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友人機ウニー  作者: 久米 藍
三章
19/38

弱くなる

フラッシュライトで先を照らしながら歩を進める。歩調は少し早めだ。しばらく歩き続けても目に映る景色は特に変わらず、石材が敷き詰められた床が続き、低い天井には煤けた灯火が等間隔で垂れていた。

 途中でシースが口にしていた箱を幾つか見つけた。

「えーと、なんかの動物の干物と、お! 剣と盾があるぞ。さすが古臭い城だぜ。……こっちの箱は、銃だ」

 ハウヴィが開けた箱の中身を片っ端からのぞき込んでいたシースが報告する。

  箱に手を入れ、それを取り出すと、型がかなり古いリボルバーだった。使いこまれた一品のようで、硝煙の匂いがこびりついている。

 ハウヴィは虚空へ銃口を向けながら、

「ここで籠城している人たちがいたのかもな」

「籠城って、何から?」

「ヒト型。意外と長く人が住んでいたのかもな。この城」

「そうだとすると、通路のどこかに骨があったりしてな」

「化けて出てこられなきゃいいよ」

 リボルバーを箱に戻す。動物の干物はもらっていくことにし、行動を再開した。

ふと横目で同行者の横顔を眺める。

 栗色でウェーブのかかった長髪がふわふわと揺れ、ふさふさとしたまつ毛が縁どる瞳は眼前の光景をジッと見つめていた。

「こうやって二人で行動するのは久しぶりだ」

 気が付いたら、そう呟いていた。

「どうしたんだ? 急に」

 突然の言葉にシースは目を丸くして、こちらを窺っている。

 驚いているのはハウヴィも同様だった。

それでも、この状況はシースに何があったのか訊きだす絶好の機会のはずだ。

「……大した意味は無いんだ。ただそう思っただけで」

 はずだったのだが、声が小さくなってしまう。

「なんだそりゃ」とシースが軽く微笑んだ。

 どうやって訊きだせばいいのか分からない。素直に訊いてシースが答えるとも思えず、どうしたものか途方に暮れてしまう。

 長い間共にいた相手が何かを抱えているのは分かるのに、それを解消する術がない。

「でもよ、本当に不思議なもんだよ」口が笑みをかたどったまま、シースは眼を細める。「こうやって今ここで歩いてることが。考えてみろよ。お前は一度死んだんだぜ。それが何の因果か廃墟都市から離れて、どっかのお城の地下通路を歩いてる。マジかよって感じだ。俺達はあの時、本気で死ぬつもりだった。ハウヴィが死んだ場合、俺がどうなるのか分からねぇけど。……こうして一緒に行動してる。こんな世界だ。生き残ったことを奇跡だなんて言いたくないが、不運じゃ、あの子に失礼だ」

 あの子とはウニーの事だろう。

「だから、これはやり直しだな。一度は失敗した俺達の」

 言い終えたシースは少し間を置いた後、はにかんだ。

「だから何だって話だけどな、ほんと」

 ハウヴィは俯いて、ポツリと呟く。「……やり直し」

 廃墟都市の西部に潜り込んだハウヴィは、まんまと返り討ちにされた。そんな、ただ死にゆくしかないはずだったハウヴィの隣に、シースはずっといた。

 シースはハウヴィの幻覚なのだから、それが当たり前だと思っていた。

 しかし、ウニーと出会って状況が変わり、ただの幻覚だと切って捨てるにはシースはハウヴィの中で大きくなりすぎていた。

 以前のハウヴィは、シースとはずっと一線を引いていた。当たり前といえば当たり前だ。相手を人間として扱っていなかったのだから。

 だから、これはチャンスなのだ。二人の関係をやり直す。

「シース」

 ハウヴィは足を止め、静かに呼びとめる。

 シースは振り返った。「ん?」

「教えてくれないか? シースのこと」

「はあ?」シースが狼狽する。

「急になんだよ。どんな冗談だ?」

「今まで訊いたことがなかっただろ? 知りたいんだ。シースが普段、俺に対して何を考えているのか? 不満に思ってることは何か? ……ソリダンのところを出発してから、何に悩んでいるのか」

「……」

 シースはしばらく目を見開いたまま固まっていたが、得心がいったように息を吐きだして、

「それでなんかソワソワしてたのか。はあ、顔に出るのはお互い様みたいだな」

 ハウヴィは聞き捨てならない言葉を耳にする。「お互い様? 何の話だ?」

「お前、俺と二人きりになってから、ずっと変な顔してたぜ。悩みがあんなら訊いてやろうと思ってたんだが」

 どうやら、互いが互いの様子に違和感を覚えていたようだ。そこまで挙動不審だったかと、妙に気恥ずかしくなる。シースはそんな様子を嬉しそうに眺めてから、

「別に、聞いたところで解決なんかしないぜ。そんな単純な話じゃねぇし」

「……分からないだろ。もしかしたらいい解決策が」

「出なくたっていいさ。雑談なんてそんなもんだろ」

 シースはそう言うと、ゆっくりと話し始めた。

「俺さ、廃墟都市を出てから、少しおかしいんだ。外に出て色んな景色や物を見るたんびに、俺って何なんだろうなって、そう思っちまう。お前とだけ一緒だった時にはこんなことなかった。俺とお前だけで世界が完結してたから。それなりに愉快でスリリングな日々に満足してた。口ではつまんねぇとか言ってたけどな……」

 シースは思いをこれまで思いを馳せるように、天井を見上げた。

「それがウニーちゃんなんていう、俺が見えること現れて、と思ったら、ソリダンとかいうオッサンには見えなくて。どっちだよ、って話だよ。……俺はハウヴィやウニーちゃんと離れたら、どうなるんだろうって、ちょっと思っちまった。誰にも認識されないまま一人になって、ずっと一人なのかって。……そんな、くだらないことをぐるぐると」

「なあ、どうしたらいいと思う」自嘲するように口端を上げながらシースは訊く。

「この意味のない考えを、どうしたら黙らせることができるかな」

シースの声音は消え入るように希薄だった。

 自らの想像に恐れ、押しつぶされそうになっている。

 シースもハウヴィと同じなのだ。色々なことを見て聴いて、弱くなった。色々な可能性に怯えられるようになってしまったのだ。知らない恐怖よりも、知ってしまった恐怖の方が、色濃く残り続ける。

「……俺にだって分からない」正直に答えた。

「お前と同じところでずっと立ち止まってるしな。俺も」

 足元を見遣れば、汚泥の中から三人の土塊が四肢に纏わりついてきて、こちらを動けなくする。

 この拘束はハウヴィの考え方次第で簡単に解けるだろう。

しかし、何年もこびりついているのだ。答えなどずっと出せずにいる。

「自分の心なんて思い通りにならないことばっかりだ。だから嫌になるし、何もしたくなくなるし、……生きることすらどうでもよくなることすらある。心を自分の思い通りにできたら、すごく楽になるんだろうな」

 そんな自分を想像して、ハウヴィは本気でそう思った。痛みも後悔も、感じたくないものを全て心から排斥する。それはとても気持ちのよいことだろう。

 しかし。

「でも、それは絶対にあり得ない。後悔が積みあがることはあっても、減ることはない。過去は消えないから。だから、胸に秘めて日々を過ごすしかない。何気ない顔をして」

 ハウヴィは自嘲した。まるで自分に言い聞かせているようだったからだ。先ほど顔に出やすいことを指摘されたばかりで、言葉に説得力がまるでない、とより己をせせら笑ってしまう。

シースは緩く笑ってから、

「マジで解決なんてしなかったな」

「悪いな、期待に添えそうにない」

「もともと期待なんてしてねぇよ」

 シースは笑う。肩の上下に会わせて栗色の髪がゆらゆらと流れる。

 その顔から迷いや不安が完全に除かれた様子はない。思い悩むなと言われてもどうしようもないだろう。

 それでも、同じく葛藤をもつ相手が隣にいると分かっただけでも、僅かでも救われるかもしれない。ハウヴィといえば、悩みを聞いた側でありながら自分の心が少し軽くなったような気がしている。これではどちらが救われたのか分かったものではない。

 どちらからともなく前を向き、三度歩きだす。

 すると、鼻先をわずかな風が通り抜ける。

「……風が吹いてる」ハウヴィは呟く。

「思ったより近かったみたいだ。行こう」

「お前との逢引きもここまでか。ちょっと惜しいぜ」

 シースが前を見据えながら、けらけらと笑う。その笑みを崩してやりたくて、ハウヴィは口を開く。

「いつでも付き合ってやるよ。俺とシースの仲だろ」

 シースはボケっと呆けてから、不機嫌そうになる。

「……そういう冗談は、キモイからやめろって前に言っただろ」

「先に言いだしたのは、そっちだろ」

「俺から言うのはいいの!」

「分かったから、さっさと行くぞ」

 ハウヴィはシースを宥めながら進んでいく。気づけば激流の水が流れるような音も遠くなりつつあった。

 やがて、前を照らしていたフラッシュライトの光が壁に当たる。突き当りにぶつかったようで、明かりを左右に振ると、道は左へ曲がっていた。


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