後悔先立たず『危機感のなさを恨みました』
案内されるままに着いていく。
その途中で背後から視線を感じて見てみると、黒いのがいた。
「!!!??」
声こそ上げなかったものの、盛大に肩が跳ねた。
あまりにも予想外すぎて、ディラは大混乱した。
なんで後ろにいるのだろう。しかも、いつから後ろにいたのか。
するとスキンがこちらを振り返る。
「どうされました?」
「い、いえ、なんでもないです」
「そうですか。もうすぐ着きます」
アスティベラードはいないのに居るとはどういう事なんだろうか。
それともこっそりと付いてきているのか。
ならあまりキョロキョロするのは良くないなと、ディラは必死に平然を装った。
その内とある扉の前でスキンが止まる。
「この中でお待ちください」
扉を開けて中に入ると、応接間みたいな所だった。
頑丈そうな机を挟んで大きめなソファーが向かい合うように配置されている。
その中の一つにディラは腰かけた。
「お。めっちゃ椅子フカフカじゃん。すげー寝やすそう」
こっそりと色んな座りかたで遊んでいると、扉が開いて先ほどのスキンの職員が飲み物をもって現れた。
「お茶です」
「ありがとうございます」
机の上にお茶を起き、そのまま出ていった。
なんでこんなに待たされているんだろうか。
やっぱりカウンターに重大な問題が発見されたとか。
「……喉乾いてきた」
緊張すると喉が渇いてくる。
折角なのでお茶に手を伸ばすと、黒いのが妨害してきた。
手を避けて取ろうとすると頭突きをされる。
実際にぶつかっている訳じゃないんだけど、当たっている場所が塗り潰されたように黒くなるから見えなくなる。
「……ちょ……やめろ、猫みたいなことすんな。頭突きやめい……っ」
小声で黒いのに止めてと訴えても止める気配はない。
一瞬の隙をついてなんとかお茶を取ると、ふわりと花の臭いが漂う。
「おお、凄い甘い臭い」
紅茶系か、はたまたハーブティーか。
口に含むと濃厚な花の香りと共に、炭酸みたいなビリッとした感覚が舌に走った。
「……炭酸?お茶なのに?」
特に甘くはないから、変な感じだった。
もう一口飲んでみるが、やはり舌にビリッとくる。だが不思議なことに、喉には一切来ない。
「炭酸ではない??」
なんだこれ。でも癖になるな。
「お前も飲む?」
後ろの黒いのに近付けたら、表情がわからないのに凄い引いた顔をされた。
嫌いなのか。だから妨害したのか。
そのままチビチビとそのビリビリを楽しみながら飲んでいると、足音が近付いてきた。
「お待たせしました」
顔に微笑みを張り付けた男性と、やたら体格の良い男性職員が複数がやって来た。
え、なになに??とディラが警戒すると、最後の男が後ろ手で扉の鍵を締めた。
比較的普通の体格の男性が目の前のソファーに腰掛けた。
男性はくいっと丸メガネを指で上げ、笑顔のまま話し掛けてきた。
「えーと、ディラ君で間違いないかな?」
考えすぎか?
警戒しながらもディラは答えた。
「はい、そうです」
「本名かね?」
予想外の返答に、ディラの脳内は疑問符で一杯になった。。
なんだその質問。
何故突然そんなことを聞くのだろうか。
ディラは迷った末、正直に答えた。
「………いえ」
でも、答えて良かったんだろうか。
お腹辺りが変にグルグルする。
男性は笑顔のまま、首を少しだけ傾ける。
「そうですか、では…」
しかし、ディラは気づいた。
この男、笑顔なのに目が全く笑っていない。
「君はもしかしてアサヒ・オノデラ、という名前ではないかね?」
ドッと心臓が跳ねた。
なんだ?なんで俺の本名が?
途端に甦るアスティベラードの言葉。
「!」
男性職員達が後ろへと回り込み始めた。
待てよ、なんかこれカウンター関連の話じゃなさそうだし嫌な予感がする。
逃げよう。
そう思い、ディラは立ち上がった。
「あの、俺ちょっと用を思い出したので失礼しま──」
グニョンと景色が歪んで、気付いたら床に倒れ込んでいた。
あれ?なんで俺倒れたんだ?
床に倒れ付したディラのすぐ近くに笑顔の男がやってきて、しゃがみこんだ。
「おやおや、大丈夫かい?」
驚いた様子もなく、心配そうに声を掛けてくる。
なのに、その声は全く心配しているようには聞こえない。
何か言おうとしたのだが、ディラは声すら全く出ないことに気が付いた。
むしろ呼吸すら苦しい。
そんなディラを見て、笑顔の男はスキン達へと指示を出す。
「おい、誰か立たせてやりなさい」
「はい」
スキン達に腕を捕まれて引っ張り上げられ、ディラはそこでようやく気が付いた。
体の力が全く入らなくなっている。
訳の分からない現状に戸惑うディラの髪を笑顔の男は掴み、引っ張り上げる。
無理やり顔を上げさられたディラは笑顔の男の顔を真っ正面から見た。
いや、訂正しよう。
笑顔の男は、既に笑顔ではなくなっていた。
男は冷たい声でディラに語る。
「アサヒ君。君には、いくつかの罪状が掛かっているのを知っているかい?
まずひとつは、国宝に対する侮辱罪ないし、傷害罪。そしてこれは一番良くない、よりにもよって世界の宝に対しての窃盗罪だ」
男性の視線がエクスカリバーに向く。
まさか。
上着の隙間から覗くのは教会のエンブレム。
ディラは心の中で叫んだ。お前、教会関係者だったか!!
「君が勇者、コウタ・サトウと一緒に来た不純物というのはもう分かっているんだよ。よりにもよって無銘の神具を盗むとは、けしからん」
マーリンガンを思い出す。
ああ、マーリンガンの言っていたことは本当だったのかと。
そこまで考えて、一つの疑問が浮かんだ。
まて、じゃあ、村は?
次々に思い浮かぶ村人達とおばーちゃん。
悪い可能性が脳裏に浮かんで血の気が引いていく。
「なんで守人がいたのにも関わらず盗めたのかは分からないが、まぁ、それはゆっくりお話しさせてもらうとしようか。君、今毒で喋れないだろう?大丈夫。幸いにもたっぷりと時間はあるからね」
男は掴んでいた髪を離して立ち上がる。
教会関係者はみんな揃いも揃って嫌なやつだ。
聖職者を語る癖に人の扱いがヤクザそのもの。
目だけは何とか動く。
必死に呼吸を続けながら、倒れた拍子に溢れたお茶を見詰めた。
きっとあのお茶には毒だか薬だかが混ざっていたのだろう。
舌がビリビリと痺れるのに疑問をもって止めれば良かったのになんで面白がって飲み続けてしまったのか。
そうか、だから黒いのはお茶飲もうとしたの止めようとしたのか。
あーあ、俺のアホ。
「既に教会には連絡をいれてある。連れていけ」
「はい」