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友人機ウニー  作者: 久米 藍
三章
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相棒の異変



 宵闇に染まる森の中を、切り裂くように四輪のヘッドライトが輝く。石や木の根に乗り上げれば一瞬で転倒するほどの速度で四輪が間道を走る。

「目視できる奴は三体!」ウニーが後方に栗色の瞳を走らせる。

「十時方向と十二時方向の順番で接敵する。ウニーちゃん対応頼む!」

「こんなに揺れてちゃ当たらないよ!」

 エンジンの音に叫びをかき消されながら、ウニーが短機関銃の銃口を指示通りの方向に向ける。長い黒髪は今はサイドテールに縛ってあった。この速度だと髪が暴れて射撃どころではないからだ。

 口では無理だと言いながらも、ウニーは何とか追いすがるヒト型に九ミリ弾を撃ち込んでひるませ、車体後部をつかまれないようにしている。

「どうよ! わたしも結構うまくなってきたんじゃない!」

「ばら撒きすぎだ。もっと照準を絞ってから初弾を当てるつもりで狙え!」

 賞賛の代わりにハウヴィは改善点を告げる。

「できたら最初からやってる!」

「狙うだけでいい。いつかできるようになる」

「追いつかれても文句言わないでよね!」

 投げやり気味にウニーが返事をして、射撃に戻る。シースは厳しい面持ちで後方を睨みながら叫ぶ。

「次、十一時方向! 撃てば撃つだけ、音につられてヒト型が増えていく。このままじゃジリ貧だ!」

「だからって目の前の脅威を無視できないだろ!」

 段差が多い間道で狙いをつけるのは、近距離だとしても簡単ではない。このままではヒト型の餌食になるのは時間の問題かもしれない。

 その可能性がハンドルを必要以上に強く握らせる。脱力しようとしても肩が持ち上がってしまう。

「だめ! 一匹逃した‼」

 あわてて弾をまき散らしながらウニーが叫ぶ。

 ハウヴィは腰からピストルを引き抜きながら振り返り、車体に肉薄している一体のヒト型を視界に収め、引き金を引くと、着弾を確認することなく運転に戻る。

目を放した隙に、前方の間道の中央に道を塞ぐように一体のヒト型が待ち構えていた。

避けられない。そう確信すると、すぐさまウニーに告げる。

「どこかに捕まれ!」

急ハンドルを切りながら、ハウヴィはフロントガラスに一発、銃弾を撃ち込んだ。ガラスに小さな穴が開き、ヒビが広がる。

 ヒト型の全身が、車体前部と触れ合った。

 コンクリートの壁に衝突したような衝撃が、全身に加わり、ハウヴィはフロントガラスに全身を打ち付けると、ヒビが更に拡張されていき──。

 パリン、と割れた。

 ハウヴィは車体から投げ出された。



 ソリダンの元を発ってからの旅路は、拍子抜けなほど順調に続いた。

 ウニーも少しずつ銃の扱いを上手くこなすようになってきて、戦闘が以前よりも安定するようになったのだ。もちろん命の危機が全くないとは言えないが、毎回死線を潜らなければいけなかった廃墟都市の頃を思えば、劇的な変化だ。ウニーの先導を元にハウヴィ達は、どんどんオンワ公国への距離を縮めていった。

 そして、ハウヴィ達はオンワ公国とアルミルジ共和国、その二国を隔てる巨大な森にたどり着いた。


「周囲二百に敵影なし。まあ、森の外は見晴らしもいいし、交代で見張り番すれば問題ないんじゃね」

 森は巨大の一言だった。

 茂り重なる枝葉で、全く奥の方が見渡せない。一陣の風が吹くたびに、森は雄たけびのような轟音を鳴らし、聞く者の腹の底を冷えさせる。

 森の周囲を散策した結果、森を貫くように通る一本の間道を発見した。左右から伸びる木々に今にも飲まれてしまいそうだったが、何とか通れるだけの幅はありそうだ。かつては国境を越えるために開通した路なのだろう。

ウニー達は、すでに日が暮れかけていたため、出発を明日にすることにした。森からかなり距離を取って、野営の準備を始めることにした。

シースが森の周辺を偵察し終え、戻ってくる。

「食べ物が恋しい」ウニーが項垂れながら呟く。

「森の中で狩りできないかな? これだけ大きな森なら、動物はたくさんいるだろうし。ピストルなら、あの筒を使えば音は出さなくて済むんでしょ」

 ウニーはハウヴィの腕を掴みながら、オレンジ色の触手でこちらの腕を包み込んでいる。体内に侵入してくる触手の痛苦にうめきながら、ハウヴィは答えた。

「ピストルの射程距離じゃ近づいただけで逃げられてしまうだろうし、俺の腕じゃ絶命させるのに何発使う羽目になるのか分からない」

「それは……少し可哀そうかも。でも、食べ物」

「星でも数えてれば腹も減らないさ」

「それ本気で言ってる?」

「廃墟都市に居た頃は、結構世話になったぞ」

「……大変だったんだね」

 栄養補給を終えたウニーが憐みの目をハウヴィに向けるため、居心地が悪くなったハウヴィは何気なくシースを探す。

 シースはぼんやりと星を眺めていた。

 それこそ、かつてのハウヴィのように。

 栗色の柔らかい毛先が、夜風に揺れている。同色の瞳の中に、きらきらと星が瞬き、小さな口を僅かに開けながら、夜空の輝きに見入っていた。

 シースの纏う不釣り合いな空気に、ハウヴィは少し当惑しながら呼びかける。

「シース?」

 呼びかけに気付いたシースは、ゆっくりと振り返る。

「どうした? 何かあったのか?」

「そっちこそ、どうかしたのか?」

シースはいつも通りのにやけ顔を、少し時間を掛けて作った。「まさか! お前が人の心配をするようになるとはな。子供の成長ってのは早いもんだな」

「幼児体形が何言ってるんだ」

「女の子の体形に口だすとか最低」とウニーが割り込む。

「いや、俺は男でも女でもないぞ」

「そうだったの!」

 ウニーが驚愕で目を丸くしていた。

 話の流れは、ハウヴィの問いかけをすっかり打ち消してしまっていた。これをシースが意図的にやったのかどうか、ハウヴィには分からない。

 近頃のシースは遠くを眺めていることが多い。戦闘中や斥候を行う時はいつも通りなのだが、今のように気の抜けた状況となると途端に口数が減る。

 意を決して尋ねてみても、今回のようにはぐらかされてしまう。シースのこのような様子は初めてで、どう対処すればいいのか図りあぐねていた。

「今日はもう休もうぜ」

 シースはウニーとのしばしの歓談を終えてから、手を軽く打ち合わせた。

「明日からこのばかでけぇ森を突っ切んなきゃいけないんだからな」

「……それもそうだな」

 胸の中のしこりを抱えたまま、ハウヴィは頷く。ウニーはため息を吐いた。

「お腹すいて眠れないかも……」

「いつも誰よりも早くいびきをかいてるから大丈夫さ」

 シースが良い笑顔で言う。

 かいてない! と憤るウニーは、がばっと羽織を被り丸くなってしまう。

 ハウヴィは横になる前に、たき火を弱めようと炎に近寄る。

 すると、背中にチリチリとした違和感を覚えた。それは例えるならば、すぐ近くにある爆弾の導火線に、火がともったような感覚。己の命の制限時間が、眼前に晒されたような圧迫感。

 焦燥に駆られるまま、ハウヴィは身を翻して森へ瞳を向けた。

 そこには変わらず漆黒の闇を内包した森林が鎮座している。

「ハウヴィ?」

 こちらの異常な様子に気付いたシースが呼びかけてくる。しかし、応答することすら惜しい今は、森から視線を外さぬまま幻覚に要求する。

「ウニーを起こせ。早く」

「そりゃ、どうし……、まさか」

 息を飲んだシースへ返答するように、ハウヴィはたき火の炎を消した。


 目。


 木々の隙間から、ぼんやりと青に輝く対の視線が、ハウヴィ達に注がれている。


「見逃したのか、俺が? あの数を」

 シースが信じられない、とでも言うように首を振りながらウニーを起こした。

「ぅん、なにー、あと少しで眠れそう……あ」

 ウニーは現状に気付くと、口をあんぐりと開けたため、ハウヴィは念のために彼女の口を片手でふさぐ。

 森からの光りは六つ。そのことから、少なくとも三体のヒト型がこちらを窺っていることが分かる。色は青であることから、まだ敵対しているわけではない。森から距離が離れているおかげで、ハウヴィ達が何なのか決めあぐねているのだろう。

 ここからの行動で、生死が分かれる、と判断したハウヴィはシースに訊く。

「シース、この周辺で身を隠せそうなところはあるか?」

 茫然としていたシースが、びくっと跳ねてから、真剣な表情で答える。「この周辺は更地だ」

 森の中にいたヒト型が、徐々にこちらに近づいてきている。作戦を立てる時間もない。ハウヴィは早口に告げる。

「ウニー、俺が二体やるから、残りを頼む。倒せずとも足を止めてくれるだけでいい」

 ウニーは僅かにのけぞってから、意を決したように頷く。「いいけど、どうやって逃げるの? 撃ったらどんどん集まってくるだろうし、周辺に隠れ場所はないよ」

「森の中に突っ込む」

「敵のど真ん中に?」

「更地で追いかけられるよりマシ。……だと思う」

 自信なさげに答えると、無意識に視線をシースに向けてしまう。こんな時、どうしても頼ってしまいそうになるのだ。

 しかし、当のシースは何かを進言することもなく、成り行きを見守っていた。

 口を出すつもりは無いようだ。

 今は自分が主導権を握るべきだ、と判断したハウヴィは、カービン銃の安全装置を外す。

「ヒト型が敵対反応を示したら、一斉に動くぞ。直前までは身を隠すんだ」

 もしかしたら、気づかれずに通り過ぎるかもしれない。その淡い期待は、奴らの真っ赤に変化した眼孔を前に、脆くも崩れ去った。

 



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