悪役令嬢ですか?……フフフ♪わたくし、そんなモノではございませんわ(笑)
ロザリア国、王立貴族学園。
王城の次に絢爛豪華なその白い建物の中で今まさに卒業生たちの為の卒業パーティーが行われていた。
昼間に行われた卒業式は厳かに、夕方から始まったパーティーは華やかに行われている。きらびやかに飾り立てられた室内や人々。豪華な料理。流石にお酒は置かれてはいないが、どれも一見ジュースには見えない輝きを放っている。踊りやおしゃべりで渇いた喉を色とりどりのジュースで皆潤していた。
卒業生のルカリファス・ゴルデゥーサ侯爵令嬢も薄い青色の爽やかなジュースで喉を潤していた。赤い紅が塗られた唇がグラスの縁に触れ、離れる瞬間を周りにいた男性たちはバレないように横目に見てしまう。
学園でも1・2を争う程に見目麗しいルカリファスを周りの者たちはどうしても目で追ってしまう。その艷やかな黒髪と宝石よりも深い色合いで輝く真っ赤な瞳は一度見たら忘れられないと言われている程に美しい。
自分が見られていると気付いたルカリファスはグラスを置いて唇をナフキンでサッと整えると視線を感じた方へ向けて少しだけ恥ずかしそうに微笑んだ。そんな顔を見てしまった人達は心を掴まれた様にグッと息を止めて視線を逸らした。こんなところで取り乱す訳にはいかず貴族らしく表情に出す事はなかったが、心の中では『ルカ様のはにかみっっっ!!』と悶え苦しんでいた。
「ルカリファス!出て来い!!」
和やかな会場内に王太子の少し怒りを含んだ様にも感じる声が響いた。全員が何事かと声のした方を見る。パーティー会場の数段上にある壇上に王太子とその側近たち、学園での王太子のお気に入りの平民から男爵家に養女になって学園に来た令嬢が王太子の横に寄り添う様に立っていた。
こんな余興の予定があったのか?と皆が興味津々で見守る中、ルカリファスが王太子たちと向かい合う様に会場内の中程へと進み出た。
「カルロス様、お呼びでしょうか?」
ルカリファスが見惚れるようなカーテシーをした後に優しく微笑みかけた王太子カルロス・ロン・ロザリアは顔を顰めたままルカリファスを睨む。カルロスは輝く金髪に夏の空の様な青い瞳を持つ学園一の美形だ。その横では男爵令嬢アンジェリカ・プリオンがルカリファスに怯えた様にカルロスの後ろへと体を隠す様に下がった。それを見て王太子の周りにいた側近たちがアンジェリカより一歩前へと出てルカリファスを睨む。
アンジェリカはピンクの髪と輝く金色の瞳を持つ、大変可愛らしく美しい女性だった。声は小鳥の様に可憐で耳に馴染み、その笑顔は曇った空を晴らすのではないかと思わせる程に眩しく輝いていた。ルカリファスとは真逆の美貌を持つ彼女に庇護欲を駆り立てられない男はいない。……プライドが高く、自信過剰な男は特に……。
彼女は外見だけでなく中身も健気で儚く、立場も弱かった為に王太子やその側近たちは『守ってあげなければ』と思った。
側近たちは皆 上位貴族の令息でそれぞれ、宰相の息子・エース、騎士総師団長の息子・ビルマ、魔術師会総長の息子・ショーン、外交官の息子・ディオ、そして異色ながらその中に当然の如く混ざっている学園長の息子の学園の先生・エリック(28)。
この学園の卒業生は皆18歳なのでエリックだけ10歳年上である。彼自身はアンジェリカを『守るべき教え子』だと言い張ってはいるが、その感情が教師が生徒に向けるものでは無いと彼ら以外の全員が気付いている。
そしてエリック(28)以外の側近たち全員に婚約者が居るのだが、彼らは自分たちを『次期王妃を守る者』と言って憚らず、婚約者と関わるよりもアンジェリカの側に居た。
現時点での“次期王妃”はルカリファスなのだが、彼らは王太子の寵愛が厚いアンジェリカが次期王妃になると信じて疑いもしていないようだった。周りの皆は何故誰も指摘しないのか?と思っていたがそれぞれの父親、当主たちが何も言わない事を外野から口出しする訳にもいかず、学園内の学生たちは王太子たちを遠巻きに見守ってきたのだった。
そして今日、卒業の日に遂に何かが動こうとしていた。会場内の全員が不安と期待で事の成り行きを見守っていた。
「ルカリファス。
貴様のその作り笑いには反吐が出る。
貴様は私の婚約者である事を笠に着て悪事を働き、平民出身である事を一方的に目障りに思いアンジェリカを迫害し、その命を危険に晒した。
皆は気付かなかったであろう。その見た目に惑わされ真実は隠された。
我らはその事実にいち早く気付き、一人で怯える事しか出来ない哀れなアンジェリカを助けた。そのせいでさらにルカリファスを刺激する事になってしまったが……それが逆に良かったのかもしれない。
ルカリファスのような悪辣な女を王妃に出来るはずなどない。
見目は良くても中身は何よりも醜い。悪女だ。
知っているか?ルカリファス。
お前の様な淑女の仮面を被った悪女な貴族令嬢を平民たちの間では『悪役令嬢』と呼ぶそうだぞ。
貴様にはぴったりな呼び名ではないか。
悪役令嬢 ルカリファス・ゴルデゥーサ。
私は貴様との婚約破棄をここに宣言する!
そして……ここに居る麗しく心の清らかなアンジェリカ・プリオン男爵令嬢を次の私の婚約者とする。
皆は彼女の地位が気になると思うが、その話も既に付いている。
彼女は然るべき地位の家に養女に入り、皆の不安は解消されるであろう」
王太子の話が終わると会場内は静寂に包まれた。
誰も何も言えない。隣の人のツバを飲み込む音が聞こえる程だった。
「……フフフ」
そんな中で柔らかな笑い声が会場内に響き渡る。ジッと話を聞いていたルカリファスが扇の下で笑ったのだ。
「……何がおかしい」
怒りに顔を歪めた王太子が低い声でルカリファスに問う。
それにルカリファスは目を細めて王太子を見返した。
「申し訳ありません。
……わたくしが“悪役”であるなら、そちらの方は主人公か何かなのかと思いまして……」
「はっ!何を言うかと思えば。
貴様が悪役ならば、それに立ち向かう王太子の私が主人公の王子だ。
そして彼女は王子の守る姫、ヒロインだ!」
アンジェリカの肩を抱き寄せ勝ち誇った顔でルカリファスを見下ろす王太子カルロスに、ルカリファスは楽しそうに目を向ける。
「カルロス。王子だけがヒロインを守るなんて守備が狭すぎます。ヒロインは“みんな”の姫なのですから」
「そうだぜ!俺はアンジェリカに剣を捧げた身!全てをかけて守ってみせるぜ!!」
宰相の息子のエースが言えば、それに続いて騎士総師団長の息子のビルマが拳を上げて宣言する。それに周りの男たちも賛同する様に声を上げた。
「みんな……ありがとう……
わたし嬉しい……」
男たちに守られてアンジェリカは頬を染め薄っすら瞳に涙を浮かべて微笑んだ。
それだけで周りの男たちは頬を緩める。
会場内のどこからか、4つの溜め息が聞こえてきた。
「悪役なんて……フフフ♪」
盛り上がる壇上の集団を気にする事なくルカリファスは楽しそうに笑う。
それに王太子やその側近たちは怒りを顕にルカリファスを殺気と共に睨んだ。
「まだ笑うか!」
「申し訳ありません……ですが……フフフ♪
わたくし、そんなモノではございませんわ」
ルカリファスの赤い瞳が楽しそうに弧を描く。
それに一瞬カルロスは怯んだ。
しかしその横から声が上がる。
「わたし知ってるんだから!
ルカリファス様は“悪役令嬢”で、だからわたしに酷い事したんだって!
わたしが“ヒロイン”だからみんなから除け者にされるんだって!!」
叫んだアンジェリカの瞳から煌めく涙が零れ落ちる。それを悲痛な面持ちで見ていた男たちはそれぞれにアンジェリカの肩や背中に手を触れてアンジェリカに寄り添う。
ルカリファスを射殺さんばかりに睨む男たちは本当に自分たちが姫を護る物語の王子になったつもりで居るようだった。
彼女が周りから一線引かれて対応されるのは、彼女が王太子を始め高位貴族の令息を侍らせているからであり、彼らが彼女を護る為に彼女に近づく令嬢全員をルカリファスの手の者だと決めつけて何も知らない令嬢たちすらも睨みつけ怒鳴りつけるせいだったのだが、アンジェリカは全てルカリファスのせいだと本気で思っていた。
アンジェリカは転生者だった。
母子家庭で育ててくれた母が死に、孤児院へ行く直前に父だと言う男爵に引き取られた。彼女は男爵がメイドに手を付けて出来てしまった子だという。孕んだ事に気づいたメイドが男爵の下から去り、男爵はずっと行方を探していたと聞かされた。
男爵令嬢となったアンジェリカは豪華に着飾られた自分を鏡で見た時に前世を思い出した。そして学園に入学し、王太子と出会ったその時、この世界は『乙女ゲームの世界』だと確信したのだ。王太子の婚約者のルカリファスのあの見た目で悪役令嬢じゃない訳が無い!、と。
知らないゲームだけど絶対にそうだと思ったアンジェリカはゲームのヒロインらしく動いた。無邪気にか弱く、それでいて時には芯の強さを見せる乙女。前世で乙女ゲームや恋愛小説が好きだったアンジェリカにはそんな少女を演じる事は難しい事ではなかった。
アンジェリカの前世は23歳のOLだった。職場のイケメン上司と付き合っていたら相手の奥さんが「7ヶ月の子供が居るの!あの人と別れて!!」なんて文句を言って来たから「愛されてないアンタの為になんで私が彼を手放さなきゃなんないのよ?!アンタの方が彼と別れなさいよ!!どうせ捨てられるんだから!!」と言い返したら包丁で刺されて死んだ。
彼女の中では愛されている方が『善』で愛されていない方は『悪』なのだ。
だから前世の事も彼女は『育児ノイローゼの女に刺されて殺された可哀想で悲惨な私』と本気で思っている。
前世は悲惨だったが生まれ変われた!それも乙女ゲームの世界のヒロインに!なら絶対にハッピーエンドで一番幸せにならなくちゃ!やっぱり私、神様に愛されているのね!!、と舞い上がったアンジェリカは本人が期待した以上の成果を出せた。王太子を捕まえられたらいいなと思っていたらその周りの男たちも釣れたのだ。全員がアンジェリカを愛し、だからといってアンジェリカを取り合って喧嘩したりもしない。従順にアンジェリカから愛が返される順番を待っている。最高の男たちだった。
アンジェリカは大した事はしていないと思っていたが、この世界の男女の付き合い方はかなり厳しく性に関しては秘められている事が多い。
男が女の普段隠された肌を見られるのは結婚後か、女性が来ない部屋に飾られている裸婦画くらいだった。そんな世界でアンジェリカは前世の記憶を引き継いで自由奔放に振る舞っていた。腕を出し、足を出し、暑くなれば襟元を緩める。身長差から男性陣からは彼女の豊かな胸の谷間が見える。それを彼女は惜しげもなく腕や背中に押し当ててくる。可愛い声で「頼もしくて大好き……」なんて言いながら上目遣いで瞳を潤ませて見上げられれば、この世界の堅物な男たちは簡単にその誘惑に落ちた。
アンジェリカはまだ身体は使ってはいなかったが、王太子やその周りの男たちにとっては、コルセットなど無い薄地のワンピースドレスなど身体や乳房の形や動きが分かる服を着ているだけで十分だった。
実質『身体を使って落した』様なものだったが、アンジェリカ自身はそれに気づいていない。
彼女は、『この世界はゲームの世界で、“自分がヒロイン”だから王子たちは自分に惚れている』と本気で信じていた。だから、『ゲーム通り自分は“ラスボスである悪役令嬢”を倒さなければならない』。それが『ヒロインがハッピーエンドになる為の条件』である、と本気で考えていたのだ。
その為にわざわざ自分が虐められていると噂を流したし、その為にルカリファスに酷い事をされていると演技もしてきたのだ。
全ては悪役を倒してハッピーエンドを迎える為に。
男たちに守られ、その後ろで怯えるアンジェリカは本当にどこかの国のお姫様の様だった。
それをジッと見ていたルカリファスが口を開く。
「……物語と現実の区別がついておられないのですね……。
皆様、ここはお伽噺の世界ではありませんよ?」
少し困った様に首を傾げて諭したルカリファスに男どもの頭に血が昇る。
「馬鹿にするな!
悪役は皆そう言って自分の方が正しいと周りの目を誘導するんだ!
ルカリファス!貴様こそ現実を見ろ!!
お前にはもう振りかざす力は無い!!」
婚約を破棄された令嬢にはもう何も出来ない。
そう叫んだカルロスの目に異常な物が映る。
ルカリファスの背中から広がった蝙蝠の羽に会場中の視線が釘付けになった。
ルカリファスは微笑む。
「悪役なんて、カワイイものに間違えられてしまって恥ずかしいですわ。
わたくし、強いて言うなら『悪魔令嬢』かしら?」
フフフ♪、と鈴を転がすような声で笑ったルカリファスの瞳が燃えるように真っ赤に輝く。
その瞬間、足元から広がった真っ黒な闇に会場内の全てが染まり、一瞬にしてその場に居た全員の意識が飛んだ。
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──卒業パーティーは喝采と共にお開きとなった。
王太子はにこやかに婚約者である侯爵令嬢をエスコートして会場から出てくる。
その側近たち4人も自分自身の婚約者たちと和やかに笑い合いながら寄り添って会場から出てきた。当然婚約者の居ないエリック(28)は一人だ。
王家の馬車のドアが開き、カルロスがルカリファスをエスコートする。
ルカリファスは馬車に乗り込む前に見送りに並んでいた側近たちとその婚約者たちに振り返った。
「今日はとても有意義なパーティーでしたわね。
皆様は明日の朝にはスッキリされますわ。
新しい旅立ちとなります。皆様、これから始まる人生を楽しみましょうね♪」
ルカリファスの言葉に側近たちは嬉しそうに笑みを深めて頷いた。
婚約者の令嬢たちはルカリファスの言葉の意味が一部理解出来ずに不思議そうな表情を浮かべたが、直ぐに淑女らしい笑みを浮かべてルカリファスに別れの挨拶をした。
側近たちは静かな笑みを浮かべてそれぞれルカリファスに感謝を述べて頭を下げる。
「今後、ルカリファス様のお側で仕えられる事。
これほどの喜びはありません。
カルロス、くれぐれもルカリファス様を大切に」
エースの言葉にカルロスは力強く頷く。
「当然だ。私に与えられた役目。全力で全うしよう」
とても和やかな空気で皆と別れた。
王家の馬車はルカリファスを侯爵家へと送る為に動き出す。
その中で向かい合って座るルカリファスとカルロスは互いに穏やかな笑みを浮かべながら見つめ合う。
「ルカリファス……、貴女とこうして向かい合える幸福に感謝します」
カルロスが恭しくルカリファスの手を取って微笑みかける。
それにルカリファスもニッコリと微笑み返す。
「貴方も物好きですわね。
自らカルロス様を選ぶなんて」
「貴女の伴侶となれるのです。
それに付随する苦労なんて寧ろ喜びですよ」
「まぁ。フフフ、カルロス様はここ1年ほどサボり気味でしたから大変ですわよ?」
「明日になれば魂も馴染むでしょう。本を読むだけで覚えられる事であれば何も問題ありません。
……直ぐに片付けて貴女との時間を作らせていただきます」
うっとりと見つめるカルロスの青い瞳の奥で、黒く深い紫が揺らめいて見えた。
「では、一番美味しいと思う紅茶を選んでお待ちしておりますね」
コロコロと鈴が転がる様にルカリファスが笑う。
馬車の窓から差し込んだ月明かりにルカリファスの赤い瞳が煌めいた。
* * * *
ルカリファスが家に帰ると母が話しかけてきた。
「おかえりなさい、ルカ。
パーティーはどうでした?」
「お母様、だだいま戻りました。
パーティーはとても楽しかったですわ♪
わたくし、いつの間にか悪役令嬢役に抜擢されていたのですのよ!
なんだか本当に物語の舞台に立てた気分ですわ♪」
楽しそうにはしゃぐルカリファスに、ルカリファスに似ていつまでも若く美しく輝かしい母は目を細めた。
「悪役令嬢?ふふ、面白いわね」
「そうでしょう?
アンジェリカ様が自分をヒロインだと言い張られるから、その思考があまりにも面白くてついあちらの世界にご招待してしまいましたわ♪
欲望もとても強い方でいらしたから、きっとあちらでで大人気になると思いますの。
……ちょっとこちらでは男性方と親交を深め過ぎている節がありましたから……あのままこちらに居ても皆様にご迷惑がかかりそうでしたので……」
眉尻を下げて困った様に微笑む娘に母は、まぁ!と目を開いて驚いた顔をして見せて、直ぐにしょうがないわねと苦笑してルカリファスの頬を優しく撫でた。
「人の欲はこちらの世界よりあちらの世界の方が求められていますからね。
きっとそのヒロインさんも素敵な夢が見られるわ」
「えぇ、きっと。
夢の中には禁止事項などございませんものね」
黒い髪と赤い瞳で似たもの母娘は顔を見合わせて楽しそうに笑う。
美しく妖艶な二人が笑うと、夜空の月も喜ぶ様に更に輝きを増して世界を照らした。
─【あちらの世界】
人の住む世界と隣り合い、決して交わらない世界。
悪魔の住む世界。
人々は存在すら知らない世界でアンジェリカは眠りにつく。
宙に浮くはシャボン玉の様な球体の中で、アンジェリカは胎児のように丸くなって幸せな夢を見る。
この中では彼女の身体は時を止める。ただ『今のまま』、緩やかな呼吸の中で穏やかに寝続ける。お腹が空く事も生理現象に悩まされる事も体が汚れる事も無い。
アンジェリカは眠り続け、そしてその欲望を皆に提供し続ける。
彼女の管理を任された、こちらの世界の『欲望吸収維持管理職』員の白い髪の悪魔はちょっと興奮気味に笑う。
「いや〜、ただの人間だとこの世界に来て数分で体が腐り出すけど彼女は特殊だね!
一度世界を渡った事がありそうだ!
こんな強い魂珍しいよ!だからこの世界の瘴気にも平気なんだな!それでいて欲望は普通の人間の数倍持ってるんだから最高の逸材だよ〜!
何人もの男と仲良くする夢を見て満足するどころかさらに欲望は強くなるばかり、よくこんな女が生まれたね〜?
まぁ、この子がいるおかげで悪魔たちの食事も満たされて人間を襲う数も減るから、神はそれが狙いだったのかな?
さすがだね〜!欲深い人間は人間社会だと害になるって云うし、こちらにくれたらその欲を有効活用出来るし、どっちも幸せになれるんだから神の采配は大したもんだよ!!」
ガハハ!と笑った欲望吸収維持管理職員の悪魔は彼女から吸い出したばかりの欲望を一匙すくって口に入れて味見する。
「う〜ん、旨い!こりゃ腹の足しにもなる!!」
そう言って満足げに笑う。
その後ろにある球体の中で、眠り続けるアンジェリカも幸せそうに笑う。
彼女はこれから永遠に幸せな夢の中で生きるのだ。
彼女の望んだハッピーエンドの世界の中で、彼女を害するものは何一つ存在しない。
「ふへへ、ダメよ〜♡わたしの身体は1つなんだからぁ〜みんな順番〜♡♡」
今後アンジェリカに不幸が訪れる事は無い。
そして、自分の横に並ぶたくさんの球体の存在も、知ることは無いだろう……──
[完]
─【補記】
──プリオン男爵家(アンジェリカの養家)
「なんだこの部屋は?!誰だ!私の知らない内にどこかの令嬢を屋敷に住まわせていたのは!?」
アンジェリカの部屋に入ったプリオン男爵家当主は驚いて廊下に響く程の声を上げた。
家令から話を聞かされた時は何を言っているのか理解できなかったが、自分の目で見てみても全く状況が掴めなかった。
何故か自分の家に令嬢の部屋がある。
自分には亡き妻が産んだ息子しか居ないというのに。
「旦那様。それがおかしいのです。
この屋敷には家の者以外誰も出入りしていないと門番もメイドも皆が口を揃えて言うのです。かく言う私もこの部屋を使う様な人物を見た事も御座いません……」
冷や汗を浮かべながら青い顔で説明する家令の言葉に男爵は更に混乱する。
「メイドが勝手に使っていたのではないのか!?」
「それも問いただしましたがメイド達が結託してこの部屋を作った訳でも無さそうでして……、それに見てくださいコレを……」
家令に促され、部屋の中の勉強机と思われる机に近づいた男爵は、その机の上に置かれた豪華な宝石箱を訝しげに見た後、家令が開けたその箱の中に並んだ宝石の輝きに目を見開いた。
「な?!な、なん、なんだこの高そうな宝石は!?!」
宝石箱の中には男爵家当主ですらも夜会の席で上位貴族の夫人か着けている物しか見た事がない様な宝石たちが並んでいた。
それは男爵家は勿論、男爵家で働いている様な身分の者が買える代物では無いと一見して分かる物だった。
こんな物をメイドがわざわざこんな部屋に保管する意味は無いだろう。この中の宝石1つでも手に入れた時点で男爵家のメイドなど辞めてしまうに決まっている。下手すれば一生遊んで暮らせるかもしれない……。そんな宝石が自分の知らぬ間に自分の屋敷に出来た謎の部屋の中にある。男爵は混乱し過ぎてちょっと目眩がした。
この部屋はアンジェリカの部屋であり、宝石箱の中の宝石は王太子を始めその側近たちの上位貴族の令息たちがせっせとプレゼントした物だった。男たちはアンジェリカに自分の事を一番に見てもらいたくて、自分のお金でもないのに親を騙して高い宝石をプレゼントしていた。
王太子がプレゼントした宝石は上位貴族ですら滅多に手にする事もない石で作られた物もあったが、『アンジェリカの存在が無いものとされた今』この部屋にある宝石や価値のある物は窃盗などと騒がれる事もない、純粋に『持ち主』は『今それを所有している人』となっている物になった。作った店もこの宝石の事は覚えても居ないだろう……。
「……どうしましょう?衛兵を呼びますか?」
家令の声に男爵は呻くような声を上げて悩んだ。何もかも意味が判らないが、目の前に高価な宝石があるの事はまやかしではない実体を持った事実だった。この屋敷は自分の物だ。屋敷に働く誰もがこの部屋の事は知らないと言っている……だったら……
「いや!衛兵は呼ばなくてもいい!この部屋の事は他言無用だ!使用人全員に口止めしろ!」
「え!?秘密にするのですか!?」
「そうだ!この部屋は無かった事にする!変な噂が立っても困るからな!」
「で、でも……もし悪霊とかの仕業だったら……」
怯える家令に男爵はさっきまでとは違った驚きを感じで目を見開いた。
「お前そんな物が怖いのか!?」
自分とたいして年齢も変わらない家令の男がビビってキョロキョロと部屋を見渡す様を見て男爵はなんだか毒気を抜かれて少し冷静さを取り戻した。
しかし当の家令はこの部屋自体が空恐ろしい物かのように怯えて男爵から離れない様に体を寄り添わせていた。部屋に驚いて気付いていなかったその距離の近さに男爵は一歩下がって家令から距離を取った。
「そ、そんなモノとはなんですか!呪いか祟りかもしれないのですよ!!
え、衛兵は呼ばなくても神父は呼びませんか?
お祓いとかしてもらった方が……」
一歩離れた距離を縮めて男爵の服の裾を掴んでくる怯えた男に男爵は若干イラッとした。
「えぇい!誰もこの屋敷には呼ばん!呼ぶならこの部屋を片付けてからだ!!
さぁ、メイドを呼んでくれ!
高そうな物は私が全て管理する!
売れなさそうな物はメイドが好きに分ければいい!」
そう男爵が声を上げれば、それを聞きつけたメイドたちが嬉々として部屋に集まってきた。
謎の部屋に怯えて青褪めていたのは何だったのかと、その様子を家令は眺めた。
男爵の前に高そうな物が集められ、売れなさそうな物や売っても安そうな物はメイドたちが喧嘩をしながら分け合った。
そしてアンジェリカの部屋は一日も立たずに空き部屋となった。
その後、家令は教会にお祓いに行き、臨時収入に気を良くした男爵が使用人たちにもちょっと良い食事を出して皆が喜び、男爵は手に入れた宝石を上手く使って仕事を成功させた。
アンジェリカの消えた男爵家は数年後、子爵へと陞爵した。
※世界はそもそもゲームの世界では無い。
※アンジェリカは『元々居なかった』存在となった。
※王太子たちの精神は『取り込まれて』融合。消えた訳ではない、が、元の王太子たちの人格はもう無い。取り込んだ(体を乗っとった?)悪魔たちはそれぞれ有能な若者。仲良し6人組。人間界に来たかったしルカリファスの伴侶になれるならラッキーだと思っていた。
※ルカリファス。人と悪魔の間に産まれた悪魔。美しく強い。でも別に世界征服とか考えてない。ただ『普通に生きてる』だけ。多分母が悪魔界で有名人。人間と結婚して人間界に行った時はみんな(特に男たちは)泣いた。なのでルカリファスも有名人(笑) 父(人間)もきっと凄い良い男(笑)
※悪魔の共通認識→【人間は大切な食料なので大切に護り育てる家畜。そのまま食べるのも良し。しかし食べてる見た目が野蛮なので最近では人間の欲望だけを抽出してスムージーの様に飲むのが最先端】