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友人機ウニー  作者: 久米 藍
一章
2/38

父の大きな背中

「どうして、あの人たちを外に追い出すの?」

イクリル共和国、門前。

 からからとした太陽が地上を焼いていた。その日は熱くて、方々に配置されている兵士たちは、皆額に汗を垂らしていた。見上げるほどのサイズを持つ『門』はただそこに鎮座し、門と連結するように門と同程度の厚さと高さを持つ壁が立っている。その上を哨戒兵が自動小銃を携え歩いていた。

 そんな彼らの中に混じって、壁の上で妙に浮いた存在がある。大人と子の二人組で手を繋いでいて、門の外側へ顔を向けていた。外は荒廃した街で、内側のイクリル共和国とは全く違う。

門がわずかに開く。たったそれだけでも人間が十人横になって通れるほどの隙間ができると、そこから複数人が現れる。銃を持った兵士に背中を押されながら夫婦と思しき二人組が外へ追いやられている。

その光景を前に、ハウヴィは手をつないでいる父親に向かって、そう訊いたことがある。

「そうしないと、皆がご飯を食べられなくなってしまうからだよ」

にっこりとした笑顔で、父は言った。

「土地が少ないからね。余りにも人が多くなってしまうと、食べ物が足りなくなってしまうんだよ。それは困るだろう?」

「困るけど、かわいそうじゃないかな」

「でもね、あの人たちはこのイクリルの中に居ても、いずれは一番最初にご飯を食べられなくなってしまう人たちなんだ。それなら、そうなってしまう前に外へ行って新しい場所でやり直す方がいいと思わないかい?」

「……そうかも」

 意識がやっとはっきりしだした年頃のハウヴィは、父が言うなら正しいのだろうと思って同意した。

「ハウヴィが好きなトマトケチャップたっぷりのオムライスだって、食べられなくなってしまうよ。嫌だろう?」

 まだ納得しきっていないハウヴィを後押しするように、父はからかうように言った。

「やだ!」と食い気味に答えて、父の腰に飛びついた。がっしりとしていて、とても両手に収まりきらない。この頼りがいのある体格を持つ父が好きだった。

頭の中にあったもやもやは、既にきれいさっぱり無くなっていた。

 ふらふらとした足取りで門から離れていく夫婦の背中は、すごく小さく見えた。そのことを父に話すと、距離が開いているせいだよ、と返答がきた。距離が開くと、物が小さく見えることを、初めて意識した。

 ハウヴィが父の言葉に疑問を抱くようになるのは、十歳の頃だ。

 人間が碌な武装もなく外へ出て、一体どうやって生きるのだと。

『ヒト型』がいるのに。



「今から六十四年前、上空から人型の機械が降ってきた」

 第一都市区画に立つ小学校。そのうちの一つの教室内で授業は滞りなく進んでいた。

 教科書を教卓に伏せた老齢の教師は続ける。この話をするときは教科書ではなく、己の言葉として語りたかったのだろう。額にある傷はしわと紛れているが、初対面の人間を委縮させるほどに深い。

「それらは地面に降り立つと、たちどころに周囲の人々を蹂躙した。まるで自分たちが地球のマクロファージだと言わんばかりに。敵の正体は、某国が生み出した戦略兵器だとか、宇宙人が送り込んできた侵略兵器だとか、地底世界に潜んでいた存在が、地上を征服するために送り込んだ殺戮兵器だとか、様々な憶測が飛び交った。

 ある研究機関が奴らの腹を掻っ捌いたところ、中身は筋肉、生きた組織で形成されていることがわかった。内臓を外骨格で覆っていたのだ。『ヒト型』には知性と呼べるものは確認できず、コミュニケーションも不可能であるとされている。

 各国が腹の読み合いをする間もなく、あっという間に世界は全面戦争を余儀なくされた。数百万の兵士が投入され、計測不可能な死傷者が溢れかえった。……そこ、私語は慎め。

『ヒト型』の恐ろしいところは、その物量だった。数週間に一度の頻度で、弾道ミサイルの射程外から飛来する空母から数十万から、多い時には数百万の『ヒト型』が降下してきた。

連合軍に名を連ねる国が、どんどん消失していった。人類は勝利を絶望視した。

しかし、ある時を境に、急に空からの『ヒト型』供給が途切れた。

好機とばかりに、生き残った人類は攻勢に出た。地表の『ヒト型』の八割を殲滅したと、国連軍は発表した。

この時、人類はかつての国土の八割を失い、人口を七割失った。

生き残った私の父や、君たちの先祖は、君たちの暮らすここ。『イクリル』の都市部を囲うようにバリケードを形成し、隣接する宗主国であったアルミルジ共和国から進行するヒト型に対抗した。そして人々の営みを再び形にし、イクリルは自治州から、共和国となった。

依然、ヒト型の脅威は完全に去ったわけではない。いつヒト型が再び空から舞い降りるかも分からない。そのため今なお軍事力を増強し続けている。この中にも、おいおい士官学校に入学する者もいるだろう」

言葉を切った教師はため息をつき、再び教科書を手に取った。

これだけ教師が熱弁を奮っても、教室の中はどこか浮足立っていた。皆の視線はずっと一人の男の子を刺している。

その男の子は、机に突っ伏したままピクリとも動かない。

ハウヴィも自分の席から、その背を見つめていた。しかし皆とは違う理由で。




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