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友人機ウニー  作者: 久米 藍
一章
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逃走

父の仕事を見学した後、ハウヴィは平気な顔で日々を過ごした。

 全身を流れる罪悪感の濁流を無視するために、平気なふりをすることが唯一の対処法だった。

 その様を見て、父はハウヴィが吹っ切れたのだと思い、安心したようだった。

 まったくの逆だ。

 もう限界だとハウヴィは思った。

 何もかも、きれいさっぱり忘れてしまいたかった。

 どこかへ消えてしまいたかった。

 誰かから押しつけられた責任など逃げ出してしまいたかった。

 だからハウヴィは父に進言した。

「追放する瞬間を再び見学したい。今回は僕一人でいい」

 その許可はあっさりとでた。



 ハウヴィは門の外へ出る準備を始めた。最低限の食料と水分、父が家に保管していたカービン銃とピストル。重量を考えると二丁が限度だった。

 季節は冬だったので防寒着を着て、ハウヴィは門前へ二輪で向かった。二輪は十四歳の誕生に父からプレゼントされたものだ。

 門は二重に設置してある。それらを突破する必要があった。

 流石に門を開くことは不可能だ。しかし、それぞれのバリケードの端には、管理人用の鉄扉がある。そこに目星を付けた。

 今回の追放者である老齢の男が門の前に立っていた。その足取りはふらつき、まるで幽鬼のようだ。

 ハウヴィは大人しく追い出される男を見送った。作戦の決行は夜だ。

 その日の夜は警備の宿直室に泊まることになっていた。辺りが暗くなり、空気が弛緩してきたころ、ハウヴィは部屋の裏手で火を焚き、ボヤ騒ぎを起こした。哨戒兵たちが消火活動に躍起になっているうちに、ハウヴィは二輪を動かした。

 鉄扉はちょうど、ボヤ騒ぎを聞きつけた者たちによって開かれたところだった。

「どけ!」

 ハウヴィの叫びに兵は眼を剥くと、訓練で鍛えた身体能力で脇へと転がった。

扉の中へ入り込む。内部は左右がどこまでも続いている通路の様相だ。

「止まれ! 貴様!」

二枚目の扉にも別の兵が留まっていた。すぐにこちらに気付いた様子で制止の声を上げていたが、止まる気配の二輪を前に慌てて横へ転がった。

 ハウヴィは二輪の上でピストルを構え、扉の鍵穴と蝶番を撃ち抜いた。最初の鉄扉に比べてかなり粗雑な作りであったため、そのまま車輪で扉を押し倒した。

 入ると、外に出た。

 荒廃した街が目の前に横たわっていた。門の上部に設置されたライトの灯りに負けないほどに輝く星空が広がっている。

 状況にそぐわず、こんなことに気を取られたのは、一種の現実逃避だった。

 正直、成功するとは思っていなかったのだ。見切り発車の浅知恵など平気で頓挫するはずだとハウヴィは心のどこかで決め掛かっていた。

 取り押さえられ、父に叱責されるか見限られるかすれば、自身の気は治まるだろうと思っていたのだ。

 成功してしまった。哨戒兵は外へ注意は払っても、内から外へ出ようとする人間など意識の埒外だったのだろう。今も門の上で喚き合っている。

 覚悟などまるでできていなかったのだと、外の景色を見てから気づいた。

 形を保っている建造物など碌にない。どれもこれもが崩れ、創痕にまみれて、ここで起こった『ヒト型』との戦闘の苛烈さを今なお物語っていた。

口から聞こえる歯を打ち鳴らす音は、旅路の幸を願う音頭ではなく、警告音だった。

 車輪が崩れた道路の段差を乗り越えた衝撃で意識を引き戻す。

「……そうだ。今日追放した人を探さないと」

 見つけて、どうする? 食料を渡す。

 その後は?

「もう考えさせないでくれ」

 そもそも、たとえ今日の追放者を救えたとしても、これまでの人達は?

 背中を縮めて遠くへ歩いていく、夫婦がこちらを睨んだ気がした。

 心臓を掴まれたように息ができなくなる。危うく転倒するところだった。

 二輪の駆動音に意識を向け、あえて思考をかき乱した。

 選んだのはハウヴィではない。父だ。

 そう思いなおしてみる。

「…………」

 ハウヴィは黙って、老人の姿を探した。予想していた通り、見つからなかった。

 そのまま、ハウヴィは門とは反対方向へ移動し続けた。

 どれだけ早く二輪を走らせても、影が付いてきた。夫婦と老人の影が黒い波のように寄せては返し、再び追い縋ってくる。

 イクリルを抜けだせば、追放者と同じになれると思っていた。

 しかし、ハウヴィの背中には自動小銃があり、食料があり、自らの意思があった。

どこが一緒なんだ?

 胸中の呟きはどこまでも尾を引き、心の中に巣くった。


 父から、故郷から、責任から逃げ出した後──食料と水が尽きるまで、二輪で前進し続けた。燃料が切れた二輪は途中で捨て置き、歩いた。

 嫌になるほどの幸運が身を助け、廃墟都市にたどり着いた。

 故郷と同じくらい、いやそれよりも広大な敷地で建造された都市は朽ちかけた今でも、それなりの物資が残っていた。

 ハウヴィはここで、二年の歳月を過ごす。

 片時も離れることのない影を背負ったまま。



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