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友人機ウニー  作者: 久米 藍
三章
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廃城

 


 ハウヴィは暗い大森林の中を走る。

──自分が森のどこにいるのか、完全に見失った。

暗闇が足元の視界を奪い、姿の見えない怪鳥の鳴き声がこちらの気持ちに不安を流し込んでくる。地面が乾いているのか、ぬかるんでいるのか分からず、足を取られそうになった。

フロントガラスに打ち付けた全身がずきずきと痛む。それでも足を止めるわけにはいかない。

 四輪から放り出された後にハウヴィとウニーは、シースの先導を元にヒト型から逃走していた。

 四輪が横転した際に派手に吹き飛んだおかげで、ヒト型はこちらの姿を見失った。その隙にこうして逃げ出したのだ。シースが周囲に素早く首を巡らせつつ、

「このまま国境を目指すぞ。そこに身を隠せる場所があるかもしれない」

「四輪を置いていくの?」

ウニーが後方の闇を振り替える。彼女の視線の先には、横倒しになった四輪があるはずだ。

「あれだけ派手に転がったからな」ハウヴィは眉間にしわを刻む。

「あまり期待は持てないけど、あとで確認しに戻ろう。まずはどこかで安全を確保──」

「屈め!」

 ハウヴィの言葉をかき消すようにシースが囁き、二人は反射的に身を低くした。

目の前を、全てを薙ぎ払う勢いで数体のヒト型が通り過ぎていく。ハウヴィは地を這う虫の気分で地べたに張り付き続けた。装備の重量と恐怖で四肢が震え、冷や汗が土にしみこむ。

足音が遠ざかっていくと、シースが周囲を確認する。

「移動再開」

 再び行動を始める。

 現状、どうやってこの危機を脱すればいいのか分からない。足を奪われ、現在地が分からなくなり、携えているのは銃器だけだ。

 重苦しい空気が辺りを包んでいく。何かを話した方が気が安らぐ気もするが、そんな状況でもない。

「悪かった」シースが、沈黙を破った。

「俺のミスだ。あれだけの数のヒト型を見過すなんて……油断した」

「任せっきりのわたしたちも悪かったよ」

 ウニーは否定すると、ハウヴィへ振り向き「ね?」と同意を求めた。

 現状が現状のため、ハウヴィは声を潜めつつ同意して頷く。

 シースは何かを堪えたような表情をすると、脱力した。

「今のは俺の愚痴みたいなもんだ。余計なこと言ったな」

 その言葉を最後にシースは口を噤んだ。

 どれほど移動したのか、時間の感覚も曖昧に移動し続けていると、林道の終着点に着いた。

 アルミルジ共和国、西国境線。

 未だ宵闇に沈む中、城砦のような壁面が左右にどこまでも伸びていて、隣国のオンワ公国と一線を引いている。ところどころボロが来ているようだが、その石積みの異様は未だに人を威圧していた。

 ハウヴィ達はアルミルジとオンワを繋ぐ国境橋の前に足を踏み入れる。

 ハウヴィとウニーは足を止め、シースは苦々しく呟く。

「……くそ」

 橋が落ちていた。頑強な作りであったろうそれは見るも無残に朽ち、己の自重に耐えきれなくなったかのように中心が崩れている。その下には大河が流れる崖が口を開いていた。縁で下を覗き込んでいたウニーが顔を青くする。

「……落ちたらどうなるんだろう?」

「考えたくない」

 ハウヴィも下を覗き込みながら答える。

 ウニーの治癒効果は既に死んでしまった相手には効果が無いというのが本人の弁だった。

 命を掛けて渡ろうと意見するには、あまりにも橋中心の穴は大きい。

「この壁に手を付きながら移動しよう」壁に手を付くふりをしてシースが言う。

「そうすれば少なくともここには戻ってこられる。今はあいつらから身を隠せる場所が必要だ」

 そのようにしながら前進を続ける。日が上ってきたことで遠くまで視界が通るようになったが、それは相手からしても同じことだ。ヒト型は熱源感知などは持たず、人間と同じように視覚に頼り切っている。

 疲労が溜まる一方な身体を無理矢理動かし、ハウヴィ達は森の奥深くへ進む。道中で見かけるヒト型をギリギリのところで何度も躱しながら。

 しばらく歩いていると、一つの間道に出た。どこかへたどり着くことを期待しながら先へ進むと──。

廃墟があった。

足を止めたハウヴィは視線を上げながら呟く。

「……これは、城か?」

 見上げるほどの高さに幅広な建築物。城と城壁には全てを緑に覆いつくさんとする蔦や葉。建物の前には広大な庭園が広がっていて、すっかり干からびた噴水が中央で鎮座していた。

 見上げながらシースが言う。

「ここなら身を隠せそうだな」

「ヒト型なら、むしろこういう建物の中の方が多いんじゃないの?」

 ウニーが不安を口にする。ハウヴィは格子の門を潜りながら答える。

「これだけ古い建物ならたぶん大丈夫だ。いたとしても数体だと思う。あいつらは比較的新しい建物を好むから」

「ほとんどの建物が今となっちゃ『古い建物』だけどな」

シースが重ねて言う。

ヒト型にしか知覚できない、営みの残り香とでもいうべきものがあるのかもしれない。

 未だに不安げなウニーを伴ってハウヴィ達は城の大きな扉の前に立つ。表面に曲線的な模様を描いた両扉を、ウニーとともに一息で押し開いていく。不安を誘う軋みを上げながらも扉はゆっくりと動き、人が一人通れるだけの隙間ができた。

 中に入ると、ウニーが自分の口を塞ぎながら眦に涙を溜める。

「埃っぽい……」

 半ドーム状の割れた天窓から差し込む朝日が、左右の壁にある何十もの扉を照らしている。中央にある幅広な階段は途中で崩れ落ちていて、上階へ上がることはかなり難儀に思えた。シースが辺りを窺いながら言う。

「そりゃ掃除なんてずーっとしてないだろうしな。崩れてねぇのが不思議なくらいだ。ハウヴィ、俺は先行してヒト型がいないが一通り見てくる」

そう言い残し、シースは飛んでいった。

その間ハウヴィとウニーはいつでも撃てるように銃を持ちながらも、長時間の潜伏で疲れ切った身体を労わる。

「やっぱりシース、様子がおかしいよね」

 ウニーが急に切り出す。

「まあいつも通りではないな」

 ハウヴィは油断なく周囲に目を配りながら答える。

「どうしたんだ? ってあの子に訊きなよ」

「こんな状況でそんなこと訊いてられないだろ」

「そんなこと言ってたらいつまで経っても聞けないじゃん。この旅路で安全になる時なんてない。そうでしょ」

 ウニーはハウヴィに指を突き付ける。

「あの子は今悩んでいるんだから、今訊かなきゃ」

 彼女の言葉にも一理あるため、ハウヴィは唸ってしまう。

「でも、本人が普段通りでいようとしているのに無理やり訊きだすもんでもないだろ。むしろ、俺なんかよりウニーが訊いた方があいつも言いやすいんじゃないのか?」

 ずっと一緒にいた俺よりも、言いやすいこともあるだろうとハウヴィは言う。

 すると、ウニーは少し悲し気に瞳を揺らした後に溜息を吐いた。

「訊いたよ、そうしたらはぐらかされちゃった。あの子はハウヴィに訊いてほしいの」

「……そうなのか」

「そう」

 ハウヴィの応答に少し機嫌を悪くしたようで、ぶっきらぼうにウニーは答える。

「新参者のわたしじゃだめみたい。だから、ね?」

「……少なくともこの森から抜け出したらな」

「臆病もの」

 呆れたように目を細めて、ウニーは短機関銃を撫でた。

 ハウヴィは戸惑う。彼女ではなく、こちらが訊くべきこととは何なのか見当もつかない。そんな自分を薄情だとも思うが、分からないのだからどうしようもない。

 シースが斥候から戻ってきた。

「上階にも一階にも見たところ一体もいない。とりあえずは安心していい。でも、ひとつ気になるところがある」

「気になるところ?」

 ハウヴィは訊く。

「地下があるみたいだ」

 



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