聖戦開始『協力戦ですよ』
「…なんだか、大変な事に巻き込まれている?」
冷や汗を流しながらディラがそう呟く。
その時。
「朝陽!!」
「!」
ディラの本来の名前を呼びながら功太が駆けてきた。
功太の後を付いてくる二人がディラの姿を見た瞬間嫌悪感丸出しの表情になっていた。
やっぱり嫌いだわあいつら。
「アサヒ?誰の事だ?」
ドルチェットがなんだあいつと言いたげな顔でやって来る功太を見ている。
後で説明しないといけないだろう。
息を切らせて功太がやってきた。
「良かった!無事だったんだな!」
「無事ではなかったけど、元気だったよ。功太もその…」
二人は今にも武器を取り出しそうだ。
その気配を察してドルチェットはじめ皆の気配がピリピリし始めた。
怖い怖い怖い。
「立派な勇者になってるみたいで!」
「……がらじゃないよ。全然、全然さ。それに…」
ズズズズと激しく地面が振動し、皆一斉に揺れの大元であるギュレアハに視線を向けると、先程まで直立不動だったはずなのに、ゆっくりとこちらへと姿勢を変えていた。
嘘だろ、動けるのかあいつ。
「功太、まずはあいつを何とかしないと!」
「だな!」
久しぶりのタッグ戦か。
「あ」
とディラは思い出してクレイ達に言う。
「もし、ヤバそうなら避難して大丈夫だよ」
ゲームでこういうのとは戦い慣れているディラはそう気遣ったのだが、それが特定の人達の逆鱗に触れてしまったようだった。
まずドルチェット。
「ア?」
不良もビビる程の低い声がドルチェットから発せられる。
首は斜めに倒され、ディラを見上げるように睨み付けていた。
初めてされるガン付けてある。
「なんだてめぇ、自分等がテメーらの足引っ張るとでも思ってんのか?」
「ちょっ、ちょっとドルチェット」
止めに入るジルハを押し退けるようにクレイも不機嫌な顔で言ってくる。
「そうだディラ。自分達の身は自分で守る。子供じゃないんだからな」
そんなつもりは無かったんだけど、と、ディラは気まずそうに三人目の逆鱗に触れてしまった人物を見た。
アスティベラードである。
その背後の黒いのがゆらりゆらりと長い間尻尾を揺らしているのを見て泣きたくなった。
「ごめんなさい、調子に乗りました」
「よし。こっちの事は気にすんな」
「後で説明してくれよな」
な?と、クレイが笑顔。
何故か怖かった。
「あい」
どこから説明すればいいのやら。
それは後で考えようそうしよう。
まずはこのボスを何とかしてからだ。
「!」
功太の隣から変に圧が掛かってくると思ったら、あの二人が殺してやるくらいの勢いで睨んできていた。
状況読めてないのかな。
ため息を吐きながらボス戦モードへと切り替えた。
「──守れ 護れ 汝の子らを 硬い殻にて お守りください…
[レーニェテ・シークム]…。
母成る大地よ 天よ 始まりの火よ 我等に立ち上がる勇気と力を…
[ユネ・シークム]」
ノクターンの援護魔法が発動、今回は功太のパーティー含めたらしく、息を切らしていた。
「ありがとう!よーっし!!やったるかぁ!」
意識を集中させ、ゲームでのボス戦のように、そう、いつものようにディラはボスを見てペロリと舌舐めずりをした。
せっかくだから試したいことも多々ある。
『 ふふ… 』
「!」
ギュレアハが声のようなものを発した。
驚きのあまり見上げると、ギュレアハの口が開き、大きく息をする。
嫌な予感がする。
『 ああ、我が子よ。我が子よ。かわいい我が子よ、愛しい我が子よ、憐れな我が子よ。母を受け入れなさい。頭を垂れて尽くしなさい従いなさい喰らわれなさい。ほら、ほら、ほら。母の言う事に子は従い尽くすのです 』
グオンと頭が掻き回される。
「……ぁ…っ…」
まずい、これは【催眠誘導】スキルだ。
モンスターの中でも“女王”の属性を持ち、更に“母”属性をも所持している奴らが使う特殊スキル。
プレイヤーを混乱に陥れ、一定時間行動不可、もしくは攻撃を当たりに行くという糞異常状態を発生させる厄介なスキルだった。
ディラは効果が現れる前に慌ててそれに対抗するスキル、【催眠誘導抵抗】【催眠誘導解除・大】を発動。
すぐに近くにいる功太の頭を叩く。
これの解除方法は単純だ。
外部からの“母”以外の攻撃で解除される。
確か功太は【催眠誘導抵抗】しか持ってなかった筈だ。
「はっ!助かった!」
「早く他の人も覚醒させて!攻撃来るよ!」
「分かった!ルカ!ガンウッド!アリアごめん!」
後ろで謝りながら三人の頭を叩く功太。
さてこちらも急いで皆を異常状態から戻さないとと振り返ると、アスティベラードがノクターンとクレイを叩いている最中だった。
え?と素で声が漏れた。
なんで動けてるの?もしやアスティベラードもスキル持ちなのか。
「おい!こちらは良いから早くあれを何とかせよ!」
焦っているようにアスティベラードが上空を指差す。
上空から夥しい数のタワレアル、いや、あれはタワレアルではい。
蠅ではなく、鳥、痩せ細った孤児の腕は無く代わりにあるのは鳥の翼。
足は鋭い鉤爪で大きく開かれた口には鋭利な歯が並んでいる。
掠女鳥だ。
ギュレアハの腹から飛び出しているハルピーの大軍が、笑いながらこちらへと急降下してきていた。
「あれはまずいッ!!」
タワレアルなんかよりもとても厄介な奴らだった。
人を喰う化け物なのは同じだが、あれの牙には毒がある。
まさに最悪の組み合わせだった。
一咬みでもさせるものか。
ディラは集中し、頭を猛回転させた。
これを無力化するのはこれしかない。
「すぅ…。……、スキル発動」
ぶわっとディラの周りの空気が振動して次々にスキルが発動を開始した。
──【身体強化】発動【筋力強化・大】発動【同時標的捕捉】発【攻撃力増大】【雨状放射】【衝撃受け流し】【弓矢改造】【切り替え/弓/白雪の六花琴】発動──
ディラの持っている弓が一瞬にして変わり、複数の弓が重なりあったような大弓へと変化した。
弦は一本だが、その弦には見えない弦が複数複合している。
──【弓矢生成】発動──
「【属性付属/爆裂】発動…」
手の中に現れた矢の形状が変わる。
矢尻は弾丸のようなものになっていた。
ディラは弓、白雪の六花琴に矢をつがえた。
「ふぅーっ…」
息を吐きながら集中力を上げていく。
この弓を扱うのは難しい。
強力だが、恐ろしく弦が固いのだ。
矢先をハルピーの大軍へと向けると、【複数標的捕捉】が見える範囲でのハルピーへとマークを施していく。
だが、それだけでは終わらない。
何せディラは【千里眼】シリーズを所持しているのだ。
「【千里眼/見通し】」
【千里眼/見通し】によって視界いっぱいに広がるハルピーを全て視界に納めた。
それこそ通常であれば見えない範囲のハルピーまでも。
目視することによって全てのハルピーにマークが付き、ディラは弦を引き絞る
ギチギチと音を立てて弦が引かれる度にディラの周りに矢が増えていく。
数センチ引く度に倍で増える矢は全て爆裂の属性が付属している。
「せぇー……のッッ!!」
ディラの手から矢が離れると同時に周りの矢も発射された。
凄まじい速度で飛んでいく矢は、【雨状放射】スキルによって発射された矢が更に増え、まるで豪雨のような密度でハルピーの群れへと襲い掛かった。
空が真っ白に染まった。
続いて爆発による轟音が鳴り響き、衝撃波がディラ達に降り注いだ。
「ふぅ、よしこれで見通しがよくなった」
ディラは清々しい笑顔で額の汗を拭った。
唖然とする皆の中で、功太がいそいそと攻撃用のスキルの展開を始めながらGJサインをディラに向ける。
「ナイス朝陽!じゃあいつも通りに!」
「おーけーおーけー!」
元に戻った弓を片手にディラは流れ矢を食らったらしいギュレアハに追撃をするべく走り出した。