レベルを上げましょう『フルボッコにされました』
ビグ・マネーバ。
目の前の敵の記憶から相手が想像する仮想敵を生み出す厄介なモンスターだ。
むくむくと肥大していくビグ・マネーバを見ながら、ディラはああ懐かしいなこれ、と思考を停止させていた。
ブリオンでの厄介な敵ナンバーワンとして位置付けられているこれは、レベル30として適切な敵の情報があるディラの思考や脳内情報を読み取ってその姿を変えていった。
ほんの数秒の後、目の前にグランバエノが登場した。
大きなハエと痩せこけた赤子が混じった生物が王冠被ってて肩には銃器、腕には鎌みたいなの装備している容姿だ。
すぐ近くには蝿小鬼もいるけど数は15匹くらいか。
本来ならこのグランバエノがタワレアルの産みの親、いわゆるボスキャラなのだが、聖戦は何故かギュレアハであった。
(まぁ、固くはあったけど、別に手も脚も出ないって感じでもなかったしな)
グランバエノがこちらに気付いて戦闘モードに入る。
さて、やりますか。
「咆哮来るぞー!耳塞げー!」
叫んですぐに両手で耳を塞ぐと、グランバエノが壊れた機械のようなイカれた音を吐き出した。
麻痺の咆哮だ。
だいたい初見がこれでやられるが、まぁ警告したし大丈夫だろう。
と、そんな甘い考えでいたらクレイが後ろで叫んだ。
「ジルハアアアアーーー!!!!」
振り返って確認すると、耳塞ぎ間に合わなかったらしいジルハが倒れていた。
「……あーあ」
まぁ、一分後くらいに戻るから大丈夫だろう。
「耳栓があれば良いんだけど、そんなもの無いから後方へ下がらせて。っていうかノクターン防音の魔法とかって使えたり?」
「残念ながら…」
「だよねぇー」
持ってたら良いな、って感じだったけど、やはり持ってないようだ。
残念。
「クレイは?」
「盾にあるわけないだろ」
ブリテニアスオンラインではあったけど、ここには無いようだ。
なら、原始的にチマチマ頑張るしかない。
「お腹の辺りが膨らんだらアレをやるから気を付けてね。よーし、行くぞー!」
弓を引き、グランバエノの額に向かって射ち放った。
せめて皆が少しでも楽できるように急所の一つくらいは破壊しておこうという考えだったのだが、矢は呆気なくグランバエノの装甲に弾かれた。
「え?」
弾かれた事にディラは動揺した。
確かにいつも以上に手加減したことは認めるが、刺さりもしないなんてあり得ない事だった。
すると、洞窟内にまるで館内放送のようにマーリンガンの声が流れてきた。
『「君一人で制圧なんて楽しくないでしょ?だから君だけ条件攻撃デバフ掛けてるから気を付けてねー!」』
「マーリンガン聞いてないよ!!」
初耳過ぎる!!せめて事前に報せろと抗議をしていると、こちらのターンだと言わんばかりにグランバエノが動き出す。
グランバエノが高速で地面を殴る事によって地面を揺らして獲物の体勢を崩すのだ。
慌ててノクターンが援護魔法を唱えた。しかし地面の揺れは収まらない。
そんな中、雄叫びを上げてドルチェットが突撃していった。
地面の揺れなんて気にもしてない。
あっという間にグランバエノの懐に入るや、大剣を大きく振った。
「せやっ!!」
ドルチェットの大剣がグランバエノの足を切断した。
そのままの流れで近くにある別の脚に狙いを付ける。
「よし!もう一本──「危ない!!」
「!!」
クレイが上からの鎌の攻撃からドルチェットを盾で庇った。
ギャリギャリと音を立てて鎌が受け止められる。だが、グランバエノの攻撃はこれで終わりではなかった。
死角からの攻撃に慌てて二人に叫ぶ。
「横から来てるよ!!」
「!?」
横からの攻撃の反応に遅れて防御が間に合わず、ドルチェットと一緒に吹っ飛ばされた。
腰を抜かしているノクターンが小さく悲鳴を上げながらも再び防御力増加の魔法を発動させる。そんなノクターンにタワレアルが群れをなして攻撃しに来たのを復活したジルハが阻止。
「失せろ!!」
アスティベラードがクロイノに命令するが。
クロイノの尾で撫でられたグランバエノが一瞬力が抜けたような感じになるが、すぐに立て直してきた。
「なっ!効かぬだと!?」
予想外の動きでアスティベラードが動揺するも、すぐに次の策を打って出る。
「ならば!!」
クロイノがアスティベラードの影に潜る。
次の瞬間、アスティベラードの周辺の空間に黒い物体、穴のような物が出現し、そこから光線が飛び出してグランバエノへと直撃した。
「なにそれかっこいい!!」
思わずディラは興奮して叫んでいた。
少年の性である。
だが、効き目は薄く、直撃した場所から煙が出たくらい。
全くの予想外でさすがに狼狽えるアスティベラード。
そろそろ本気でやろうかなとディラが狙いをすました時、グランバエノがとり始めたとあるモーションにディラはピタリとその動きを止めた。
「あ、ヤバい」
グググとグランバエノが肩を寄せてきた。
連続発射だ。
目で追えない速度で両手の鎌を振った際に発射される魔力の弾と衝撃波は、グランバエノの嫌な攻撃第一位に挙げられる。
といっても有効範囲はあるので、その外まで逃げられればダメージは少なくてすむ。
矢を後方、有効範囲の外に打ち出し、ディラはスキルを多数発動しながら皆に指示をした。
「走れ!!俺の矢の外まで!!」
近くにいるジルハとノクターンを全力で矢の外へとぶん投げ、相殺の為に【弓矢生成】で向き合った瞬間、グランバエノから弾が大量に飛んできた。
大量に発射した矢が弾を打ち砕いていく。
何とかなるほどの量しか相殺できなかったけど、クレイの盾もあるし大丈夫だろう。
「デバフきつーッ!!………あれ?」
だけど、周りを見ると光の塊が霧散していった。
「え?死んだ!!?」
なんで!!?まさかの衝撃波でやられた!!?
バシュンと、体からキラキラとしたエフェクトが放出され、変な脱力感が消えた。
「あ、デバフが切れた。……ていうか、ええー…、まじかぁー……」
本当に俺以外全滅してしまった。
ボッチ寂しい。
ちょっとだけ頭を抱えたが、みんなのステータスを思い出して納得した。
「まぁ、そうか。よくよく考えたら10以上の差があるもんな。仕方ない仕方ない」
復活できるから安心だなとか思っていたら、マネーバがウゴウゴ動いて形を変えた。
そう言えばマーリンガンがペナルティがあるとか言ってたっけか。
何が出るんだろうなと眺めていると、出来上がったのは今もっとも会いたくない大嫌いな奴でした。
『バロロローーイ!!』
ゆるキャラみたいな容姿の癖に攻撃方法が嫌いな鞭と槍が合体したもので、倒すのに苦戦を強いられた奴だ。
「…………………」
無意識にポケットに手を伸ばしたけどポケットの中にポーション類は一切無かった。当たり前である。ここはゲームではない。
「ええー。待ってよ。こんな物資不足の状態でやらないといけないの?」
「ムチウチニナレーーーーイイイ!!!」
「もうこいつとはやりあいたくなかったのにいいいいい!!!!」