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6.屑を屑籠に入れても良心は痛まない

「スフィアっ!」

昨日は完全に部屋に閉じこもり父からのうるさいお説教を回避。今日も、今日とて会わないように注意していた。

今日は夜会があるのでエントランスで父が待ち構えているかもと思ったけどアリエスと一緒に夜会へ行ったようだ。

この夜会、前回の時は遅刻して行った。なぜなら来ないワーグナーを待っていたからだ。

ギリギリまで待って、仕方がなく一人で夜会へ行った。

夜会には既にワーグナーとアリエスがいた。周囲から漏れ聞こえる話でワーグナーがアリエスをエスコートしたことは分かった。

今回もワーグナーはアリエスをエスコートして夜会へ行った。そんな二人に父は何も言ってはくれない。私だけが周囲に笑われたのだ。元男爵令嬢に婚約者を奪われた間抜けな令嬢として。

どこか欠陥があるから愛されないのだとも言われた。

そこまでは今回も一緒。でもここからは違う。

夜会の会場に響くように私の名前を呼んだワーグナーはズカズカと私の元へ来た。

会場にいる誰もが私とワーグナーに注目している。今まさに目の前で繰り広げられようとしている喜劇に興味津々のようだ。

私の前まで来たワーグナーは何の躊躇いもなく私の頬を殴った。

貴族令嬢にとって縁のない暴力場面に息を呑む音が聞こえた。

口の端を切ったようだ。鉄錆の味がとても不快だ。

「全部、アリエスから聞いたぞっ!俺とアリエスの仲を嫉妬してアリエスを虐めたようだな」

ワーグナーの目には私に対する怒りが宿っていた。彼の中で既に私は悪人なのだ。実際に虐めたかどうかなど関係なく。

どうしてこんな人に期待をしていたのだろう。

どうしてこんな人に愛されたいと願ったのだろう。

「ワーグナー様、お姉様は悪くありませんわ。全部、私が悪いんです。だからお姉様をどうかお許しください」

そう言って群衆の中から飛び出したアリエスは涙ながらにワーグナーに懇願した。

前後の文脈が矛盾していると思うのは私だけだろうか。

『お姉様は悪くない』ならどうして『お姉様を許してください』という言葉が続くのだろうか。

「アリエス、お前は本当に優しいな」

そう言ってワーグナーはアリエスを抱きしめる。彼女はワーグナーの胸に抱かれながら口角を上げていた。

「私はアリエスを虐めておりません。このような公の場で妄言を吐くのはやめて下さい。それとアリエス、婚約者でもない殿方とそのように接するのは止めなさい。はしたないわよ」

「も、申し訳ありません。ゆ、許してください」

そう言って震えながら懇願するアリエス。まるで本当に私が彼女を虐めているみたいに。人の婚約者にすり寄ってよくそんな演技ができる。私もこの図々しさを見習うべきだったのかもしれないわね。そうすればあんな死に方はしなかったのかも。

「アリエスを虐めるなっ!」

「私は虐めてなどおりません。事実を言ったまでです。それに、先ほどから私がアリエスを虐めたと仰いますが、何の証拠もなければ一方の証言のみを鵜呑みにして私を貶めるのはお止めください。私の婚約者であるワーグナー殿下と浮名を流し、更には私の前でそのように淫らに体を密着させて私に虐められたと訴えるのはどう考えても私を貶めるための虚言ですわ」

「スフィアっ!俺が何も知らないと思っているようだが大間違いだぞ。お前は昨日、俺がアリエスに贈った髪飾りを奪おうとしたな。自分の方が似合うとぬかして」

婚約者でもない相手に何の理由もなく装飾品を贈ること自体が間違いなのだけど。妻とは別に恋人がいる貴族も少なからずいるがそれでもここまで堂々と公の場で不貞を働いていると宣言できる者はいないだろう。

これでアリエスはワーグナーに手をつけられた傷物令嬢と事実はどうあれ皆に周知された。ワーグナーはアリエスを娶るしかないだろう。

男爵令嬢のアリエスを。

「濡れ衣ですね」

「嘘を言うなっ!」

「っ」

ワーグナーは侮蔑を込めた目で私の顔を睨みつけた後、私の髪を鷲掴みにする。

「お前のありきたりで何の特徴も美しさもないつまらん髪に俺がアリエスの為に用意した髪飾りが似合うわけないだろ。二度とそんな馬鹿げた勘違いを起こさないようにしてやる」

ワーグナーは護身用の為に懐に入れていた短剣で私の髪を切り刻んだ。パラパラと床に私の髪が落ちる。長かった私の髪は肩よりも更に短くなった。

「よく似合っているじゃないか、スフィア」

「あら、お姉様。随分とすっきりしましたわね。本当にお姉様によく似合っておりますわ。さすがは、ワーグナー様。お姉様、これもお姉様の為なんですのよ」

どこが?

髪の短い女性なんて貴族にも平民にもいない。

女性は髪を伸ばすものだ。髪の短い女性ははしたない女性だと揶揄される昨今でどうしてこんな仕打ちができるの。

そこまでされなければならないことを私はしたの?

「スフィア・ラーク。お前はくだらぬ嫉妬からアリエスを虐めた。中身も見た目も醜いお前のような女は王子たる俺の婚約者に相応しくはない。よってお前との婚約破棄をここに宣言する。そして俺はこの美しいアリエスと婚約する」

「ワーグナー様、嬉しいですわ」

アリエスはワーグナーに抱き着く。

もう後戻りはできない。ここまでしたのだ。公の場で私を侮辱しただけではなく髪まで切った。前回はさすがにここまでの仕打ちはされなかったから驚いたけどこれはこれで良い理由になった。

私の二人に対する対応が変われば私の知っている未来が変わるのは当然だ。動揺する必要はない。冷静に対応しよう。

二人はまだ知らない。

私がアリエスを養女にする為の書類にサインをしていないことを。

私との婚約破棄は確実。王も王妃も王太子も愚かではないし、人として好感の持てる方たちだ。なぜか第三王子だけ変な感じに成長してしまったけど鳶が鷹を生むことがあるのならその逆だってあるだろう。

アリエス、そんな勝ち誇った顔をする必要なんてないわ。

だってあなたは私に勝ってはいないのだから。私はただ必要なくなったものを屑籠に入れただけよ。



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