シャールフ『システムに組み込まれたようです』
気が付くと真っ白い空間に突っ立っていた。
「へ?」
え!?と慌てて周りを見渡した。
されどどんなに目を凝らしても白い空間が広がるばかり。
幸いにも地面と思わしき場所が判別できるだけマシだけど。
「おーい!」
試しに声を出してみたが、どこにも響かない。
手に持っているはずの弓もなく、それどころか身一つで少し不安になる。
「…あ、そういえば…」
先ほどの出来事を思い出し、胸を確認したが、何もなっていない。
傷もなくつるりと変わりのない胸に、逆にディラは恐くなった。
訳がわからない気持ち悪い。
本当に何もないのかと思って後ろを振り向くと、吃驚するくらい大きな木が立っていた。
真っ白な、空間に溶け込むような大樹。
その下に、誰かがいた。
「うわっ!びっくりした…」
誰もいないと思っていたのに、居たときの驚きは大きい。
でも人がいるっていうことは此処から出る術がわかるかも。
そう思いディラはその人の元へと向かった。
「すみませーん!ちょっとお尋ねしたいことがあるのですが!」
その人のもとへと駆け寄ると、なんとも言えない違和感に脚を止めた。
違和感しかないのだが、でも何が違和感なのかわからない。
その人は男性だった。
黒髪の日本人みたいな感じの容姿をしていたが、モデルみたいに背が高いし筋肉もしっかりついていて、いわゆるイケメンだとか男前とかの類いだった。
その男性はディラが声を掛けたのにも関わらず、無反応だった。
それこそ返事もしなければ視線を向けもしない。
ひたすらに地平線を見つめているその人の胸を思わず見た。
呼吸はしていた。
ということは蝋人形やマネキンではなく、生きている人なのは間違いない。
もしや聞こえていなかったのか?
「あの、もしもーし?」
再び声を掛けてみるも、変わらず無言。
無視されているのだろうか。
ちょっと悲しくなってきた。
これでは帰り道を教えて貰うのは難しそうだと肩を落とし、別の手懸かりがないかと探しにいこうとしたところ。
男の視線がディラへと向いた。
「!」
反応があったのでディラは男前へと戻る。
男は無言のままディラを見詰めていると、ゆっくりと手を差し出してきた。
その手には葉っぱがあった。
しかも、恐ろしく光輝く葉っぱだ。
訳もわからず首を傾けると、男の口が開かれる。
「俺が気付いたときにはもうどうすることもできなかった」
「なんの話ですか?」
突然すぎて突っ込みになったが、男は構わず話を続けた。
「君と俺の性質は似ている。だから託せると思う」
「あの、何の事ですか?」
「この葉を食べれば此処から出られるが、その代わり聖戦のシステムに囚われる事になる」
男はあらかじめプログラミングされたキャラクターのように何も映さない空ろな瞳でディラを見ながら話し続けた。
ああ、そうか。
このなんとも言えない違和感の正体がようやく分かった。
この人からは生気が感じられないんだ。
「本当の敵はずっと目の前にある。どうか間違えないでくれ。俺のようにはなるな」
とりあえず差し出された葉っぱを受けとった。
「あの、貴方は誰なんですか?」
答えてくれるか分からないが、問い掛けてみた。
すると、男の瞳がわずかに揺れた。
まるで遠い昔を思い出すかのように。
「俺は、シャールフと呼ばれた、ただの人間の残骸だ」
シャールフ!?この人が!?
思わずその男を凝視した。
「君は、俺よりも強い。きっと君なら、この下らない戦いを──」
全てを言い終える前にシャールフは消えた。
夢だったのかと思うくらい呆気なく。
だけど、手には葉っぱが残っている。
「………」
食べれば此処から出られる。だけど、システムに囚われる。
「…でも、出ないわけにいかないし。なんとかなるだろう」
何かあったときはその時に考えよう、と、ディラは安易に考えて葉っぱを齧る。
その瞬間、再び世界が眩んだ。
目が覚める。
視界は上ではなく横を向き、目の前にある食べ物を取ろうとしている姿勢を取っていた。
「え…」
つまりは、元の居酒屋にいた。
しかも先ほどの事は無かったかのようだ。
起きているときに見る幻覚、もしくは夢だったのかと思わず思ってしまったが、そうではないのはすぐに分かった。
みんな呆然としていて、不思議そうに辺りを見たり、武器を確認したりしていた。
そんな中、ハッとしたアスティベラードが慌てたようにやってきた。
「大丈夫か!?胸は!?出血は!!?」
アスティベラードは比較的ディラの近くに居た。
だからあの光景を間近で見ていたに違いない。
顔色を悪くさせていて、申し訳ないなと思ってたら、全く予想してなかった行動を取られた。
ディラの服を掴み、思い切り引っ張り上げたのだ。
「ちょーーーーーーぅっ!!??」
きっと傷の様子を確認しようとしたのだろう。
だけどここはお店である。
遅れて我に返ったディラが慌てて服を下ろそうとする。
なのに反対方向から物凄い力で服が上へと引っ張り上げられた。
ドルチェットだった。
なにこの子凄く力強い。
「おい馬鹿なに服押さえてんだよ!!!胸が見えねーじゃねーーーか!!!」
「手を退けぬか馬鹿者!!!よく見えぬではないか!!!」
「大丈夫!大丈夫です!!大丈夫だから服剥ぐのやめてセクハラだよキャーーーー!!!」
「大丈夫なわけないだろ!!あんなぶっとい刃物が胸から突き出して」
「待て待て、落ち着け!二人とも、とりあえず一旦落ち着け!」
クレイが興奮する二人を落ち着かせようとしながら服を下ろそうとしてくれている。
だが、二人が落ち着く訳がなかった。
「落ち着いてられるか!!見たであろう!?あんなものが貫通していれば無事なわけがない!!!」
「分かったからここで確認するのは止めよう!人目があるだろう!?」
周りの人の目がこっちを向いているから、という言葉でようやく二人の上へと引っ張り上げる力が弱まった。
当然だろう、何せディラの服は半分以上引っ張り上げられ、顔が服に隠れて腹剥き出しの変態のような有り様になっていたから。
良い見世物だ。
俺が周りの人の立場だったら絶対に見るもんと、ディラは死んだ目をした。
これで変なアダ名が付いたらどうしよう。
キノコさんから変態腹出し男になってしまうんだろうか。
それに気付いたドルチェットだが、アスティベラードが見せ物ではないと周りの人をギロリと睨む
一斉に顔を背ける野次馬達。
力が弱まった隙に服を下ろしたディラが慌ててアスティベラードを止めた。
「ありがとう心配してくれて!感謝しているからとりあえず痛いところは何処もないし、まずは一旦店出ません!?色々聞きたいことあるし!」
なんとかしてくれとクレイに目配せすると、察してくれたクレイが店員を呼ぶ。
「だな!すいませーん!お会計ー!!」
勿体ないので包めるものだけ包んで持ち帰る。
持ち帰りオーケーなお店で良かった。
参加してこなかったノクターンとジルハの二人は、この間、全力で気配を消して背景の一部になってたよ。
さすがはアサシンと魔術師だ。