地下通路
その部屋は一見普通の、豪奢で朽ちた室内だった。
しかし部屋の奥にある本棚が床に仰臥していて、本来棚が屹立していたはずの場所には大きな空洞がある。その中は階段になっていた。
「いわゆる隠し部屋ってやつかな」
ウニーが恐る恐る奥を覗き見る。
「石造りで丈夫そうだし、降りられそうだ」
同じく覗き込みながらハウヴィは答える。階段は途中から漆黒が呑み込んでいる。
「少し奥の方へ進んでみたんだが、その時に、いくつかの木箱を見つけた。かなり道のりが長そうだから一度引き返してきたんだ」
シースは周囲を今だに警戒している。まるで最初の失敗を恐れるかのように。
「俺に中身を確認してほしいってことか」
何故かそんなシースを見たくなかったハウヴィは、意識をこちらに向けさせるように少し大きい声で言う。目を丸くしたウニーがゆっくりと頷き、
「危険だけど、物資はいつもカツカツだからな。食料でも武器でも何でも欲しい」
ハウヴィはカービン銃のアクセサリー・レールにフラッシュライトを取り付け、点灯してから階段をまず一段降りる。それだけで肌に伝わる空気が一変するのが分かった。降りるたびに擦れあう装備の金具が音を出し、狭い空間にいやに反響する。振り向いて、まだ階段へ足を踏み入れていないウニーへ言う。
「俺がある程度下って確認してくるから、それまでここで待機していてくれ。この狭さじゃ二人いたところでお互いを邪魔するだけだ」
「何よ、足手まといって?」
「そうかもな」
投げやりに返してハウヴィは階段を降り続ける。
フラッシュライトの灯りで常に先を照らしながら歩く。既に入り口の日の光が届かないほどに下っていた。そのことからかなり下へ降りてきたことが分かる。
最後の一段を降りて、ハウヴィは地下通路に降り立つ。
ハウヴィの射撃を邪魔しない左斜めに位置するウニーが眼を眇める。
「かなり狭いな」
そこは正方形の形をしていて、長身の人間だったら少し屈まないといけないほどに狭い。湿気が強いようでフラッシュライトで石の床や壁を照らすと、てらてらと反射する。耳をそばだてると、水の流れる音がする。崖下を流れていた川が近いのかもしれない。そこで、ハウヴィはふと違和感を覚える。
「……なんだ?」
頭に何かが降り積もる。手で髪に触れて、手の平を確認してみると、細かいつぶてや砂が付着していた。天井にライトを向けると──。
天井に亀裂が走っていた。
「走れ!」
シースが叫ぶよりも早くハウヴィは疾駆する。
急な酷使に両足が悲鳴を上げるが、それを無視して無理することには慣れていた。カービン銃を持っているせいで腕を振れないのが辛くて、捨ててしまいたくなるが我慢する。
背後で耳を塞ぎたくなるような轟音が響きはじめ、更に足を速く動かす。
それでも頭や肩に小石がパラパラと当たってくる。歯を噛み砕くほど食いしばった。
「ァアアア!」
最後は飛び込むように地面に身体を投げ出す。
ごろごろと転がった後にカービン銃で頭をかばった。
しばらく断続的に空間が揺れ続けていたが、それもじきに落ち着いた。頃合いを見はからいハウヴィはシースに呼びかける。
「なにが起こった?」
「……天井が抜けたっぽい」
気の抜けたような声音でシースが答える。
起き上がりながら嫌々振り返る。
階段は大小の瓦礫によって完全に塞がっていた。シースが嘆息する。
「まあ、形を保ってたのが奇跡だったんだろうがな」
「まんまと餌に誘い込まれたネズミだな。俺達」
「ネズミなんて大層なんもんじゃないだろ。俺達」
ハウヴィはカービン銃とピストルに小石が入り込んでいないか確認しつつ、
「シース、ウニーにこっちは大丈夫だったって伝えてきてくれ。お前なら通り抜けられるだろ」
「そうだ。ウニーちゃん平気だったかな」
すぐさまシースは岩石をすり抜けて向こうへ渡る。
ハウヴィはその後ろ姿を見送ってから、瓦礫の奥で驚愕していることだろう同行者の言葉を思い出す。
『訊いたよ、そうしたらはぐらかされちゃった。あの子はハウヴィに訊いてほしいの』
あれほど親しくなったウニーには言えず、ただずっと一緒にいただけのこちらにしか言えないこととは何だ、と頭を捻ってみても皆目わからない。
思考に耽る間にシースが戻ってくる。
「ウニーちゃんも大丈夫そうだった。むしろあっちの方が顔青くしてたぜ。まあ状況的には俺達は閉じ込められたみたいなものだからな」
「瓦礫を動かしてみるか?」
「それは最後の手段にしておきたいな。下手に動かして今より状況が悪くなるかもしれない」
「先に進むか? ほかにも出入り口があるかもしれない」
「んー、たぶんあるんじゃねぇかな。出口が。だってこの道、隠し通路なんだろ。だったらどっかに繋がってなきゃおかしいぜ」
シースは瓦礫とは反対の方向、通路の奥を見遣りながら言う。
「もしかしたら財宝の隠し場所なだけかもしれない」
「財宝ね。このご時世じゃなけりゃ、ぴょんぴょん跳ねて喜んだんだがな」
シースは瓦礫を、厳密にはその奥にいるであろうウニーを指す。
「ウニーちゃんはどうする? 待機させておくのがいいと思うんだが」
「……ウニーだから飢えるとかの問題は無いけど。……三十回、陽が上ったら独断で行動してくれ、とそう伝えてくれ」
「なんだそりゃ」
「それだけの時間ここから脱出できないんじゃ、多分俺が野垂れ死んでる。手持ちの水も少ない。食料や水のタンクは四輪のところに置いたままだし」
「……そういうことね。はいよ」
シースがまたあちらへ向かい、戻ってくる。少し呆れていた。
「百回までは待つってよ。言っても聞かねえや」
そう言いながらもわずかに口端が上がっている。
「……じゃあ戻らないとな」とこちらも同じ表情を作る。
まあ、とりあえず進もうぜ、とシースはハウヴィの横に着いた。
シースは夜目が効くわけではないため、ここでは先行するつもりは無いようだ。
中断された探索を再開した。