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友人機ウニー  作者: 久米 藍
一章
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無茶の代償

 日が傾き始めていた。どこかもわからない通りには、廃墟都市の中では状態の良い建造物が立ち並んで、全身をオレンジに染めている。蹴倒された立ち看板は倒れ伏したまま顔を見せない。

ハウヴィはそんな景色に目もくれず、ただ黙々と進んでいた。

しかし、その速度はあまりにも緩慢だ。

「喜べ、今日ほどお前を根性ありの男と認めてやる日もないだろうさ」

シースはハウヴィの横を滞空しながら言う。その語気は弱弱しい。疲れ切っている。

「皮肉でもなく、よく生きてるよ。俺からお前がどう見えるのか教えてやろうか?」

「……分かってるから、いい」

言われずとも、ハウヴィには痛いほど己の状況が理解できている。逃げ続けた中で負った裂傷は全身に刻み込まれ、左肩は外れていた。肩からなぞるように手先を見るとちぎれかけた小指と薬指がぷらぷらと揺れている。

視界は異様に暗く、目の前に薄い暗幕が垂らされているようだった。身体の感覚はとうに薄れ、眠気を覚え始めている。

「ちょっと待て。見てくる」シースは少し先の角を曲がり、すぐに戻ってくる。

「数体いるな。通行止めだ。この先はいけねぇ」

足を止めたハウヴィは、辺りをゆっくりと見回して隠れ場所を適当に見繕う。

「あそこで……少し休むか」

背の高い建物だ。風化の度合いは激しいが、今更崩落の心配をできる身ではない。

建物の内部に入り込むと、中央に受付があり、その奥にエレベータの残骸がある。ぱっと見ではヒト型の影は無い。

「ここで治療しろ。その間に俺は辺りを見回ってくる」

 シースが急かすように言って、返答を訊く前に飛んで行ってしまう。

 ハウヴィはそんなシースを見て、似つかわしくない笑みを浮かべてしまった。

「……やるぞ」

 一大決心だった。治療ができるかどうかで己の生死が決まる。はっきりさせたくないことだったが、いつかはやらなくてはいけない。

 ハウヴィはその場に腰を下ろし、リュックを下ろそうとする。肩が外れていない右肩から手を抜こうとして、右の手の平が開かないことに気付く。カービン銃のグリップを握ったまま固まってしまったようだった。

 右手をブンブンと振っていると、カービン銃が床に落ちて大きな音を出す。この際、音を出すことは構わないことにした。

 右手を引き抜くと、左肩にリュックの重みが集中する。

「ッ! はぁ……」痛みで意識が引き裂かれそうになった。

 肘の位置で止まったリュックから、ゆっくりと腕を引き抜いていく。ちぎれかかった指を触れさせないよう気を付ける。

 やっとの思いで下ろし終わったリュックを開こうとして、右手を動かす。

「……あ、れ?」

 腕が痙攣して上手く開くことができない。手のひらを眺めるとそこだけが別の生物のように好き勝手に蠢いている。

 ハウヴィは何もかも投げ出したくなった。これ以上辛いことを突きつけられると、自ら命を絶ってしまいそうだ。

 しかし、そういうわけにはいかない。

 シースを付き合わせたのだ。途中で投げ出すという選択肢は無かった。しばらくの間、どうにかして治療をしようと努めた。

「……無理だったかよ」

 いつの間にか戻ってきていたシースが、ガッカリしたように言う。

「みたいだ」ハウヴィはただ頷いた。

腕は震えなくなった代わりに、だらんと垂れさがるだけになった。

 シースは物に触れることができない。

 つまり、この重症をどうにかできる手立ては無くなったということだ。たとえ手当てができたとしても、どうにもならかなった可能性が高いが。

「それより、ヒト型はいなかったのか?」

取り直すようにハウヴィは尋ねる。

「……この建物にはいないみたいだな。それと、奥の部屋に四輪があったぞ。ソーラー式だったからもしかしたら動かせるかもな」

 シースはハウヴィの意図をくみ取るようにいつもの調子で答える。

「この手じゃ運転できない」とハウヴィはおどけた。受けは悪かった。

 言うことを聞かない腕をどうにか使って、カービン銃に差し込まれていた弾倉を逆さまにして、再び差し込む。これで換装完了だ。

「それじゃあ、そろそろ移動するぞ」

 ハウヴィは全身の痛みと軋みを無視して、普段通りに立ち上がろうとするが、ふらついてしまうことは避けられない。

 シースは一瞬、ハウヴィの背を支えるような動作をしかけ、腕を組んだ。

「……じゃあ、先行するから着いてこい」

 シースは、どこへ行くつもりだと訊いてこなかった。その身体でどこへ行けるのだ、と。

 ハウヴィ自身すら己の発言の整合性がつかめなくなっていた。意識が朦朧とし、甘美な睡魔が常に脳裏にあるが、身をゆだねる気にはどうしてもならない

 再び通りに出て、歩き始める。先ほどよりも遅い足取りで。

 もはや歩くというよりも、引きずるという形で前進を続ける。不思議とヒト型には出くわさなかった。もしかしたら、自分は既に生きた人間とは認識されていはいないのではないかと、愉快な想像をした。

「……悪かったな」ハウヴィは、気づいたらそう口にしていた。

「こんなことに付き合わせて、結局こんなザマで」

「本当だぜ。俺は最初に言った、死にに行くような話だってよ。無視したお前が悪い」

 シースは咎めるというよりは、呆れたといった表情でため息をつく。

「言いたいことは散々あるけどさ、ま、やっちまったもんをぐちぐち言うつもりはねえよ。どのみち今日の賭けに勝たなくちゃ、いつかはオダブツだったんだ。そう思えば、本気でやったよ、俺たちは。一日当たりのヒト型破壊数、大幅更新だぜ今日は」

 ハウヴィはふと、シースの頭に手を持っていこうとして、触れないことを思いだした。シースは目を丸くしていたが、裂けたように口を開け笑う。

「おい、まじで限界か? たとえ触れたとしても、お前の汚い手なんか絶対に指一本ふれさせねぇからな」

「……最後に頭を叩いてやろうと思ったんだよ」

 ハウヴィは俯いてフードで目元を隠す。こんな状況でも頬が熱くなるのを感じて、呆れてしまった。



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