判明した。
「墨が…」
バルブオクトパスの頭上から、正しくは腹上だが、そこから吐き出された墨が、まるでスローモーションのように遅くなっていた。
いや、バルブオクトパス自体が遅い。
なるほど、これは考えたな。
これだと墨は止まっているも同然。
「はぁ…、はぁ…、あの、皆さん早めに何とかしてください…、長くは持ちません…」
「はーい、なんとかしまーす」
ノクターンに急かされ、今のうちとバルブオクトパスへと近付き、千里眼で爆裂袋を探し出す。
「あった!」
すぐさま矢を同じところに連射して力付くで装甲を破壊し、中の爆裂袋を破壊した。これでバルブオクトパスが自爆をすることはない。
「ディラ退け!ジルハいくぞ!」
「うん!」
ディラが場所を退き、ドルチェットとジルハに譲る。
ドルチェットが大剣を振るうと、装甲なんて紙のように破壊され、バルブオクトパスの中身が露出する。
ゼラチン状の物体の中で、宝石が浮遊している。
「宝石発見!」
すぐさまジルハがそのゼラチン状の物体を切り裂き、宝石に刃を突き立てた。
呆気なく宝石が砕け散り、それと同時にノクターンの魔法が切れた。
「あ」
避ける間もなく盛大に墨を被った。
1分後、異常状態が解けて初めて見たのは、墨のなかに横たわるバルブオクトパスだった。
真っ白に脱色していて、端の方から光になって消えていく。
そして残されたのはいつものビグ・マネーバだ。
「ふぅ、試験完了っと!」
いつの間にかドルチェットが【高熱剣】というスキルを手に入れていたらしい。あの時の焦げ臭い理由が判明した。
それぞれレベルの上がりをチェックする。
アスティベラードがクレイ、ドルチェットと同じく上限入りを果たし、ジルハとノクターンがそれに続く感じだ。
新たなスキルもどんどん増え、連携が更に良くなっている。
ノクターンもいつの間にか知らない魔法を習得しており、今回は出番が回避の時にノクターンを担いで逃げるくらいしか無かったが、パペットの操りも上手くなっている。その内ノクターンも攻撃に加わるかもしれない。
ニコニコと皆の話を聞いていたマーリンガンが冗談めかしてこう言った。
「どうするかい?なんなら次は50いっちゃう?」
「行く!」
ドルチェットが即答した。もう少し考える時間を与えてほしかった。
そうして、少しの休憩の後、今度はレベル50の試験へ向かうことになったのだった。