第一話 侯爵令嬢の場合
初めてシルフィを見た時から、彼女のことは大嫌いだった。
シルフィはとても綺麗な少女で、その上、私の大好きな王太子の婚約者。聡明で優しく、人々からも慕われていた。何もかも兼ね揃えている女の子。
頬を染めて王太子を見つめるシルフィ。そしてほっそりとした彼女の側に寄り添う王太子の姿は、似合いの一対だと皆口にしていた。
その綺麗な顔を、嫉妬と怒りと憎悪に歪ませてしまいたかった。
私が殿下を取り上げたのなら、きっと彼女はそんな顔をする。
私のことを憎んで、あの綺麗な少女は狂っていくはず。
なのに。
なのにどうして最期まで、あの子は嫉妬も、怒りも憎悪も見せなかったのだろう。
ただ、その空色の瞳は疲れ切って、虚空を眺めていた。
首切り落とされるその瞬間まで。
「ウーフェ、どうしたの」
私は問いかけに、顔を向ける。
私の名前はウーフェ。小さなパン屋さんで働く、生まれつき唖の娘だ。
今年、十五になる。
私を呼んだのは、パン屋を切り盛りする母で、母は私に聞いてきた。
「そんなに窓の外を見て、どうしたの?」
私には前世の記憶がある。
前世は、美しい侯爵令嬢だった。
贅沢に慣れ、美しさを讃えられることに慣れていた。皆は私にかしずき、私は彼らの上に傲慢に君臨していた。
そんな私は、王太子の婚約者の地位を得るために、“光の聖女”と呼ばれた美しい少女を陥れて、彼女を殺してしまった。
悪事というのは、いつかは必ずバレるものなのだろうか。
私と父は、“光の聖女”シルフィを陥れた罪が発覚した後、馬車に多くの財宝をのせられるだけのせて、国から逃げようとした。
その馬車は、財の重さで車輪が外れ、谷底に落ちた。
私と父は、谷底に落ちた時、一息に死ねればよかったのに、落ちた馬車から飛び出した私と父の上に重い馬車が落ちてのしかかり、私達は、死ぬまでの長い時間、苦しむことになった。
これも、聖女を陥れたから?
罪なきシルフィを陥れたから? 彼女を殺したから?
死ぬまでの時間、私は痛みに悲鳴をあげながらも、そう思う気持ちが心の中にあった。
ごめんなさい
ごめんなさい
シルフィ
ごめんなさい
ごめんなさい
どうか
どうか私を
私達を許して下さい
そう何百回と許しを得るために心の中で言い続けた。
死ぬその時まで。
そして小さなパン屋の、唖の娘に転生した私。
この時間、私は窓の外を見るのが日課だった。
窓の外には、シルフィがいる。
さらさらの長い銀の髪に、空色の瞳をした美しい少女。
彼女は今、学園の制服を着て、鞄を手に歩いている。
自身の屋敷へ帰るために。
この時間、窓の外を見ると、彼女の歩く姿を見ることが出来るのだ。
母は、私がその時間、必ず窓の外を見ることについて不思議に思っている。
だけど私は、この時間になると、まるで呪われているかのように、窓の外を見ざるを得なかった。
私が前世で殺したシルフィは、その美しい姿のまま転生していた。
今世で転生したシルフィは、聖女ではなく、学園に通う普通の少女のようだった。
嬉しそうに微笑みながら、友人達と歩いていく。
私はそれを、パン屋の窓の中からじっと眺めていた。
シルフィ
シルフィ
貴方は元の美しい姿のまま
あの美しい魂のまま、転生したの?
問いかけようにも、私は唖で口は利けない。
そう問いかけて、どうするというのだ。
彼女は今世でも、私を罰するだろうか?
わからない。
でも、私の目は、窓の外をいつも見つめてしまう。
シルフィ
私が殺したあの美しい聖女の娘。
今世でも生まれ変わったあの綺麗な魂の持ち主を見つめるために。




