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友人機ウニー  作者: 久米 藍
一章
6/38

一息つく間もなく

 ゆっくりと扉を開け、銃口を先行させるような形で侵入する。

 一階はバーのようだ。店内の右はカウンターになっていて、皮がすっかり変色した背の無い椅子が並ぶ。余った左のスペースには弾力性が死んだソファが向かい合っていた。窓辺から侵入したシダ科の植物がソファの裏で生い茂っている。

「シースは上階にヒト型がいないか見てきてくれ。俺はここを調べる」

 ハウヴィはカウンターを乗り越える。テーブルに乗っていたホコリまみれのグラスが少し揺れた。

「あいよ」とシースは天井をすり抜けて上へ向かった。

ハウヴィはカウンターの内側や裏の倉庫を一通り確認して回る。銃弾はほとんど使用された後で、薬莢だけが転がっているなんてざらだ。それでも、たまに忘れ去られたような場所で見つかることがあった。食料はもちろん密封されたものしか食べることはできないため、こちらもそうそう見つからないが、たまに備蓄がしっかりした住居などでドカンと見つかることもある。

「ここもはずれか……」ハウヴィは保管庫の扉をゆっくりと閉めながら呟く。

「思ったより、この都市に物資は残ってないのかもな」

「怖気づいたなら、さっさと尻尾撒いてとんずらするか?」

 上階からシースが戻ってくる。その様子から察するに危険は確認できなかったのだろう。

「帰りたくても、もう戻れないんじゃないか?」

 ここまでの道筋を思いながらハウヴィは言う。

「違いねえな」シースはせせら笑った。

「上の方にいくつか気になる入れ物があった。確認しに来い」

「わかった。その様子だとヒト型もいなかったのか」

「動かねぇ奴が一体だけ寝転んでたが、問題は無さ──」

 

 カチャ。


 ふらついた足取りで一体のヒト型がバーの入り口を潜った。それは内装を眺めるかのように首を巡らせると、カウンター席にあるグラスに目を落とす。動作を一つ行うごとに、筋肉の筋がちぎれるような音がする。

「……」

 ヒト型はカウンター席に座り、卓上に腕を置いた。

 

「ヒト型、一体、負傷してる」

 カウンターの内側でハウヴィはひっくり返った体勢で固まっている。

 すんでのところでカウンター内に転がり込んだのだ。シースの報告を耳に入れながらハウヴィは息を飲んだ。

シースの声はヒト型には聞こえない。それでも声を潜めるのは「声を出すな」という、こちらへの合図だ。

 ハウヴィはピストルがすぐに撃てる状態か確認したくなったが、余計な音を出してしまう危険性を考慮し我慢する。

「カウンター席に座ってる。ボーっとしてやがる。こっちに気付いてる様子無し」

シースが逐一報告する。

「どうする? やっちまうか? 気づかれたら先手を取れないし、この距離で後手に回ったらまずい」

ほかに敵影は? と仕草で伝える。

「いたらこんな提案しねぇよ。もちろん過ぎ去ってくれたら一番安全だがな」

 この状況ではすべてを憶測と推測によって判断しなければならなかった。そして人情として、目の前に己の命を脅かす存在がいて、なおかつ隙だらけとなれば、排除したいと思ってしまう。

 やるぞ、と目で語る。

「了解」

 シースは異を唱えることなく受け入れた。

 ハウヴィはピストルのグリップを強く握る。落としなどしたら笑い話にする暇もなく命を落とす。

「奴の動きに変化はない。合図する。三、二、一」

 心でゼロと呟く。

ハウヴィはカウンターに足を立て乗り出す。目の前のヒト型はまだ動かない。奴らの顔は落ちくぼんだ両眼だけで、表情は作れない。それでも、呆気にとられた様子に見えなくもなかった。それだけの不意打ちだ。

 椅子に座りっぱなしのヒト型の腹を踏みつけ、床に叩きつける。

「……!」

 ここに来て、ようやくヒト型は眼を真っ赤に血走らせた。

 それに臆さないよう意識しながら消音機で伸びた銃口をヒト型の顎下に突きこむ。引き金を引いた。

 ピシュ。と少し間抜けな発砲音が鳴ると、ヒト型の顎下に穴が開いた。

 瞳のどす黒く赤い輝きが失せ、ヒト型は機能を停止する。

 そこまで確認して、ハウヴィは息を吐く。

「傷を修復している様子もない」シースはヒト型の動向を睨む。

「状況終了、だな」

 ヒト型は全身を頑強な外骨格で覆っている上、致命傷以外は自力で修復してしまう。それでも、ライフルの弾ならどこへ当てようが倒せるが、ピストルだとそうはいかない。

肘や膝、顎下など、外骨格が薄い部分を撃ち抜かないといけない。

 だから肉薄する必要があったのだ。

「……弾が節約できた」戦闘直後でもそんな感想を持ってしまう。

シースがげんなりする。「食事代を節約して餓死する、みたいなことにはならないよう祈るぜ」

「気を付ける」

「分かってんのかな、こいつ……? ハウヴィ不味い!」

 シースが急に叫びハウヴィの背後を指さす。

 つられて振り返ったハウヴィは、呼吸が止まった。


カウンター上のグラスが傾いていた。止まる直前のコマのように揺れていて、ついに耐えきれなくなったのか、落ちる。

 座っていたヒト型の手か何かがグラスに触れていたのだろうと、遅い推測が頭に浮かぶ。

 ハウヴィはその瞬間をただ眺めていた。戦闘後の弛緩した身体ではキャッチしようという発想は浮かんでも、身体が動いてくれない。

 パキン、と先の戦闘よりも甲高い音がこだました。

それは静寂に包まれた廃墟都市に響き渡ったのではないかというほど、耳の奥に残響する。

 ハウヴィは再びカウンターに飛び込み、肩に掛けていたカービン銃を即座に構えた。階段、入り口、窓の順に銃口を向けて警戒する。

 こちらに向かってくる足音は無いか、耳を澄ませる。

 一刻も早く終わってほしい緊張状態の中で、銃を構え続けた。

「……気づかれなかったのか?」

 いつのまにか周囲を見回ってきたシースが不安げに顔を歪める。

「とりあえずここから離れるぞ」

ハウヴィは口早に言ってカウンタ―から身を乗り出そうとする。

なに者かと目が合った。

「……」上階へと続く階段の中腹で、一体のヒト型がこちらを見ている。

 どこにいたのか、とか、音を聞きつけてきたのか、とか既に意味のない疑問が脳裏を掠める。

「……‼」その瞳が深紅に輝く。

「撃て!」

 シースが瞠目して叫ぶ。

バァン! と階段を砕いてヒト型が跳躍した。

それを呆然と眺めながら、ハウヴィは決断を迫られた。

 ピストルなら周囲に気付かれずに発砲できる。しかし、その分威力は推して知るべしだ。中途半端な距離から撃って、弾かれたりしたらそれまでだ。

 カービン銃ならこの距離からでも十分貫くだろうが、音はどうしようもない。

 ハウヴィは勝手に動く身体を止めることはできなかった。僅かな逡巡すら現状では死に直結する。震える照準が苛立たしい。

 構えたカービン銃から覗く視界には、手を伸ばせば届きそうな位置にまで肉薄しているヒト型がいた。

「やっぱり無茶だったか」

 シースが諦めたように呟いた。

 小銃が吐き出す弾頭が、ヒト型の胴体へ数発埋まっていく。こんな時でも、使用する銃弾は最小限にしようという心理が働き、自嘲してしまう。

 ヒト型は体積を幾らか失った状態で、床に倒れ伏す。床にひっかいたような傷が付いた。

 ハウヴィは肩で息をしながら、ゆっくりと銃口を下ろした。

「……どこへ逃げようかな?」

 ハウヴィは傍らのシースに訊いてみる。状況は最悪だが、不思議と落ち着いている自分がいた。

 もちろん恐怖はとめどなくあふれ出し、額に脂汗が浮かんでは流れる。それでも、こうなる結末のほうがずっと高いと理解はしていた。

 みっともなく喚くほどの気力は、イクリルを、故郷を離れてからの二年間で使い切ってしまったのだ。

「どうせ、どの方向に逃げようが一緒だろ。終着点はみんな繋がってる。お好きにどうぞ」

 そんなハウヴィの意思を汲み取ったかのように、シースが笑う。

 むざむざ殺されるつもりは無い。最後まで精一杯足掻くつもりだ。しかし、既に心の中で自分の人生にピリオドを打ってしまっているのも事実だった。

 死を知らせる足音が、四方八方から行進のように響いてくる。




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