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友人機ウニー  作者: 久米 藍
一章
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逃げてはいけない


十一歳、来年からイクリル士官学校への入学が決まっていた頃。

イクリル共和国には空軍と海軍は存在しない。南部が海面に面しているが、ヒト型は陸にしか生息できず、空はヒト型が発するジャミングで通信が途絶する。飛んでいったきり戻ってこない戦闘機が続出した。

夕焼けがハウヴィの片頬を焼いてくる。学校が終わったハウヴィは帰途についていた。

第一都市区。ハウヴィの家がある地区は、現存するイクリル共和国の国土内でも有数の上流階級が居を構えるところだ。軍の上層部に勤めている父を持つハウヴィは一言で言えば裕福で、こんな世界でありながら生活するうえで不備を感じたことがほとんど無かった。

通り道にあるショッピングモールを見れば、家族連れが笑顔で整備された街道を行き来している。車道には多くの四輪が連なっていた。いつもの光景だ。

しかし、今日のハウヴィはそれを目の当たりにして、思わず目を逸らした。下を向きながら足を早め、一等地に立つ我が家を目指す。

帰宅するなりハウヴィは書斎に向かった。

椅子に腰かけ書類に目を通していた父は少し驚いたように目を丸くした。

「おかえり。今日は早い帰りだな。友達と遊んでくるから遅くなると母さんが言っていたのだが」

「父さん」ハウヴィは恐る恐る、口を開く。

「毎年の第二都市区追放者の選出。……父さんが担当しているって、ほんと?」

 父は大した動揺も見せなかったが、「ついに訊いてきたか」という顔をしたのを覚えている。

「……軍部の意見だけで決めるわけではない。シンクタンクの意見も取り入れつつ、人種や職種などの偏りをできる限り検討した上で、首脳へ進言を行っている」

「僕の、クラスの子の家族が……追放されたんだ」

父にすがるような目を向ける。

「それを決めたのも、父さん?」

「彼の家族はあろうことか会社の資金を横領していたからね。その返済額と刑期、それらを加味しての判断だ」

「でも」ハウヴィは口を閉じることができなかった。

「あの子は、カイエルは関係なかった」

「その子は孤児院に送られただろう。別に彼自身の経歴には前科はつかんよ。周りから白い目で見られるのは……そればかりは、どうしようもないことだ」

 子供をなだめるような声音で父は言う。その顔はまぎれもなくハウヴィが愛する父の顔だった。

 ハウヴィは混乱していた。今日の学校で、カイエルの両親が追放されたという噂と、席に座ったまま俯いているカイエルのしぼんだ背中を見るまでは、父の仕事に対して疑問を挟んだことなど無かった。

 自分の中に生じた違和感が気持ち悪くて、どうしようもなかった。

「カイエルはすごく悲しそうで、僕、見てられなくて」

 ただそれだけを口に出す。

「それは私たちが背負うべきものだ。責任だよ」

 父は口を引き結び、瞳は力強い光を讃えていた。

「絶対に逃げ出してはいけない」

 昨日までのハウヴィが、頼もしいと思い、かっこいいと思ってきた父の姿だ。

 ハウヴィは瞳を伏せ、「……責任?」

「そういった心構えも、士官学校で学んでこい。確か来年で入学だったな」

 ハウヴィは言葉もなく頷く。

「お前にも、いつかわかる時が来る。それを待ちなさい」

 父が目じりを下げてこちらを見遣る。

「うん」

 やっと返答したハウヴィの肩に父が手を置く。

「さぁ、そろそろ夕食の時間だ。温かいうちに食べないと母さんがすねてしまう」

「……そうだね」

 退出しながら、ハウヴィの頭の中では父への反論が湧いていた。

 ある程度は理解できていた。意味のないことを父がするはずがない、どうしようもない理由があるはずだと。それでも、胸の奥でくすぶる感情が身体の血の気を奪う。

 確かに父は自分の行為を背負うべき責任だと納得しているのだろう。しかし、ハウヴィは違う。

『自分で決めていないのに、僕がその責任を負わなくちゃいけないの?』

 口から零れかけたそんな台詞を、口の中で反芻する。

 父の言う通り、いつかは乗り越えられるものなのだ、とハウヴィは納得しようと努めた。



 士官学校に入学したハウヴィは、そこで様々なことを学びながら日々を過ごしていった。背も伸びて、知識も蓄えていった。軍人の心構えや、世界の情勢、『ヒト型』を前にしたときの対処法など。

 それらの知と技は、それなりに上手く吸収していったと自己評価している。

 それでも、追放業務に関してだけは、どうしても忌避感が先立ってしまうのだ。

 彼方へ消えていく夫婦の背中。

 その光景がどうしても脳裏を横切り、ハウヴィの眠りを浅くした。

 もう一年で卒業という時期、父はハウヴィに告げた。

「私の仕事を横で見学していなさい」

 つまり、父やほかの上層部の人間が、追放する人材を選出する様子を、後ろで見ていろということだった。

 ハウヴィは逆らわなかった。

 大人しく父が会議で人々を纏めている姿を眺め、父の眼前に投影されたスクリーンに映っている人々の顔を見遣った。

 そこに知り合いの顔が写らないことを祈って。

「彼に決まった」

 父は端末から中空に描写されるスクリーンをハウヴィに見せた。そこには年老いた男の顔が写っている。

「罪状は窃盗だが、再犯が絶えず妻子もいない。我が国に不利益をもたらす存在として選定された。どうだ?」

 ハウヴィはしばらく呆けた後、尋ねられているのだと分かった。

「いいと思います」

 何も考えず、そう口走った。

今なんて言った?

 口元に手を当て、ハウヴィは呼吸を忘れた。

 既に父は会議のまとめに入っており、参席者達への最終確認を行っていた。その間、ハウヴィはまともに呼吸ができなくなった。喉が軋むような音を上げるが、それを父に聞かれないようするので精いっぱいだった。

 泣きたいような気分だったのに、瞳は異常に乾いていた。まるで泣く資格なんて無いと責め立てるように。

 


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