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友人機ウニー  作者: 久米 藍
一章
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廃墟都市


「ざっと探してきたが、どこの建物にも食えそうなもんはなかったぜ。地下室も埋まってんのばっかりだった」

 未だに日は高い。廃墟都市の一角にあるビルディングの一階フロントには、数十年分のほこりが隅に積もっていて、呼吸を阻害してくる。

出入り口から、乾いた日差しが室内に刃のように差し込んでいた。ハウヴィは思わず吐息を吐くと、白い靄が中空に溶ける。椅子の脚が壊れないように気を使いながら体重を預けた。

シースは他人事のように言う。

「お前の中身すっかすかの骨を折って四体も倒したってのに。無駄な苦労だったな」

「……静かにしてくれ。傷に響く」

 ハウヴィはいつ壊れてもおかしくない椅子に座りながら、テーブルの上に並べていた手当用の布を手に取る。その様子をシースはつまらなそうに眺めていた。

 四体のヒト型を排除したハウヴィは、四体目に負わされた脇腹の傷の手当てをしていた。とはいえ、せいぜい消毒してテープで傷を塞ぐ程度だ。

 ハウヴィは砂色の外套の下に防弾ベスト、丈夫な履物を履き、関節部には表面が剥げまくったプロテクターを付けている、といった出で立ちだ。栗色の髪をしていて、眉間や頬に付いた物々しい傷を外套の頭巾で隠している。その容貌は未だ幼さを完全には排しきれてはいないが、決して緩んではいない。

「でもよハウヴィ。本当にどうするんだよ? もう数週間も口の中に何かを入れてるお前を見てないぜ。ダイエット中なら言ってくれよ」

 シースは幼い容貌を意地悪く歪めている。

その身体は同様に幼く、性別の差異が現れてはいない。髪色は栗色で品の良いくせ毛が腰元まで伸びている。恰好は砂色の外套に履物とサイズ以外はハウヴィと全く同じだ。

 そして、足が地に着いていない。比喩ではなく、ふわりと浮いている。

「腹ペコだぜ俺はよぉ。生き物たるもの。まずは食事だぜ。肉食わせろ肉」

「幻覚のお前は食べられないだろ」

 ハウヴィはにべもなく返す。

シースはある日突然に目の前に現れ、それ以降は共に行動している。ハウヴィ自身はシースを自身の正気に異常をきたした結果の幻覚だと結論付けたが、納得はできていない。

「まだそんなこと言ってんのかよ、もっと頭をふにゃふにゃにしろ」とシースは呆れたように言って、滞留しながらくるくると回転する。

 ハウヴィは簡単な手当てを終わらせた。痛みはそれなりにあるが、我慢できないほどではない。これより危険な傷は幾度となく負った。

 テーブルの上に乗せていたカービン銃から弾倉を抜き、残段数を確認する。予定よりもかなり弾を消費してしまっていた。覗き込んできたシースが笑う。

「テンパってたせいで何発無駄にしたよ腰抜け。数えてみぃ」

「……頭をふにゃふにゃにしたせいで数えられない」

 リュックから残りの空の弾倉と、銃弾を取り出し、消費した分を込めていく。弾倉は二コで一セット、テープで纏めていた。そうすることで撃ちきった際に逆さまにすれば、すぐに装填を行える。

 結果、三セット分は込められた。

 余りの弾薬はもう無い。

 ハウヴィはため息を飲み込んだ。

「今日はもっと奥に行く。そろそろ無茶をする時だ」

「さっきだって無茶の塊だったぜ。その程度の傷で済んだのが奇跡なくらいだ。危険すぎる」

 馬鹿なのか? とシースは半目になる。

「シースが言ったんだろう。もうこの都市の浅いところに物資と銃弾は残っていない。奥の方には奴らがうじゃうじゃいるけど、その分物資も手つかずのはずだ。動物を狩るにしても、ヒト型と交戦するにしても、弾が必要だ。多少余裕のある今の内に、奥の方を散策することに慣れていった方が──」

「死にに行くのと同じだって話だ」シースは食い気味に言った。

「この都市を出て適当な方向に歩いていくほうが、まだ賢い選択だぜ。九割九分野垂れ死ぬだろうけど、万が一ならお得な話だ。お前が身体を引き裂かれて死にたいって言うなら話は別だがよ」

「死にたいわけじゃない。ただ」

 ハウヴィは腰に差してあるピストルの点検を始めた。入用になるだろう消音機(サプレッサー)も腰のバックから取り出す。

「運よく人の住んでいた場所へたどり着けたとしても、そこにもヒト型はいる。自分の慣れた場所で奴らに対抗できるようにしておきたい。ダメだったなら、それまでだ」

「……好きにしろ」

 そう言って、シースは以降口を噤んだ。

 


 廃墟都市は大まかに二分できる。住居区画と都市区画だ。西側の住居区画は建築物が低くヒト型も少ないが、物資も少ない。既にほとんどが持ち去られたか消費された後だった。それでも数年は何とかやりくりできたが、既に限界が近い。

 しかし、東側の都市区画はまだ手付かずのはずだ。都市区画には住居区画とは比べ物にならない数のヒト型が潜んでいるのを、ハウヴィがここに来て間もない頃に確認していた。

 ヒト型は人が住み着いていたところに居つく習性がある。その理由は知れないが、それだけはここの生活でハウヴィが学んだことだ。

 陽の位置からまだ午前中であると判断し、都市区画にハウヴィは侵入した。


都市区画の裏通り。空気は冬場らしくからりとしていて、差し込む日差しはまぶしいほどだが、影が掛かる建物内は井戸の底のような重圧を放っている。そこにヒト型が潜んでいるかもしれないと思うだけで、暗闇から目を外せなくなってしまう。

足元は様々な瓦礫が堆積し、歩くたびに少しの音を立てた。左右に立ち並ぶ建物はどれも穴だらけで、峡谷で鳴るような不吉な風切り音が響く。

ハウヴィが胸の位置で構えるピストルには、消音機(サプレッサー)が装着してある。発砲音でヒト型を呼び込まないためだ。ライフル用の消音機は無茶な使い方をしたせいで、熱で形が歪んでしまい使い物にならなくなってしまった。

「前方に三体確認、四時の方向で砂遊びしてた奴が移動を始めた。少し急いだほうがいいぜ。建物を挟めば前方の奴らには見つからないで進めると思う」

 シースは索敵の結果を報告する。その表情は硬い。

「やっぱり数は住居区画の比じゃないな。少しずつしか進めない」

 ハウヴィは素直な感想を口にする。

「いつも言ってるがよ、あくまで俺はこの目で見て来ただけだ。今この瞬間にも奴らは行動を変えているかもしれない。あんま当てにするとあの世行きだぞ」

「分かってるよ。警戒は緩めない」

 少し進むごとにシースを先行させ、とりあえずの安全を確保してから前進する。ヒト型は基本的に建物内で人間の真似事をしているが、唐突にそれを切り上げ移動を始めたりするので、安心はできない。

 シースをただの幻覚だと納得することができないのは、これが理由だった。シースはハウヴィが知覚できないことを知覚し、ハウヴィが知覚することをそのまま共有することができないようだ。つまり独立した視界を持っている。

 ハウヴィは言うなれば視界を二つ所持していた。そのおかげでこの廃墟都市で今日まで生き延びることができたのだ。

 ハウヴィは適当な建物を選んで侵入し、中を物色する。それを何度か繰り返した。

次に選んだそこは六階建ての雑居ビルだった。


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